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世界史の定期テスト問題 [その他]

 数年前に比べると、最近の『社会科教育』はおもしろい。昔は対象がよくわからない中途半端な記事も多かったが、最近は執筆陣のレベルも上がっており、高校教師向けの記事も増えている。11月号は、「考える力を高める難問・良問チャレンジ40選」という特集。

 以前三城俊一先生が作成された、第一次世界大戦中のイギリスによる多重外交を説明するLINEのトーク履歴画像がホントによく出来ていてに面白かったので、「これは試験問題に使えそう」とツィートしたことがある。
https://twitter.com/hirai_h/status/911495223544487936
 先日、ルイ16世のツイッターアカウントという設定で作成された世界史の定期テスト問題を目にした。中間テストでフランス革命とナポレオンだから、世界史Aであろう(うちは産業革命までだった)。https://pbs.twimg.com/media/DMd017RU8AEYBJt.jpg

 この問題、私はよく出来ていたと思うし、こんな問題を作ってみたいと思っている。細かいツッコミは出ていたが(例えば、「アカウント名はruiではなくlouisに」とか)、それもまた読んでて楽しいものであった。しかし、同業者たる教員からの反応は今ひとつであったのは実に興味深い。教師アカウントが出題者のパーソナリティを主に取り上げて批判しているのに対し、非教師アカウントは問題の形式を肯定的に取り上げている点もまた興味深い。
 ツイッター上で教員(あくまでアカウント主が「自分は教員だ」と言っているだけであり、ツィートしてる人物が本当に教員かどうかは真偽は不明である....実際、「ツイッターなのでどこまでが本当なのか見た方にお任せしてます」とツィートしてる自称教員のアカウントも実在する)が出したコメントをいくつか拾ってみる(わかりやすい表現に変更したものもある)。
 ・テストに受け狙いは不要
 ・授業プリントだったらとてもいい教材
  (テスト問題としては不適切という意味だろう)
 ・起案の時点で教務から却下されそう
  (テスト問題に起案が必要という点に驚いた)
 ・言葉遣いが不適切で、ルイ16世の人格を生徒が誤解する
 ・こういうテストを出題する教員は如何なものか
  (内容よりも教師のパーソナリティに対する批判だと思われる)
 ・学校のレベルに合わせたテストではないか
 ・TPOを間違えている
 ・このテストは次元を超えている(文脈から判断して否定的なコメント)
 ・私立の進学高校だったらクレームが入ってくる

 「生徒視点で見れば楽しいだろうけど、教員目線で見るともう少し考えられなかったのかなと思います。面白いけど!!」というコメントもあったが、私は十分考えられた試験問題だったと思う。「テスト問題としては不適切だが授業プリントならいい教材」という意見には、「え?なんで?逆ならわかるけど?」というのが私の感想。基礎→応用と段階を踏むのが普通だと思うのだが。
 言葉遣いについては「このセリフ調の文面が如何にも生々しくてTwitterらしい」という意見も見られた。おそらく「なう」「w」の表現を指しているのだろうが、私は作成者の場を読む柔軟なセンスを感じている。なお、ツイッターの特性上、過去の事件が新しい事件よりも下に表示されるという点は仕方ないと思う。順序が逆だという指摘については、「流れについては歴史のテストだから順序的にって感じがします。」という意見があり、同意。「学校のレベルに合わせたテスト」「私立の進学高校だったらクレームがくる」は、いちばん不快なコメント。「自称進学校」とか、エリート意識丸出しの言葉を使う教師。

 クオリティが高い問題を作るには、勉強しなければいけない。このルイ16世の問題を例に取ると、ツィートの時点を何年何月にするかとか、アカウント主をルイ16世にするかマリ=アントワネットにするか、はたまたロベスピエールにするか(私はロベスピエールのほうがよかったような気がするが....球技場の誓いにも参加しているので)を検討するだけでも結構勉強になるのではないだろうか。テストが終わって返却するとき、「ホントは画家ダヴィドのアカウント作りたかったんだけど...」とかの話しが出来れば、なおよいように思う。

 今月の『社会科教育』に掲載されている文章の中で、草原和博先生は評価活動を三つに分類しているが、このルイ16世ツイッター問題は、「履修評価」を行う問題に該当すると思われる。少なくとも「悪問」とは思えないが、「立場が変われば良問も変わる」(草原先生)のだろう。

 世界史Aが始まった頃、「歴史新聞をつくろう」という試みがよく行われていた。私も取り組んだことがあり、作成例として提示するため、『歴史新聞』という本も購入した。最近では小中学生の夏休みの宿題にも取り上げられているようで、「夏休みの宿題の定番、歴史新聞のアイデアと作成例」として、NAVER まとめにも出ている。小中学生時代に歴史新聞をつくった経験がある生徒には、ツイッターやLINEといったツールを用いたテスト問題は面白く感じるだろう。今年(2017年)のセンター試験日本史Aでは「妖怪ウォッチ」「ゲゲゲの鬼太郎」が使用され、2015年の神戸学院大の世界史の入試問題では、池田理代子氏のマンガ『女帝エカテリーナ』が使われた。アニメやマンガを使わなくても、試験問題を作ることは可能だが、ではなぜセンター試験や大学入試で使われるのか、もう一度考えてみたい。こうした試験問題に面白さを感じない教師の感覚は、生徒の感覚から遠ざかってしまっているように感じる。

 小田中直樹先生の著作に『世界史の教室から』(山川出版社)という本がある。大学生を対象に、高校時代に受けた世界史の授業についてアンケート調査を行い、さらに調査で名前が挙がった世界史教員にもインタビューを行うという、実におもしろい本だ(ツイッター上で世界史の授業について発言するなら、せめてこの本くらいは読んで欲しいのだが...)。同業者から批判されることよりも、現役高校生や元教え子、保護者をはじめとした「教員ではない人」から支持されることのうほうが、私にとってはずっと大切なことだ。私もこうした「話題になる問題」をつくってみたいものである。


社会科教育 2017年 11月号

社会科教育 2017年 11月号

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 明治図書出版
  • 発売日: 2017/10/12
  • メディア: 雑誌



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『現代思想』4月号「特集:教育は誰のものか」 [その他]

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 『現代思想』(青土社)という雑誌がある。私も時々買っているが、私の中では「基本文芸誌」という位置づけであった。昨年は増刊でプリンスの追悼本などを出していたが、95年7月号の、クロード・ランズマンの『ショアー』特集などは、(難解さに)圧倒されたものである。

 さてこの『現代思想』2017年4月号の特集は「教育は誰のものか」。所収の文章はどれも面白かったのだが、中でも岡崎勝さんの文章がいちばん面白かった。私が購読している熊本日々新聞の教育欄で、岡崎さんは「学校のホンネ」というタイトルで月イチの連載を執筆しておられるが、これがたいへん面白い。私が学年主任になって初めて新入生の保護者に話したこと「信頼関係は、お互いが努力しないと成り立たない」ということは、岡崎さんの文章から拝借した言葉である。
 岡崎さんの文章は 「文科省殿、「同情するなら、ヒマをくれ!」~「主体的・対話的な深い憂い」の中で思うこと」というタイトルである。あまりのおもしろさに職場の同僚と話題にしたのだが、現場で思っていることは高校も小学校もまり変わらないのだなと感じた次第(ある先生は、「教育専門の雑誌じゃないから、逆に面白いんじゃ?」と言っていた)。なぜ「おもしろい」のかというと、現場を知る当事者として頭の中で漠然と思っていたことが、文章として言語化されているからである。もっとも「おもしろい」などと言っていられるのは、私がかなり時間的余裕があるからかもしれない。ある先生(美術)から「先生の一日は48時間くらいあるんじゃ?」言われたことがあるが、一生懸命やってるふりして手を抜くのは、社会人として必要なスキルだと思う。

 今日(4月6日)の新聞に掲載されていた岡崎さんの「学級開き「楽しい」の第一印象を」も面白かったが、その隣に掲載されていた「主体的・対話的で深い学びの実現のためには、意欲を高める学級集団づくりが重要」という文章を読んだら、「確かにそうなんだろうけど、そう言われても....」と密かな反発を覚えてしまった。
 
 子どもの貧困など『現代思想』には、最近の教育現場の話題はほとんど取り上げられているが、部活顧問の問題は私が勤務する大規模な公立高校でも深刻になりつつある。体育系部活の顧問のなり手がいない。ウチの学校では体育の先生が8名おられるが、それでも足りない。部によっては、顧問に研修会出席などの義務を課す種目のあるので、かなり大変。私が時間的な余裕があるのも、部活の顧問が「体育の先生の補助」だからである。「高校の体育の先生は(生徒指導も期待されるため)たいへんだ」というのが私の感覚。
 では部活をなくせばいいかというと、そう簡単でもない。いま私が勤務してる熊本北高校はいわゆる「進学校」とされる学校で、一週間のうち三日間は7限授業プラス朝7:35からの課外授業は事実上強制である。月に一度は土曜授業があり、これに模試が加わることもある。下校時間は夏場で7:30分、朝練は3年前に自主練習として解禁された(やってるのは吹奏楽部だけだが)。したがって顧問の役割は、「短い時間でいかに効率的な練習をコーディネートするか」である。こうした条件で野球部は県大会ベスト4、陸上部やテニス部はインターハイ・国体に出場しており、体育系の部活動には「意識高い系」の生徒が多い(部活に加入するかしないかは自由だが)。 彼らはよく気が利く。数年前まで入学式・卒業式の準備は、「○年生の各クラスから15名」だったが、野球やラグビー、陸上など体育系の部活生に設営してもらうようにしたところ、かかる時間はそれまでの半分になった。先日、新入生の物品購入の日、校内にはいってきた保護者の自家用車の交通整理をやってくれたのも彼らだ。「そういう日本的体育会的独特の雰囲気がイヤだ」とう気持ちも理解できるが、少なくとも現在私が勤務している学校では、体育系の部活をなくすということは考えられない。 顧問の負担と生徒の要望を勘案し、それぞれの部活の保護者会と話し合いながら、ギリギリでやっているのが現状である。


現代思想 2017年4月号 特集=教育は誰のものか ―奨学金・ブラックバイト・学校リスク・・・―

現代思想 2017年4月号 特集=教育は誰のものか ―奨学金・ブラックバイト・学校リスク・・・―

  • 作者: 斎藤美奈子
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 2017/03/27
  • メディア: ムック



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ミュシャ展 [その他]

 国立新美術館で開催されているミュシャ展を見てきた。これまで私がミュシャに抱いていたイメージといえば、オレンジかかった色彩で豊かな髪の美しい女性の絵。そして、「ロンドンのピアズリー」「ウィーンのクリムト」「パリのミュシャ」が、私にとっての世紀末三種の神器であった。しかし、この展覧会は私がミュシャに抱いていたイメージを一変させる素晴らしい展覧会だった。

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 今回の展示会における目玉は、連作「スラヴ叙事詩」20展がすべて展示されていることにある。これまで私がミュシャに抱いていたイメージを一変させる、重厚さ、暗さ、大きさに圧倒された。連作「スラヴ叙事詩」は、ミュシャがスラヴ民族の歴史や神話などを題材に描いた一連の作品である。これまで私は、ミュシャはフランス人とばかり思いこんでいたが、彼は現在のチェコ出身のスラヴ系であった。したがって、Muchaの発音はチェコ語だと「ムハ」もしくは「ムッハ」となるらしい。
 会場内が混雑している理由の一つは、作品群の大きさにある。近づき過ぎると全体が見えないため、作品の近いところには人がいない。多くの観客は離れて全体を鑑賞しようとするため、会場内はとても混雑していた。細部を見るには望遠鏡があると便利。
 驚いたことに、「スラヴ叙事詩」の一部は写真撮影可であった。「原故郷のスラヴ人」は残念ながら撮影不可だったが、特に印象に残ったのは「ロシアの農奴制廃止」。1861年に発布された農奴解放令を題材にした作品だが、明るさと暗さ、希望と不安が同居しているような奇妙な感覚の作品である。右上の陽光と左下の暗い表情の人々とのコントラスト。こちらを見つめる不安げな母子の表情にひかれ、人の波をかきわけスマホのシャッターを切ったものの、手ブレでよく撮れていなかった。この作品が完成したのは第一次世界大戦がはじまる1914年だが、その前年にロシアを訪れたミュシャは人々の悲惨な生活を目の当たりにしてこの作品を描いたという。

 ビザンツ帝国、神聖ローマ帝国、オスマン帝国、ドイツ騎士団VSリトアニア=ポーランド(ヤゲウォ朝)連合軍、ベーメンのフス、オーストリア=ハンガリー帝国の解体とチェコスロヴァキアの独立など、世界史の知識があるとより楽しめる.....と言うよりも、知らないと「スラヴ叙事詩」に描かれている内容がわからないと思うのだが。ミュシャ展にあれだけの人が集まっているのだから、高校世界史の授業ももう少し人気が出るような工夫をしていきたいものである。
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水俣病公式確認から60年 [その他]

 熊本日々新聞は昨日まで熊本地震にともなう特別編集の紙面でした。昨日までは最終面が生活関連情報でしたが、今日の紙面から最終面はテレビ・ラジオ欄となっています。熊本市内でも、明日から再開される学校もあり、復旧が進んでいることを実感します。もちろん、まだまだ時間はかかることでしょう。

 地震に気をとられてすっかり忘れていましたが、今日は水俣病の公式確認からちょうど60年の日です。熊本日々新聞の別冊特集「水俣病公式確認60年」を見て思い出しました。「坂本しのぶさんの60年」という特集を読み、熊本県の学校に勤務する者の一人として、水俣病について自分自身がもっと知り、そして伝えていく必要があると改めて感じています。
 私が坂本さんのことを知ったのは、ユージン・スミス、アイリーン・スミス夫妻の『写真集 水俣 MINAMATA』(三一書房)でした。この本には、アイリーン氏が中学生のころの坂本さんとふれあった日々の記録が綴られています。坂本さんのお母様も、存命であられると今日の新聞で知り、感慨深いものがあります。
 『写真集 水俣』は私の父が購入した本です。最後のページには、母の字で、購入した時期と父の名が書いてありますが、購入は昭和53年3月とあります。写真集という体裁ではありますが、ドキュメンタリーといってもよいでしょう。今日改めて読み返してみたが、現在でも十分なインパクトをもっています。

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 この本には、よく知られた写真が掲載されています。胎児性水俣病の少女と、彼女を抱きかかえて入浴する母の写真です。あばら骨が浮き出し、目を大きく見開いた胎児性水俣病患者の少女と、彼女を慈愛に満ちた表情で入浴させる母親。痛々しさと救いが交錯するかのようなモノクロームの写真は、かつて社会科の教科書や資料集に掲載されていたこともあり、見たことがある人も多いのではないでしょうか。ですが、現在は目にすることはありません。十数年前、両親の申し出によりアイリーン氏はこの写真を封印したからです。
 私がこのことを知ったのは、今から10年前、熊本日々新聞の特集「水俣病公式確認50年~写真家たちの水俣」に掲載された、アイリーンさんのインタビューでした(平成18年10月6日付)。少女(撮影から6年後に亡くなる)のご両親は「もう休ませてあげたい」と仰ったそうですが、親御さんの気持ちを考えれば、自分の娘の裸姿が、「公害の告発」を目的にしているとはいえ、いたるところで使われるのは忍びないことでしょう。こうした「今は見ることができない写真があって、どうして見ることができなくなったのか」という点は、水俣病問題の深さを示していると感じます(ネット上では見ることができるという問題点は、別の問題提起にもつながりそうです)。
http://aileenarchive.or.jp/aileenarchive_jp/aboutus/interview.html

 
ユージン・スミス氏は、『LIFE』の特派員として第二次世界大戦中は戦地に赴き、重傷を負いました。彼の写真が載ってないか....と『LIFE AT WAR』の頁をめくると、彼が撮影した3枚の写真を見つけました。 そのうちの1枚、サイパン島で撮影された米兵の写真~唯一の生存者である赤ん坊を抱いている写真は、後に彼が水俣で撮影した「入浴する母子」の写真を思い出させます。

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 「入浴する母子」と並んでもう1枚、水俣関係で私の印象に残っている写真があります。昨年亡くなった塩田武史さんが撮影した、白い鳩を抱いた少年の写真です。被写体となったのは、胎児性水俣病患者の半永一光さんで、半永さんが白い鳩を抱き、満面の笑みを浮かべている写真です。この写真は塩田さんの『僕が写した愛しい水俣』(岩波書店)の表紙にも使われている写真ですが、生きる喜びというものがこれほどストレートに伝わってくる写真は、なかなかないと思います。石牟礼道子さんの『苦海浄土』には、言葉を発することができない杢太郎少年に、彼の祖父「爺」が話しかけるという場面がありますが、この杢太郎少年のモデルは半永さんだということです。昨日(4月30日)、たまたま読んだ読売新聞に掲載されていた半永さん兄弟の記事を読み、鳩を抱く少年の写真を思い出したことでした。 


 水俣病やハンセン病患者の方々をはじめ、戦争や差別などあらゆる困難に直面している方々の苦痛や悲しみを本当に理解しようというのは、おそらく不可能なことでしょう。しかし、理解しようとする努力は必要なのではないでしょうか。いま私が感じているのは、「東北の震災は、どこか人ごとだった」という悔恨です。4月23日の熊本日々新聞によれば、一昨年5月に、熊本市の防災会議で今回と同程度の規模の地震発生が予測されているという記事を掲載していた....とあります。私はまったく記憶にありません。東北の震災関連の報道を目にして津波の恐怖に唖然とし、数々の悲劇に涙し、普通に暮らしている自分に後ろめたさをおぼえつつも、心のどこかで「熊本でこんな地震が起きるはずはない」と「勝手に頭の中でカベをつくっていた」気がします。被災の現実を目にし、耳にするにつけ、事態の深刻さに天を仰ぐばかりです。



写真集 水俣

写真集 水俣

  • 作者: W.ユージン スミス
  • 出版社/メーカー: 三一書房
  • 発売日: 1991/12
  • メディア: 大型本



MINAMATA NOTE 1971-2012  私とユージン・スミスと水俣

MINAMATA NOTE 1971-2012 私とユージン・スミスと水俣

  • 作者: 石川武志
  • 出版社/メーカー: 千倉書房
  • 発売日: 2012/10/25
  • メディア: 単行本



僕が写した愛しい水俣

僕が写した愛しい水俣

  • 作者: 塩田 武史
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2008/02/27
  • メディア: 単行本



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地歴・公民科研究会 [その他]

 今年の会場は玉名高校。来年創立110周年を迎えるという伝統校で、校舎にはいると、窓枠や、壁、照明器具などに歴史を重ねた風格を感じる。福岡の明善高校に近い雰囲気。校舎は、噴水が綺麗な前庭および正門とともに有形文化財だそうだ。資料室の展示物も興味深い。 何度か一緒に仕事をさせてもらったK先生の世界史(2年生)を見学。ちょうど、ウチと同じ部分(唐代)だったので、興味深く見ることができた。
 世界史分科会の講師は、東海大学の奥山甚一先生(総合経営学部長)。奥山先生はスリランカの社会経済がご専門で、演題は「スリランカ-カレーから民族問題まで」。スリランカのカースト制度をはじめ、あまりに面白くて1時間ではとても時間が足りない。驚いたのは、スリランカコーヒー。オランダ統治時代、茶ではなくコーヒーが栽培されていたそうで、140年ほど前には世界第3位のコーヒー豆生産国だったとのこと。確かにオランダ支配下にあったインドネシアのトラジャコーヒーは有名。好評だったのは、先生ご持参のスリランカカレー。「ラ・サナイ」というスリランカカレーを出してくれるお店から直接持ってきていただいた。チキンカレーは絶品で、「辛い、美味い!」。阿蘇でインド人シェフが経営してる「アソバラウ」のカレーも美味しいが、これもいい。
 全体会の講師は、熊日新聞の論説委員である山口和也氏。話を聴いているうちに「ああ、あの記事を書かれたのがこの方か!」と当時を思い出すことしきり。今日うかがったことのほとんどを覚えていることに、自分でもちょっとビックリ。オフレコに近い取材現場の裏話は実にスリリングで、なかでも建設業界談合現場潜入の話は手に汗握るおもしろさ。なかでも談合の情報ソースは、低コストで高い技術力を持つ会社だったというのは興味深い。つまり、「談合がなければ絶対ウチが受注できる」という自信がある会社だということ。なるほど、合点がいった。業界団体というのは、まさしくヨーロッパ中世都市における同職ギルド(ツンフト)なのである。自由競争を排して、ギルドメンバーの共存共栄をはかり、消費者の利益とは相容れない団体。今日聴かせてもらった取材現場の話は、特別にディープな話ばかりで、おそらく日々の作業は地道な取材の繰り返しなのだろう。学問の研究作業と同じではないか。敏腕記者のイメージとは違って語り口も穏やかで、「ジャーナリストの正義とは」といった大上段に振りかぶらないところが、逆にカッコいい。上善は水のごとし。


 国府高校のT先生(娘さんは熊高での教え子)に誘われて、M先生との3人で玉名ラーメンを食す。その話はFacebookにて。来年は北高が会場。



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私が今住んでいる場所は、旧日本陸軍の施設の敷地だった [その他]

 今私が住んでいる所は「昔は軍の飛行場だった」とは耳にしていた。また一年ほど前、熊本日々新聞の「わたしを語る」で、日本舞踊家の藤間富士齋さんが「菊池の特攻基地にも慰問した」という記事を読んだこともあって、花房飛行場については関心をもっていた。そして今年の9月にこの飛行場で使われていた給水塔が、菊池市の有形文化財の指定を受けたということで、一度見てみたいと思っていたが、正確な場所が不明だった。折良く、地元の「花房飛行場の戦争遺産を未来に伝える会」の方々が、見学会を行うということで参加してきた。

 国道387号線をはさんで、東側が花房飛行場(正式には陸軍菊池飛行場)、西側が菊池通信教育隊の跡地である。驚いたのは、私が家を建てたところが飛行場ではなく、通信教育隊のもと敷地内で、家のすぐわきに教育隊基地のトイレがまだ残っていたこと。また以前から、不自然な場所に防火水槽がいくつもあることを訝しく思っていたのだが、これらはすべて教育隊の施設としてつくられたものであった。

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文化財に指定された給水塔。かつて花房台地の地下水を貯水していた。米軍の機銃掃射の痕が至る所に残っている。戦後は富の原地区に生活用水を供給し、なんと2007年まで使われていたという。案内をしていただいた菊池市立菊池南中学校の先生は、「子どもの頃はよく上って遊んでいた」という。現在は、毎日地元有志の方々が点検やパトロールを行っている。


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飛行機の格納庫のあと。至る所、機銃掃射の痕が生々しく確認できる。


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機銃掃射の痕。



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燃料倉庫。同行していただいた当時を知る方によれば、燃料はドラム缶で野積みだったので、弾薬庫だったのでないかという。最近まで住居兼倉庫として使用されていた。現在の所有権者が重機を使って解体を試みたが、あまりに頑丈で壊せなかったそうである。菊池川からとった石がコンクリートに混ぜられているとのこと。


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現在も倉庫として使用されているもと倉庫と、その中に残っている、当時のもと思われる書き込み。

 もと飛行場あとの地域では、至る所に当時のコンクリートが残っている。軍用で丈夫なため、除去できないらしい。もっとも最近は、アパートなどの建設で、なくなるものも多いとのことであった。


 給水塔が文化財指定を受けたことで、「平和と養生のまち」をテーマに地域づくりをしていきたいということである。先日地元の熊本日々新聞で紹介された、県立菊池高校の社会同好会も先生と生徒が参加していた。

 昨年大分県立博物館に行ったとき、宇佐市では掩体壕など戦争遺跡を保存する活動がさかんであるという話を学芸員の方からうかがった。私が住む地域でもそうした活動が行われており、自分が住む地域の歴史を目の当たりにすることができ、たいへん有意義であった。




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「地域」と世界史 [その他]

 先日『学生が語る 戦争・ジェンダー・地域』について書いたところ、福岡大学の星乃治彦先生から『「地域」(七隈・福岡・東アジア)と生きる福岡大学』を送っていただきました。この冊子は、総合科学研究チーム「グローバル化の中の『地域』」というプロジェクト[http://www.cis.fukuoka-u.ac.jp/~hoshisemi/Project/global.html]が主催した講演およびシンポジウムの記録です。福岡大学といういわば「地域」の大学が地元とどう関わっていくかを考えていこうという研究ですが、中でも「リージョナリズムとナショナリズム」という問題提起は重要だと思います。

 2008年の10月に刊行された本『歴史学のフロンティア』(大阪大学出版会)のサブタイトルが「地域から問い直す国民国家史観」となっていることが示すとおり、地域という概念がクローズアップされるようになった背景には、国民国家という概念が相対化されるようになったことがあるのでしょう。

 「地域」という言葉に反応したのは、山川出版社が発行している『歴史と地理』の今年の2月号(No.631)に紹介されている「地域から考える世界史」というプロジェクトに私も関わっているからです。「地域からの世界史」(この場合の世界史は、地理歴史科の中の科目としての世界史)で使うときの地域とは、『歴史学のフロンティア』でいわれている「ローカル」な地域に近いと私は考えています。なお『歴史学のフロンティア』では、グローバル→リージョナル→ナショナル→ローカルというとらえ方を提唱していますが、私のイメージでは「地域から考える世界史」というときには「ローカル」よりももうワンランク小さなイメージを持っています。

 南塚信吾先生は『世界史なんていらない?』(岩波ブックレット)の中で、世界史を構想するヒントとして「ミクロ地域からの世界史」を提唱していますが、イメージとしてはこれがいちばんしっくりきますね。ですから、星乃先生から送っていただいた冊子にある「『地域』は人の生きていくもっとも大切な場所であり、だからこそ人を引きつける」とか、「地域とは人びとが基本的な生活を営み、かつさまざまな活動を展開する基盤となる空間」という言葉には、曖昧ではありますが共感を覚えます。

 私の子どもが通う小学校には、地域学習発表会という行事がありますが、この場合の地域は校区のことです。高校ではどうでしょうね?少なくとも郡市、県くらいの広さでしょうか。また、生活の基盤となる空間が複数の行政区分にまたがることもあるでしょう。確かに「地域は人間の意図する目的や見方によってその範囲や規模が規定される」(『「地域」と生きる福岡大学』)と言えます。

 『歴史と地理』に掲載された紹介文には、ある先生から出された「地域からの世界史は、それぞれの地域のお国自慢になるおそれはないか。それでは意味が無いのでは」という言葉が載っています。どのような文脈での発言で、またどのような議論が交わされたのかは不明ですが、私は「お国自慢、大いに結構」と思っています。小学生で自分の校区の歴史や特産品、先人の努力を調べて関心を持ち、成長するにつれて関心の対象範囲が拡大することになんら不都合があるとは思えません。授業で知ったことを契機に関心を広げていけばよいのであり、なにも授業がすべてで、そこで終わりということではないでしょう。エルトゥールル号のことを授業で扱うとき、熊本と和歌山で同じ扱いにできるわけがありません。

 『(「地域」と生きる福岡大学』で触れられている「グローバルに考え、ローカルに行動する」という言葉は、いい言葉だと思います。このような視点を意識することで、世界システム論ももっと授業に生かすことができるように思います。



 
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スペインが衰退した理由 [その他]

 今朝のNHKラジオ「ラジオあさいちばん」の「時の話題」は、アンジェイ・ワイダ監督の作品『カチンの森』に寄せて作新学院大学総合政策学部教授の小林和男さんのお話でした。「歴史の真実とミサイル」という題でしたが、その中で印象に残ったのはドイツのアウシュヴィッツに対する姿勢と、旧ソ連のカチンの森事件に対する姿勢の違いです。ドイツでは学校でアウシュヴィッツを教えなければならないということになっているそうで、アウシュヴィッツを訪れるドイツ人も多いとのこと。対して旧ソ連~ロシアはカチンの森事件の真相解明には極めて消極的であるという話が印象的でした。

 これで思い出したのが『現代教育科学』2009年9月号(特集「教育基本法と教師の意識改革」)に掲載されていた山口県の小学校の先生の文章。ラス・カサスの『インディアスの破壊に関する簡潔な報告』がライバルのイギリスやオランダによるプロパガンダに利用され、結果スペイン人は自己嫌悪におちいり自国の悪口を言うようになったことから、スペインは衰退してしまった、という話です。(66~67㌻)

 その著作がスペイン批判に利用されたことから、ラス=カサスが、スペイン国内では国の名誉を失墜させた男という批判があるのは事実です。それに自分の国の悪口を言うべきではないという趣旨は理解できますが、自分の国の過去を語ることが「悪口」で、「悪口」を言われた国民は自国への誇りを失うとすれば、アウシュヴィッツのことを学校で教えることを強制しているドイツはなぜ経済大国なのでしょうか?

 16世紀に「覇権国家」として繁栄を誇ったスペインが、17世紀にオランダにとってかわられた理由は、世界史の教科書に書いてある通り。新大陸からもたらされた銀はプロテスタントやイスラーム勢力との戦争、宮廷費に浪費され、国内産業の育成をはじめとする国民の利益につながらなかったこと、さらに経済的に豊かなオランダが独立したことがあげられるでしょう。
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九歴教大分大会 無事終了 [その他]

 大分県は別府市で開催された九州高等学校歴史教育研究協議会も無事に終了しました。私の発表はともかく、これまで色々とお世話になっていた他県の世界史の先生方とまたお会いできて、たいへんうれしいことでした。実行委員長の先生はじめ、開催に尽力いただいた大分県の先生方、本当にありがとうございました。

 5日に行われた地域調査は実に興味深いものでした。大分県立歴史博物館[http://rekisihakubutukan-b.oita-ed.jp/]~天念寺~冨貴寺大堂~真木大堂というコースでしたが、同行していただいた歴史博物館の学芸員さんが実に博識で話も面白く、「熊本大会のときにはぜひゲストで呼びたい」という声があがったほど。本当に勉強になりました。冨貴寺大堂(国宝)を見学するときには、その前にぜひ歴史博物館で再現されている原寸大レプリカを見て予習しておくことをオススメします。



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大分駅の工事現場から出土した大友氏関係の鉄製遺物(歴史博物館)


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エアーブラシで遺物に付着した泥その他を落としている様子( 〃 )


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天念寺の川中不動


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天念寺裏の山にある「無明の橋」[http://www.yado.co.jp/hasi/ooita/T_mumyoubasi/index.htm]


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神仏習合がよくわかる(天念寺)


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「苦役への道は世界史教師の善意でしきつめられている」 [その他]

高校の世界史教師(特に進学校の)の多くが感じていながら、恐くて口に出せなかったことがある。それを口に出してしまったが最後、今自らが行っている授業を自己否定することにつながってしまうからである。しかし昨日、それを真正面から言語化した文章を目にしてしまった。

 タイトルは「苦役への道は世界史教師の善意でしきつめられている」というもので、筆者は小川幸司先生。長野県で世界史を教えられている方のようだ。読んだのは、昨日行われた歴史学研究会の特設部会「社会科世界史60年」での報告文章である[http://wwwsoc.nii.ac.jp/rekiken/annual_meetings/index.html]。この場合「苦役」とは「暗記地獄」を指しているが、似たような意味で、一昨年日本西洋史学会の折りに、ある先生は「世界史教師の博識は生徒の負担につながる」という言葉を口に出された。小川先生は、「善意」という言葉を使い、問題の深刻さをより強く示されているように思う。また「すべての道はローマに通ず」的で、なかなかシニカルでもある。

 核心的な指摘の部分を引用させていただこう。
「今や、私たちは、はっきりと認識すべきなのである。高校世界史は、高校生からも社会人一般からも“嫌われている”科目であり、その意義に共感してもらうことに“失敗”してきた科目なのだということを。
 私たちは、こう自問自答すべきなのだ。現代において世界史を学ぶことは必要だろうけれども、今の世界史教育の「方法」は高校生の学びにとって相応しいものなのだろうか、と。この自己検証を怠ってきたがゆえに、世界史を学ぶ意義までもが侵食されてしまったのではないだろうか。」

 昨年宮崎大学で開かれた研究大会の折に私は報告を行ったが、その時の課題テーマは「転換期における歴史授業の実践的課題を探る」というもので(「高校世界史は、高校生からも社会人一般からも“嫌われている”科目であり、その意義に共感してもらうことに“失敗”してきた科目なのだということを認識すべき時がきた」という意味で、現在は転換期と言えるかもしれない)、私は教育学会という「理想を求める」場で、高校の教室という「現実的な場」ではどういう授業が行われているかを話してみた。様々な意見をもらったが、私と大学の先生方とは問題意識が違うようで、議論がかみ合ったとは思えない。このときのレジュメは[http://www005.upp.so-net.ne.jp/zep/sekaisi/jyugyou/zensyagaku2008.pdf]であるが、この「はじめに」で婉曲的に書いているように、私の問題意識が「嫌われている世界史を好きにさせるにはどうすればいいか」というものだったのに対し、大学の先生方は「何をどう教えれば、理想の人間として成長できるのか」という点に問題意識があったように思う。なかでも某出版社の歴史教育関係の本に掲載されていた内容を使った「日露戦争は侵略戦争か否か」というテーマの話を授業でやるのは不適切だ、という意見をいただいたが、「授業で何をすべきか」という点で、私と大学の先生方とは問題意識が違うように思われる。高校の世界史教師向けの研修会で、大学の歴史教育関係の先生を招くよりも、予備校の名物講師を招く方がより現実的な研修会となるのは、(少なくとも進学校の教師にとっては)自然かもしれない。そもそも、学会や学会誌で発表されているような授業が現場で実際に行われてきたとはいえない。大学の先生、生徒、そして保護者が求める「よい授業」はそれぞれに異なる。現場の教師が、直接の消費者である生徒や保護者のニーズを最優先して「理想的な授業」よりも「大学受験を念頭に置いた暗記中心の授業」をやってきたのは当然と言えば当然だろう。

 以前『世界史をどう教えるか』(山川出版社)を読んだときに感じた「しっくりこない感じ」を、私は明確に説明することができなかった[http://zep.blog.so-net.ne.jp/2008-06-15]。だがこの論文ではそのことも明快に指摘されている。

 では一体高校における世界史の授業は、どう変えていくべきなのか。残念ながら、今の私には旧来の授業スタイルにとって変わるべき対案があるわけではない。ただ「なんとかせねば」という気持ちは持っているつもりだ。授業ネタ集めはその一つの方法なのである。
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