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高校総体二日目(陸上競技部の顧問編) [たんなる日記]

 初めて陸上部の顧問になって色々と驚いたことがあるが、3000㍍障害(サンショー)の起源には驚いた。3000㍍障害は3000mSCとも表記されるが、このSCとはSteeplechaseの略で、Wikipediaによれば「Steeple(教会の尖塔)を追う、という意味の競技名が示す通り、昔、ヨーロッパの各々の村が教会を中心としたコミュニティーだった時代、ある村の教会を出発点とし、別のある村の教会をゴールとした徒競走(もしくは馬術競走)をする際に村境を示す柵や堀を飛び越えて行ったことに由来する、ヨーロッパなどで人気の高いクロスカントリーのレースをトラック上で再現するためにつくられたと言われている(競馬の障害競走を陸上競技に転用したものという説もある)」という。感動した私は、世界史の授業で山川出版社「世界史写真集」に収録されているフランスの中世都市カルカッソンヌの写真を使って熱弁を振るった次第。サンショーが専門で3年でも世界史を選択した生徒はうれしく感じてくれたようだ。

 もう一つ驚いた、というよりも恥ずかしく感じたのは、特別支援学校の選手が高校総体に出場していると知らなかったこと。昨日私は、総合開会式の見学生徒の引率だったが、開会式の入場行進では、熊本聾学校と熊本盲学校の生徒さんも行進しており、私も拍手を送った一人である。ただ、これまで自分が顧問をつとめてきた部活動で特別支援学校の生徒がエントリーしていたことはなく、当然ながら実際競技に参加している姿を見たこともなかった。しかし今年、初めて特別支援学校の生徒たちが高校総体の競技に参加している姿を見せてもらった。昨日男子1500㍍で、みかけない緑と赤のランニングシャツの生徒がひたむきに走る姿が目に入り、すっと追っていたのだが、それがひのくに高等支援学校の選手だったのである。二日目の今日も、100㍍では男女ともひのくに高等支援学校の選手が、また400㍍リレーで男子で熊本聾学校とひのくに高等支援学校、女子も熊本聾学校の選手が力走を見せてくれた。

 さて陸上競技はどれも過酷だが、8種競技の過酷さは別格ではないだろうか。
 一日目:100m、走幅跳、砲丸投、400m
 二日目:110mH、やり投、走高跳、1500m
をこなすという実に過酷な競技。ウチの学校からは2名が出場し、一人は最後の1500㍍で途中棄権、もう一人は上位4名が南九州大会出場のところ5位で出場を逃してしまった。選手本人だけでなく、OBのコーチももらい泣きしてて、私もなんとも声のかけようがなかった。おそらく、こうした「挫折感」というのが人間を一回り成長させてくれるものの一つなのだろう。

陸上競技は」あと二日。どんなドラマが待っているのか。
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来年度用の教科書を読む [たんなる日記]

 来年度から使用される教科書の見本が届いており、ここ数日は世界史Aの教科書をずっと読んでいるのだが、全体的に「AとBの境界ギリギリのラインで、各社ともよく努力されている」、すなわち各社とも記述が以前より詳しくなっているというのが全体的な印象。各社1冊で計6冊を読んでいるところ。以下は私の備忘録代わりのメモ。

A社
 オランダ独立に関する記述がもっとも詳しい。オラニエ公ウィレムとユトレヒト同盟が太字で、現在のオラニエ=ナッサウ家にも触れてある。フェルメールの絵が掲載されているなど、図版がもっとも充実している。しかし、資料集との併用を考えれば、微妙なところではある。巻末の用語解説は便利。

B社
 首長法、ジェームズ1世、権利の請願、リシュリュー、外交革命など他にはあまり載っていない用語が取り上げられている。三十年戦争の項目では、「旧教国フランス(ブルボン家)がハプスブルク家に対抗するために新教側で参戦し、宗教戦争から政治戦争に性格がかわった。」という記述や、「新教をめぐる決定」という一覧表で、アウクスブルクの和議・ナントの勅令・ウェストファリア条約・ナントの勅令廃止の4項目を比較。「17~18世紀のヨーロッパ文化」の後にアジアの繁栄が出てくるという構成なので、オスマンや清帝国の成立と発展をすっ飛ばして、いきなり衰退というAの弱点も克服できるかもしれない。

C社
 この教科書も、三十年戦争の性格の変化について触れている。
 
D社
 ルターの若い頃?の図版は、「料理上手の女性と結婚して太り始めた」というネタに使える。

E社
 三十年戦争の項目で「オーストリア=ハプスブルク家が支配するベーメンでの反乱を発端に」という記述。エリザベス1世からイギリス革命をへて立憲君主政の成立まで7行でまとめるという荒技。

F社
 宗教改革の項目で王権の強化=主権国家の形成までまとめる。「カルヴァンとフランス」で、カルヴァンからナントの王令まで。確かにカルヴァンはフランス出身だが....「イギリス国教会」ではヘンリ8世からエリザベス1世まで。絶対王政の説明はその後に出てくる。「それまで地中海で優勢であったオスマン帝国の海軍を破った(レパントの海戦)ので、スペインの海軍は無敵艦隊と呼ばれた。」という説には、異説もある模様。
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今年の高校入試「社会」の問題 [たんなる日記]

 今年の熊本県の公立高校の「社会」の入試問題に、こんな問題がありました。



下線部②(注:「文明開化」)について、資料16はこのころの東京の町のようすをえがいたものである。わが国の文明開化おようすをあらわす特徴的なものを、資料16から読み取って二つ書きなさい。


資料16は、下の図ような絵。京橋と銀座の煉瓦造りの町並みをえがいた錦絵で、桜が咲く春の様子が描かれています。

ginzahukei.JPG

使われたのは歌川広重の錦絵。詳細はこちら↓
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/bunko10/bunko10_08408/index.html

ちなみに県教委発表の解答例は「れんがづくりの建物」「洋服」でした。


この問題とそっくりな問題がセンター試験で出題されたことがあります。日本史Aの2008年度本試験 第1問です。




 次の文章は,明治初めの錦絵などを展示した展覧会での太郎さんと先生の会話である。この文章を読み,下の問い(問1~3)に答えよ。,
先生:  この絵(図1)は,明治初めの錦絵だね。
太郎:  蒸気機関車が走っていますね。でもどうして電柱が立っているんですか?
先生:  これは,当時の ア に利用されたもので,1871年には上海・長崎間が海底ケーブルで結ばれている。こうした絵は,開化絵とよばれた。(a)交通や通信の発達は,文明開化の象徴だったんだね。
太郎:  遠くにたくさんの船が見えますが,あれは蒸気船ですか。
先生:  そうだね。でも,帆を張った和船も多いね。明治中期まで廻船にさかんに用いられたんだ。こっちに当時の蒸気船の絵(図2)があるよ。
太郎:  側面に水車のようなものがついていますね。
先生:  これは外輪船といって,蒸気機関でこの外輪を回して進むんだ。
太郎:  でも,蒸気船なのに帆を張っていますよ。
先生:  このころの蒸気船は燃料の イ を節約するために,外洋ではなるべく帆走したんだ。
太郎:  無風や逆風の時には蒸気をおこすんですね。
先生:  風待ちをしないで済むし,入港しやすくなったんだ。技術の進歩によって,しだいに定期的な運航も確保できるようになる。(b)海外との交流の手段も大きく変わってきたんだよ。


問1 空欄 ア   イ に入る語句の組合せとして正しいものを,次の①~④のうちから一つ選べ。
① ア 電 話 イ 石 炭
② ア 電 話 イ 石 油
③ ア 電 信 イ 石 炭
④ ア 電 信 イ 石 油


問2 下線部(a)に関して,明治初期の交通や通信について述べた文として誤っているものを,次の①~④のうちから一つ選べ。
① 高橋是清が日本郵船会社を設立した。
② 新橋・横浜間にはじめて鉄道が開業した。
③ 人力車や乗合馬車が用いられた。
④ 飛脚に代わって官営の郵便制度が整えられた。






「これは"似すぎ"だろ」と思うのは私だけかな? 高校入試に使われた図を子細に見てみると、センター試験の解答にも出てる「人力車」「乗合馬車」のほか、「ガス灯」なども見える。橋の横にいる人や左端で洋傘をさしている人など、「着物に洋靴」という人も見えるのは面白い。


ガス灯は、2011年度 本試験 日本史B 第1問 Bでも出題されている。



光 男:  江戸時代になると, ア からとった油が,家の明かりに使われたってね。経済が発達して,商品作物として栽培されたって,学校で習ったよ。
明 里:  しぼった油を行灯(あんどん)行灯(あんどん)などに使ったのよ。それから明治初期の1874年に文明開化の象徴として,東京の銀座には街灯が設置されたわ。
光 男:  その時の街灯は イ だね。
明 里:  そう。燃料切れせず光りつづけたので,びっくりした人もいたそうよ。
光 男:  夜も明るくなると,便利だね。
明 里:  でも,いいことばかりではないのよ。照明があると,深夜業がしやすくなるでしょ。深夜業は,(d)工場労働者の労働条件を悪くすることにつながるよね。
光 男:  照明の普及って,別の問題を生み出したんだね。
明 里:  現代になると,工業化も進展するし,家庭電化製品も普及したし,それに都市は夜中まで煌々(こうこう)と電気がついている。電気の消費量がずいぶん増えてきているわ。(e)発電に使われるエネルギーと環境との関係も気になるわよね。
光 男:  じゃあ,ぼくももっと節電をしなくちゃね。



空欄のイに入るのがガス灯。
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菊池飛行場ミュージアム [たんなる日記]

 気づいたらもう2月も終わり、明後日は卒業式である。明日明後日は出校日なので今日は代休。平日が休みの時は七城温泉ドームに行くのが楽しみ。今日は温泉に行く前に、 「菊池飛行場ミュージアム」に立ち寄った。というのも、菊池市で発見された旧日本陸軍の九三式単軽爆撃機のプロペラが展示されているというニュースがあり、ぜひ見てみたいと思ったからである。
 http://www.yomiuri.co.jp/otona/news/20150222-OYT8T50016.html
 プロペラは木製でかなり大きいサイズ。

IMG_2412.JPG


 プロペラもさることながら、今日の大収穫は、当時軍属として菊池飛行場で練習機(通称「赤とんぼ」)の整備に携わった方から直接お話をうかがったことである。

 ミュージアムでたたたま言葉を交わしたこの男性は、大正生まれにもかかわらずすごくお元気で、車を運転されていた。軍人ではなかったが、軍属として菊池飛行場で飛行機の整備に従事し、菊池から玉名、そして島根県の基地を移動したとのこと。自動車の運転免許も、旧陸軍軍属として取得したものがそのまま現在でも有効で、更新中らしい。 複葉機の上の翼から燃料を補給し、「パチンコ」と呼んでいたゴムつきの道具で3人がかりで「赤とんぼ」のエンジンをかけたこと、玉名に移動したらその「赤とんぼ」すらなかったことに始まり、面白すぎる話が次々と飛び出し、録音していなかったのが本当に悔やまれる。

IMG_2414.JPG


お話をうかがった男性がご自身で保管されている貴重な記録のひとつ


  ・菊池飛行場には三つの組織があったので、門も三つあった。
  ・落下傘部隊の練習も行っており、近くの橋の上から飛び降りる訓練をしていた。
  ・訓練は3機編隊で行うのが通常だった。
   雪が激しく降っていたある日、1番機は上昇、2番機は下降して電線を避けた。
   しかし3号機は接触して墜落した。
   私が「では編隊は縦に直線で飛行していたのですか?」と尋ねたところ、
   「いやいや、三角形の編隊だった」とのこと。
  ・失速して墜落するときは、浮力がなくなるので、ストンと落ちる感じ。
  ・米軍の攻撃機に高射砲を撃つが、命中したという記憶はない。
   飛行機の周りで爆発が見えた。

「菊池飛行場ミュージアム」は、泗水孔子公園の一角の道路沿いにある。孔子公園にはgoogleのスマホアプリ「Ingress」のミッション「孔子公園散策」も設定されていて、なかなか楽しめる。
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時代を哲学する2 [たんなる日記]

 今日の熊本日々新聞に、先日書いた萱野先生の講演についての記事が掲載されている。記事を読む限り、萱野先生は排外主義に警鐘を鳴らしことが講演のメインだったような印象を受けた。全否定はしないが、私が講演から受けた印象は「哲学とはジレンマ」であるということだ。排外主義は社会的な対立の一例であり、対立が起こらないようにするには、富をどう配分するかを考えていくことが大切だ....ということだと思ったのだけど。
 熊本では、県南の多良木高校の存続が大きな話題となっている。なぜ自分たちの住む地域の高校がなくなるという犠牲を強いられるのか....という気持ちはもっともである(私も郡部の阿蘇高校=現在は統合され阿蘇中央高校の出身である)。こうした思いと、財源がないし生徒数も減っているという問題を天秤にかけた場合、よりよい社会をつくるにはどうすればいいかと考えることが哲学だ...ということだと思ったのだが。
 でもそれは目新しい話ではない。「富が公平に分配されないと、社会が不安定になる」ということは、来月の発売が待たれるトマ・ピケティの本にも書いてあること(らしい)。訳者のブログ[http://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/20140711/1405091495]と、NAVARまとめ[http://matome.naver.jp/odai/2140654632036368501]で、もう読んだ気分になっている。それにしても、バロウズやフィリップ・K・ディック、それになによりもH.R.ギーガーを翻訳した人が訳者だということに萌える。

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21世紀の資本

21世紀の資本

  • 作者: トマ・ピケティ
  • 出版社/メーカー: みすず書房
  • 発売日: 2014/12/09
  • メディア: 単行本



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「時代を哲学する」 [たんなる日記]

 外国ルーツの子どもたち支援研修会でも感じたことだが、グローバル化が進む一方で排外主義的な雰囲気も強くなっているような気がする。排外主義といっても、xenophobia的な思想ではなくて、「外国人に恩恵を与えるより、日本人を優先すべきだ」という雰囲気。広く考えれば、自分以外の人間が利益を得るのはおもしろくない、という気持ちなのかもしれない。アメリカのサンディスプリングス市の例も、根底は同じだという気がする。
 今日は、津田塾大学の萱野稔人教授の講演を聴きにいったのだが、納得した話が、「社会が発展しているときには、争いは起こりにくい」という話。なぜなら、社会が発展しているときには分配できる財も増えるからである(一方で、社会が発展すると経済格差も大きくなるが)。逆に停滞している場合は、分配できる財は減少するので、問題になるのが「貴重な財を誰にどう配分するか」ということになる。どう配分していくのが正しいのか、自分たちにとってよい社会となるのかを考えていくのが「時代を哲学する」ことだろう。やはり弁証法か。
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外国ルーツの子どもたち支援研修会 [たんなる日記]

夏休みに参加した「共生の教育」研究会(熊本県人権教育研究協議会主催)以来、外国ルーツの子どもたちが置かれている現状に関心を持っている。ということで、本日は外国ルーツの子どもたちへの支援に関わる研修会(外国ルーツの子どもたち支援連絡協議会主催)に参加してきた。
 予想はしていたが、彼彼女らが置かれている状況は極めて厳しい(家庭でも学校でも)。このことは、外国ルーツの子どもたちにとって不幸であるのは勿論だが、迎える側である日本の児童生徒にとっても不幸であるような気がする。クラスに外国ルーツの子どもたちが存在することを、プラスに働かせる方法はないものかと感じた。


まんが クラスメイトは外国人 入門編 -はじめて学ぶ多文化共生-

まんが クラスメイトは外国人 入門編 -はじめて学ぶ多文化共生-

  • 作者: みなみ ななみ
  • 出版社/メーカー: 明石書店
  • 発売日: 2013/05/28
  • メディア: 単行本



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『IN OUR TIME』 [たんなる日記]

 昨日の終戦記念日、予備校で世界史を教えておられる先生のTwitterで、興味深いツィートがあった。

「なぜ戦争の悲惨さを語らない?戦地では血しぶきが飛び、人間の肉が散乱する。その悲惨さから議論を始めないと道を誤るとは思わないか?」
これは河合塾世界史・青木裕司先生の言。

「戦争は外交の延長だからこそ、戦地の『悲惨さ』を訴えても戦争の抑止にはならない。政治を語ること、それに尽きる。戦地を語るな、戦争を語れ。」
これは駿台世界史・茂木誠先生の言。

 その後、他の先生も交えて少し話題にしたのだけれど、戦地の悲惨さを語ることも、戦争に至るまでの外交(政治)を語ることも、どちらも必要ではないかというところで落ち着いた。戦争に突入した場合、戦地に赴くのは政治家ではなく多くの場合は一般の国民なのだから、政治の失敗のツケを払うのは一人一人の国民である(別に戦争に限った話ではないが)。政治という国家レベルの話を、戦場での悲惨な体験という個人レベルの話と結びつけることは、世界史の授業では必要なことだろうと思う。この点でも小川先生が言う「糊とハサミ」は重要なことだ(ただし、出来上がりが良くないと、生徒には伝わらない)。

 『LIFE AT WAR』という写真集がある。スペイン内戦から第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、そしてアルジェリア戦争など局地戦争までの戦場で撮影され、雑誌『LIFE』に掲載された作品を集めたものだ。悲惨な戦場の写真もさることながら、戦争に巻き込まれてしまった一般市民の写真もまたインパクトが大きい。なかでも、ロナルド・L・ヘーバール(現在は「ハーバール」表記が多い)が撮影したソンミ村の虐殺(ミライの虐殺)時の写真は、見るたびに胸が締め付けられる。説明にはこう書いてある。「私は”待て!”と叫んでシャッターを押した。その場を離れた私の耳にM16銃の銃声が聞こえた。倒れる姿がちらと見えたが、私は振り向かなかった」。該当写真は、Wikipediaの「ソンミ村虐殺事件」の項目に掲載されている。
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 ベトナム戦争は、数多くの記録が残されており、沢田教一をはじめ多くの日本人カメラマンも膨大な記録写真を撮っている。こうした写真を見ていると、石川文洋『ベトナム最前線 カメラ・ルポ 戦争と兵士と民衆』(読売新聞社)の序文に書いてあることが事実であるならば、このような人間が知覧特攻基地を舞台にした映画を作るなど、命の冒涜に等しいとすら思えてくる。ロバート・キャパらが結成した写真家集団マグナムには、『IN OUR TIME(我らの時代)』という作品集があるが、自分が生きているこの時代は、なんという時代なのだろう.....という思いにとらわれてしまう。

 もう一つ話題となったのが、「戦場の悲惨さ」に人間は適応するのか、という点。少しズレるが、どこまで残酷になれるかという点ともつながるかもしれない。ソンミ村で虐殺を行った米兵たちは、自分の家では「普通の人」であっただろうに、なぜあのように残酷なことができたのだろうか。一つの答えとして「ミルグラム効果」をあげることができるだろう。アメリカの心理学者スタンリー・ミルグラムによる実験(ミルグラム実験、アイヒマン実験)によって示された心理状態である。数十年前に『知ってるつもり?!』というテレビ番組でアドルフ・アイヒマン(ナチス・ドイツにおけるホロコーストの指導者の一人)の特集があった際、この実験を記録したフィルムが放送されたが、悲鳴を耳にした被験者が笑っているのが印象的であった。



In our time―写真集マグナムの40年

In our time―写真集マグナムの40年

  • 作者: William Manchester
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1990/10
  • メディア: 大型本



服従の心理 (河出文庫)

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  • 作者: スタンレー ミルグラム
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2012/01/07
  • メディア: 文庫



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68回目の終戦記念日 [たんなる日記]

 今日は終戦記念日。いまから68年前の1945年(昭和20年)8月15日、昭和天皇による玉音放送が流れ、当時の国民が日本の降伏を知ったのである。ポツダム宣言の受諾決定と連合国への通知は前日の8月14日であり、ミズーリ号における降伏文書の調印は9月2日である。にもかかわらず、8月15日が終戦記念日となっているのは、それだけ玉音放送のインパクトが強かったのだろう。
 正午の黙祷を終え、菊池市の夢美術館に行ってきた。新たに発見された菊池(花房)飛行場の写真が展示されている。東側の正門の写真は、付近の建造物の構造がよくわかり、大変興味深い。私が住んでいる西側の正門の写真も見つかると興味深いのだけど。
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 一昨日、鹿児島県南九州市の知覧特攻平和会館を再訪した。前回(6年前)は家族で訪れたのだが、今回はサッカー部の合宿の帰りで生徒と一緒。
 展示されている特攻隊員の方々の遺書を読むと、胸がつまる思いだ。皆さん達筆で字が上手く、文章もしっかりしている。今の普通の高校生が書けるような文章ではない。なかでも私がいちばん印象に残っているのが、橋正豊次少尉(石川県出身)の遺書。姉とおそらく義姉にあてた遺書は、優しさと感謝に満ちた文章。写真で見る橋正少尉の顔は、端正で凛々しいものであった。
 記念館で『新編 知覧特別攻撃隊』という小冊子を購入したが、表紙と本文には、子犬を抱いた隊員の写真が掲載されている。彼らのその後を知っているだけに、写真の笑顔は余計に私の胸を打つ。
 知覧から出撃して若い命を散らした隊員439名のうち、当時日本の植民地であった朝鮮半島出身の方々が11名おられる。名簿を見ると、いずれも当時は日本名を名乗っておられたようだ。記念館には、朝鮮半島出身の特攻隊員に対する慰霊碑も建立されている。『新編 知覧特別攻撃隊』に収録されている「特攻の母」島濱トメさんの手記には、出撃前日の韓国出身の隊員とともにアリランを歌ったこと出てくるが、目を帽子のひさしで隠していたという彼は、何を思って歌っていたのだろう。
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 熊本からは直接沖縄へ出撃した特攻隊として、健軍飛行場(現在の県立大と日赤病院の前の道は、もと健軍飛行場の滑走路であり、付近には掩体壕も残存している)から出撃した義烈空挺隊はよく知られているが、同館の資料によれば私が現在住んでいる菊池の花房飛行場からも1機が直接沖縄へ出撃している。花房飛行場は中継基地だと思っていたので、驚きであった。
 特攻隊員として出撃していった方々は、家族をはじめ愛する人を、そして国を護りたいという思いであったことが遺書を読むと伝わってくる。彼らは家族を、国を、その後の日本人に託していったのだろう。今日の日本は、彼らをはじめ、戦闘員・非戦闘員をとわず戦争で命を失った方々の犠牲の上に成り立っているのは間違いない。こうした悲劇を繰り返してはいけないという思いで、平和憲法はできあがったはずだ。現在の日本国憲法を変えるということは、戦争で亡くなった方々の、尊い犠牲を無駄にすることであるように感じられる。

   知覧特攻平和記念会館  http://www.chiran-tokkou.jp/index.html

 現行憲法を「アメリカによる押しつけ」と批判する人は多い。しかし、「外国から押しつけられた憲法を日本は受け入れた」との主張は、終戦直後の日本が「戦勝国の要求を唯々諾々と飲まざるを得ない惨めな敗者」であったという先入観にとらわれているように思える。ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』(岩波書店)を読むと、終戦直後の日本人が持っていた柔らかな強さが伝わってくる。敗北という現実を直視して「抱きしめる」ことで、占領軍による社会改革に積極的に対応していったというプロセス。その原動力となったのは、戦争に対する嫌悪感に裏打ちされた新しい国づくりという希望だったのだろう。だからこそ、戦後の日本は奇跡の復興を成し遂げることができたのではないか。わずか7歳の子どもですら、両親と妹を失いながらも、肉親の遺骨を抱えて満州からたった一人で日本に帰ってきたのである(『敗北を抱きしめて』上巻48~49㌻)。

 戦争とそれに続く混乱の中で、尊い命を落とされた方々のご冥福を、心から祈るばかりである。 


新編 知覧特別攻撃隊

新編 知覧特別攻撃隊

  • 作者: 高岡修
  • 出版社/メーカー: ジャプラン/発売 亥辰舎
  • 発売日: 2010/03/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人

敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人

  • 作者: ジョン ダワー
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2004/01/30
  • メディア: 単行本



敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人

敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人

  • 作者: ジョン ダワー
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2004/01/30
  • メディア: 単行本



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飯間浩明『辞書を編む』((光文社新書) [たんなる日記]

 世界史関係の本ではないけれども、実に面白い本であったので紹介。

 昔ウチにもあった『三省堂国語辞典』、少し小さめサイズで赤っぽい辞典。その第6版から改訂作業に携わる著者が、辞書つくりの実際を様々なエピソードを交えて紹介した本。実際の辞書作りにおけるプロセス通りに構成されているため、まるで小説を読んでいるような感覚で、実にスリリング。

 日本史のセンター試験作成に関わった方が書いた、問題作成時のエピソードを綴った文章を読んだことがあるが、実に興味深かった。その道のプロが自分の仕事について、それも表にはあまり出てこない話を聞かせてくれるのは実に興味深いものだ。

 ことばの「用例採取」における行動、そして「語釈」づくりにおける思考。オビに三浦しをんさんが「探偵小説を読んでいるみたい」と書いているが、行動と思考の二つがともに必要という点、まさに事件解決に挑む探偵というところ。

 この本には、スタッフで食事をともにする場面が何度が出てくる。食事というのは生身の人間を感じさせてくれるものだが、その場面がしっかり辞書作りに関わるエピソードになっている点にも惹かれる。そういえば、前述のセンター試験問題作成の文章でも、食事に関わる記述が妙に頭に残っている。

 古典の文章には、現在使われている意味や用法とはずいぶんと違った言葉がある。「日本語の乱れ」という言葉を時々目にするが、乱れというよりも変化ということかなと思うようになった。



辞書を編む (光文社新書)

辞書を編む (光文社新書)

  • 作者: 飯間 浩明
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2013/04/17
  • メディア: 新書



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