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『現代思想』4月号「特集:教育は誰のものか」 [その他]

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 『現代思想』(青土社)という雑誌がある。私も時々買っているが、私の中では「基本文芸誌」という位置づけであった。昨年は増刊でプリンスの追悼本などを出していたが、95年7月号の、クロード・ランズマンの『ショアー』特集などは、(難解さに)圧倒されたものである。

 さてこの『現代思想』2017年4月号の特集は「教育は誰のものか」。所収の文章はどれも面白かったのだが、中でも岡崎勝さんの文章がいちばん面白かった。私が購読している熊本日々新聞の教育欄で、岡崎さんは「学校のホンネ」というタイトルで月イチの連載を執筆しておられるが、これがたいへん面白い。私が学年主任になって初めて新入生の保護者に話したこと「信頼関係は、お互いが努力しないと成り立たない」ということは、岡崎さんの文章から拝借した言葉である。
 岡崎さんの文章は 「文科省殿、「同情するなら、ヒマをくれ!」~「主体的・対話的な深い憂い」の中で思うこと」というタイトルである。あまりのおもしろさに職場の同僚と話題にしたのだが、現場で思っていることは高校も小学校もまり変わらないのだなと感じた次第(ある先生は、「教育専門の雑誌じゃないから、逆に面白いんじゃ?」と言っていた)。なぜ「おもしろい」のかというと、現場を知る当事者として頭の中で漠然と思っていたことが、文章として言語化されているからである。もっとも「おもしろい」などと言っていられるのは、私がかなり時間的余裕があるからかもしれない。ある先生(美術)から「先生の一日は48時間くらいあるんじゃ?」言われたことがあるが、一生懸命やってるふりして手を抜くのは、社会人として必要なスキルだと思う。

 今日(4月6日)の新聞に掲載されていた岡崎さんの「学級開き「楽しい」の第一印象を」も面白かったが、その隣に掲載されていた「主体的・対話的で深い学びの実現のためには、意欲を高める学級集団づくりが重要」という文章を読んだら、「確かにそうなんだろうけど、そう言われても....」と密かな反発を覚えてしまった。
 
 子どもの貧困など『現代思想』には、最近の教育現場の話題はほとんど取り上げられているが、部活顧問の問題は私が勤務する大規模な公立高校でも深刻になりつつある。体育系部活の顧問のなり手がいない。ウチの学校では体育の先生が8名おられるが、それでも足りない。部によっては、顧問に研修会出席などの義務を課す種目のあるので、かなり大変。私が時間的な余裕があるのも、部活の顧問が「体育の先生の補助」だからである。「高校の体育の先生は(生徒指導も期待されるため)たいへんだ」というのが私の感覚。
 では部活をなくせばいいかというと、そう簡単でもない。いま私が勤務してる熊本北高校はいわゆる「進学校」とされる学校で、一週間のうち三日間は7限授業プラス朝7:35からの課外授業は事実上強制である。月に一度は土曜授業があり、これに模試が加わることもある。下校時間は夏場で7:30分、朝練は3年前に自主練習として解禁された(やってるのは吹奏楽部だけだが)。したがって顧問の役割は、「短い時間でいかに効率的な練習をコーディネートするか」である。こうした条件で野球部は県大会ベスト4、陸上部やテニス部はインターハイ・国体に出場しており、体育系の部活動には「意識高い系」の生徒が多い(部活に加入するかしないかは自由だが)。 彼らはよく気が利く。数年前まで入学式・卒業式の準備は、「○年生の各クラスから15名」だったが、野球やラグビー、陸上など体育系の部活生に設営してもらうようにしたところ、かかる時間はそれまでの半分になった。先日、新入生の物品購入の日、校内にはいってきた保護者の自家用車の交通整理をやってくれたのも彼らだ。「そういう日本的体育会的独特の雰囲気がイヤだ」とう気持ちも理解できるが、少なくとも現在私が勤務している学校では、体育系の部活をなくすということは考えられない。 顧問の負担と生徒の要望を勘案し、それぞれの部活の保護者会と話し合いながら、ギリギリでやっているのが現状である。


現代思想 2017年4月号 特集=教育は誰のものか ―奨学金・ブラックバイト・学校リスク・・・―

現代思想 2017年4月号 特集=教育は誰のものか ―奨学金・ブラックバイト・学校リスク・・・―

  • 作者: 斎藤美奈子
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 2017/03/27
  • メディア: ムック



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