So-net無料ブログ作成

アヘン戦争の絵 [授業ネタ]

 教科書を読んでいると、時々驚くような記述に遭遇することがあり、そんなときは本当にうれしくなる。最近だと、アヘン戦争で中国のジャンク船が爆発している図版の解釈。かつて熊本県の公立高校入試(社会)にも使われた有名な図版(こちら)だが、最近まで私は図版の右奥に見えるネメシス号が撃った砲弾がジャンク船に命中し、爆発したものだとばかり思っていた。

 しかし、かならずしもそうだとは言い切れないようだ。このことを知ったきっかけは、現在私が勤務している学校で使用してる教科書「世界史A」(東京書籍、世A301)に掲載されているこの図版の説明に疑問を感じたことだった。
 東書の「世界史A」では、この絵に関して「1841年1月、広州湾でイギリスの軍艦(右奥の帆がない蒸気船)に砲撃されるジャンク船がえがかれている。」という説明がついてるが、私が疑問を持ったのは、「帆がない蒸気船」という記述だ。熊本県の公立高校入試でこの絵が使われたときの問題は、「どちらがイギリスの船か、その理由もあわせて答えよ」というものだったと思う。そのとき、19世紀の蒸気船は帆も併用して航海し、風の影響を受けないようにするときは帆をたたむということを知り、「帆がない」という説明をした答案はすべて誤答として採点した。英語版Wikipediaのネメシス号の項目には、帆走してる図版が掲載されている。 https://en.wikipedia.org/wiki/Nemesis_(1839)

 このことがきっかけでネメシス号のことを調べているうちに読んだのが、大阪大学西洋史学研究室が発行している『パブリック・ヒストリー』第10号[http://www.let.osaka-u.ac.jp/seiyousi/JHP_10_2013.html]に掲載された、吉澤誠一郎先生の論文「ネメシス号の世界史」である(http://www.let.osaka-u.ac.jp/seiyousi/vol_10/pdf/JHP_10_2013_1-14.pdf)。この絵が二種類あるということにも驚いたが、もっと驚いたのは「ジャンク船を撃破しているのはネメシス号ではなく、右側の小さなボートの可能性がある」という指摘だった。以前、「蒸気船は、風や潮流に左右されずに大砲の照準を合わせることができたり、海上の障害物を撤去できたりしたから木造帆船より有利」(『ビジュアル版世界の歴史17 東アジアの近代』講談社、『世界の歴史25 アジアと欧米世界』中央公論新社)ということを読んだこともあり、「ネメシス号がジャンク船を砲撃・破壊してる」とばかり思っていた。
 吉澤先生の論文では「ネメシス号がロケット砲でジャンク船を砲撃し、破壊してる」という従来からの説が正しい可能性にも触れている。しかし、ネメシス号の果たした大きな役割は、喫水が浅いため陸戦隊を輸送・上陸させるという任務を担ったことや、ロケット砲(コンクリーヴ・ロケット)が威力を発揮できたのは相手が木造の船だったからという指摘は大変興味深い。「圧倒的な近代兵器の威力」というわけでもなさそうだ。

 現行の帝国書院の教科書『新詳世界史B』(吉澤先生も執筆者の一人である)は、吉澤先生の論文をふまえ、絵が二枚あることに触れており、小型ボートが砲撃しているという説をとっている。東京書籍の平成29年度版世界史A教科書も、帝国書院『新詳世界史B』とほぼ同じ説明に大きく変わっている。しかし実教出版の世界史A教科書(平成29年度版)は、「右奥のイギリス船が砲撃している」という説明のまま。実教の教科書が掲載してる絵は「小型ボートあり」の方だが、ネメシス号砲撃説をとっているプロジェクターなど使って、2枚並べて話ができれば面白いかも。


 先日、東京都立両国高校で「世界史Aの内容不足があり、在校生には補習授業をすることになった」という報道があった。私が最初にこのニュースを知ったのは、高大連携歴史教育研究会のMLからだったが、「内容不足」という言葉の意味が理解できなかったので、東京都教育委員会のホームページ[http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/2016/pr160923.html]をみたところ、ますますわからなくなった。以下のような記述である。
 
 東京都立両国高等学校において、保護者から第1学年で実施している「世界史A」の内容が不十分ではないかとの指摘を受け、東京都教育委員会において調査を行いました。  その結果、当該校では、平成24年度より、歴史の大きな流れについての理解を深めさせるため、前近代の学習内容を近現代の歴史的事象と関連させながら学習を行っていましたが、第一次世界大戦前後や冷戦の終結に関する内容など、関連させる近現代の内容の一部が不足していました。  なお、本件については、「世界史A」の内容が一部不足していたということから、未履修に該当するものではありませんが、不足を補うため、第1学年については授業計画を改善し、2・3学期で全ての内容を実施することとし、第2学年及び第3学年の該当生徒に対しては補習等を実施することとしました。

 「世界史Aの看板で世界史Bをやっていた」(数年前に愛知県で指摘されたこと http://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/30896.pdf)ということならば、アウトでも仕方ない。しかし、普通に進めていて時間が足りなくなっったということなら、どこの学校でも、どの教科科目でもおこりうることだろう.....と思ったのだが、「両国高校の1年生」という人から私のツイッターアカウントに届いたメッセージによれば、「世界史aという名目で世界史bという高度なところを教える」と保護者会では説明されたと。2chでも話題になっていたように[http://daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1474641770/](番号204の発言)、ネット上に残っていたシラバスをみると完全に世界史Bで、「第一次世界大戦前後や冷戦の終結に関する内容など、関連させる近現代の内容の一部が不足」どころの話ではない。「世界史Aの看板で世界史Bをやってた」と本当のことを言ってしまうと、影響があまりに大きくなるので配慮したのか?と勘ぐってしまう。この件がほとんど話題にもならず、東京の一つの高校だけで終わりそうなのも、様々な配慮が働いたのでは?とこれまた勘ぐってしまう。まぁ、現実的な対応を考えれば、こういうことに落ち着くのだろうが、「それはおかしい」という声が聞こえてこないのも、それでいいのかという気になる。

 来週は文科省から世界史の教科調査官の先生が来校するので、授業を見てもらう。フランス革命(2時間目)の予定なのだが、明日台風で休校決定。明日からの予定だった中間考査は日程が変更となり来週までずれ込む。最近台風で休校や授業カットが続き、「アメリカ独立」までの予定だった中間考査は産業革命までになってしまった。大丈夫か?



nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学校

nice! 0

コメント 2

清水 隆博

世界史の授業、「アヘン戦争図」の記述、大変興味深く拝読いたしました。
 熊本県立高校の入試問題、「どちらがイギリスの船か、その理由もあわせて答えよ」に対しては下記のように回答するのが正解なのでしょう。

①図の右側、奥に描かれている煙突を備えた船
②蒸気機関を動力源とする外輪式推進装置を備えているため

 私は2種類の「アヘン戦争図」が並べて展示されているのを見たことがあります。両方とも、「東洋文庫ミュージアム」(東京都文京区)に所蔵されており、たまたま公開展示されていたのです。
 同じ東洋の国の人間としてこの絵を見ると衝撃を受けます。「大の大人が赤子の手を本気で捩じり上げている」ような、そんな印象を持ってしまうのです。
 絵をつぶさに観察すると、ネメシス号から細い白煙が弧を描いて立ち昇っているのが見て取れます。砲弾が白煙を引いて飛翔するとは考えられず、また、白煙の発生している位置が外輪推進器の覆いの上(艦載砲を搭載できない位置)であることから、この白煙はコングリーヴ弾の飛翔の跡であると考えて間違いないと思います。
 イギリス軍のボートの船首から発射されているのは「ボート・ホイッスル」と呼ばれていた艦載用の小型榴弾砲で、ペリー艦隊も装備しており、ペリー提督の上陸時には多数のボート・ホイッスルの空砲が撃たれたと記録されています。
 興味を引かれたのは、この絵の下に、この船の所有者が東インド会社であること、艦長はW.H.Hallというイギリス海軍の軍人と書かれていたことでした。
 今、「日本人がこの絵を最初に見たのは、いつ、どこで、その日本人は誰だったのか?」という点を調べています。この点について、参考となる書籍、資料等を御存じでしたら御教示ください。
 
by 清水 隆博 (2018-10-27 11:18) 

zep

こんばんは。
色々と面白い発見がある絵でした。ボートから撃っている火器は「ボート・ホイッスル」というのですね。ありがとうございます。確か陳舜臣氏の『アヘン戦争』で、蒸気船は潮の流れに影響を受けずにすむので大鵬の狙いがつけやすいという記述を読んだような気がします。ホント、日本人が最初にこの絵を見たときどう思ったのでしょうね。関連の記述がないか、気をつけておきます。
by zep (2018-10-31 20:01) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0