So-net無料ブログ作成

ハンセン病のこと [その他]

 私がハンセン病のことを初めて知ったのは、小学生の頃だった。『少年少女世界の名作 22:フランス編3』(小学館)に収録されていた「ガルガンチュワ物語」に登場するポノクラート博士が、「いっそ、らい病(ハンセン氏病)にかかったほうがましじゃわい」というセリフを口にしていた。その直後だったと思うが、「少年チャンピオン」に連載されていた手塚治虫のマンガ『ブラック・ジャック』にもハンセン病が出てきた。ただ当時はハンセン病という呼称ではなく、「らい」という難しい漢字に「レプラ」というルビが振ってあったように記憶している(現在では修正されているようだ)。就職してから観た映画『ベン・ハー』には、主人公の母親と妹がハンセン病を発症し、「死者の谷」に赴くシーンがあった。最近印象に残っているのは、リドリー・スコット監督の映画『キングダム・オブ・ヘブン』に登場するイェルサレム王ボードワン4世。

 去る6月28日に熊本地裁が出したは、国の誤った隔離政策によって(患者本人だけではなく)患者の家族も不利益を被ったことを認めた重要な判決だった。
 患者家族の苦悩に関して私がいつも思い出すのは、熊本市の黒髪小学校で1954年におこった「龍田寮事件」(黒髪小事件)である。これはハンセン病患者の子どもが小学校に通うことに対して大きな反対運動が起きた事件で、当時は熊本日日新聞でさえ、「(通学賛成の理論は)正しいと思うが、通学には必ずしも賛成できない」と社説で「事実上の反対」を主張している。入学式の日にPTAが掲示した張り紙(Wikipediaに写真がある)を読むと胸が痛むが、当時黒髪小に勤務していた先生によれば「付き添いの保母さん達がみなうつむいているのに、子どもたちは訳もわからず、にこにこしていたのが対照的だった」、と。具体的な学校名や関係者が明白なので、学校の授業で扱うことは難しいが、こうした過去と向き合うことが大切なことだという気がする。

 特効薬プロミンについて。映画監督の宮崎駿氏が関わった 「プロミンの光」 という絵が先日話題になった。が、プロミンにもまた苦難の歴史がある。注射は肉が裂かれるほどの激痛だったという「大風子油」、症状がかえって悪化した「セファランチン」、遺骨が青くなる「虹波(こうは)」....いずれも患者たちを苦しめた薬で、「虹波」は旧陸軍による人体実験だったという説もある。これらの失敗から、患者達は新薬に疑心暗鬼となっていたものの、プロミンが投与された患者の多くには画期的な治癒が見られた。熊本の菊池恵楓園では当初希望者131人から32人が選ばれたそうだが、その劇的な効果を目の当たりにして「プロミンを打ってくれって、注射場の窓にすがって泣きじゃくる女性もいた」という。

 加藤清正が眠る本妙寺の周辺には、かつてハンセン病患者の集落があったが、1940年に患者全員強制収容されたという(本妙寺事件)。本妙寺の参道並ぶ塔頭をまわって当時の話を尋ねてみたものの、ご住職はほとんどが代替わりしていて、詳細を知る方はおられなかった。
nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:学校