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『社会科教育』2009年9月号(No.605) [授業研究・分析]

 今月の特集は「子どもをゆさぶる"教材・教具・モノ"便覧」。色々と面白いものが紹介されていますが、中でもぜひ欲しいと思ったのが、「琉球国王印」のレプリカ。漢字と満州文字が併記されており、沖縄県立博物館で販売されているそうです。沖縄旅行をする方にぜひお土産に買ってきて欲しいモノです。

 一つ気になる記事がありました。


 問1 日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルは何人か。次の中から選べ。

   ア フランス   イ ドイツ   ウ スペイン   エ バスク   オ ポルトガル



 正解はウとエということです。領土・民族問題を教えるためとはいえ、この問い方はあんまりでしょう。雑誌の性格上中学生を念頭に置いた問いだと思いますが、答える前に「バスクってどこにある国?聞いたこと無いよ!」って声が聞こえてきそうです。

 ザビエルが生きた時代にドイツという国があったかどうかという議論はさておき、バスク以外の選択肢は、現在主権国家として国際的にも認知されている国ばかり。この並列はフェアではありません。バスクという言葉を選択肢にいれるなら、他は「バイエルン」「ブルターニュ」などといった選択肢になるはず。地域名や民族名として使われるバスクを、「現在の国名」というまったくレベルの違う言葉の中に混ぜるというのは、あまりよい方法だとは思いません。

 この本の今月の特集に即した教材というなら、大学の授業で見せてもらったバスク地方のホテルの案内(スペイン語だけでなくバスク語でも表記されている)や、道路標識の写真なんかがいいと思います。
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永井紀之著「受験体制下の世界史教育」「授業記録:『サッカーと世界史』」「グローバルヒストリーと世界史教育」 [授業研究・分析]

 愛媛県の高校で世界史を教えている先生から頂戴した論文。有志の先生方で発行している『ソーシャル・リサーチ』という雑誌に発表された論文とのことですが、「研究会の運営と研究誌の発行」という労ももちろんのこと、内容がかなり面白く多くの先生方に関心を持っていただきたい内容です。南塚先生の『世界史研究所』でも概略が紹介されているので、ご覧ください[http://www.history.l.chiba-u.jp/~riwh/japanese/index.php?itemid=152&catid=7]。


 永井先生は「受験体制下の世界史教育」の中で「情報を活用する場・機会を保障」という表現を使っておられますが、私はこの「場をつくる」というのは極めて重要なことだと思っています。昨年読んで面白かった本の一つに山口義行著『聞かせる技術』(河出書房新社)という本があるのですが、その中で「人を育てるのは、人ではなく"場"です。」というフレーズがありました。本の中では「つかみにはキーワードが大事」という文脈で、そのキーワードの例としてあげられていた言葉ですが、その言葉の意味を考えると、世界史の授業の中で「情報を活用する場・機会を保障」することは大切だと言えるでしょう。

 「情報を活用する場・機会」は討論や発表という手段だけではなく、レポートという手段でも可能ではないでしょうか。山川出版社の『歴史と地理』No.621(2009.2 世界史の研究218)には、岡本和也著「論理的思考力を養う歴史教育~レポート作成を通じて」という論文が掲載されていますが、これを読むと、レポートも「情報を活用する場・機会を保障」する手段の一つだと感じました。個人的には、授業時間数に制約が多い進学校ではレポートの活用は魅力的です。

 永井・岡本両先生とも拙文を読んでいただいたようで、ありがたいことです。

 「サッカーと世界史」というと、授業で最近紹介したエピソードが、ユーゴスラヴィア共和国の崩壊とサッカーのユーゴ代表チームにまつわる話。サッカー日本代表オシム前監督がユーゴ代表の監督だったときに選手だったのが現名古屋グランパス監督のストイコビッチですが、オシム氏はボスニア出身でストイコビッチ氏はセルビア出身。「東欧のブラジル」ユーゴ代表の崩壊の歴史は、そのままユーゴスラヴィア連邦の崩壊とつながると言っても過言ではないでしょう。Wikipedia掲載のエピソードは授業に使えます。

 WIkipedia:「サッカーユーゴスラヴィア代表の歴史」

 Wikipedia:「ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の崩壊」




聞かせる技術

聞かせる技術




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第57回全国社会科教育学会全国研究大会(宮崎大学) [授業研究・分析]

 宮崎大学における全社学(全国社会科教育学会)での発表は、4年前の鹿児島大会に続いて2度目。「地域から考える地域から考える世界史プロジェクト」のためにつくった授業、「宮崎滔天の活動を通じて見る世界史」を発表しました(レジュメはこちら)。教科書通りの構成の中に、いかに生徒の興味をひきつけるネタを盛り込むのかというのがテーマ。興味関心をひくことを第一の目的とした授業なので、資質の育成=生徒の変容を目的とした教科教育学会で報告するにはそぐわない授業だったかもしれません。この点で、大学の先生から出された「なぜ歴史を学ぶのか」という根本的な問いに対する回答「タテマエとしては現代社会の歴史的形成過程を学ぶととか、国際的資質の育成、異文化理解とか答えるだろうが、ホンネは人間のおもしろさを知るため」で私のスタンスは理解いただいたことでしょう。歴史で得た知識を活用して現代社会を理解する、すなわち歴史を手段として扱う現在のトレンドに対する私の疑問=なぜそれを歴史でやる必要があるのか、現代社会という科目、公民という教科ではダメなのか、ということも述べておきましたが、参加された方々はどのように受け取られたのでしょうか。

 フロアから出された質問のうち、「日露戦争は侵略戦争か、祖国防衛戦争か」というテーマは、授業で取り上げるべきではない(テーマ設定が妥当ではない)という意見をいただきましたが、なぜとりあげてはいけないのか、その理由が今ひとつよく分かりませんでした。その方からは、「教科書と資料集でその理由を考えろというのは無理だ」という意見もいただきましたが、私は一般論とことわったうえで「討論をする際には教科書その他手持ちの資料から考えさせる方が、突拍子のない苦し紛れの意見を出されるよりもいい」と言っただけの話であり、レジュメの中に『また「日露戦争には、侵略戦争という解釈と祖国防衛戦争という解釈がある。どちらが妥当だと思うか。」では調査の時間をとって討論させたかったが、時間の都合で討論まではできなかった。』と書いておいたのですが......。グローバルヒストリーと国民国家論の扱いについては、私が質問を誤解してしまったので、深く恥じ入ってます。「日露戦争の解釈については、最近の研究テーマを取り入れるのであれば『戦争は避けられたのか、避けられなかったのか』という設定の方がよい」というご指摘は、なるほどと思いました。ありがたいフォローでした。

 サッカー高校選手権大会県予選は、第2シードのルーテルに4-0の完敗でした。実際に指揮をとっていただいたKコーチに感謝。

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棚橋健治『社会科の授業診断~よい授業に潜む危うさ研究』(明治図書) [授業研究・分析]

 社会科・地歴科・公民科の授業力向上をテーマにした本。「名人芸の授業」という考え方を否定し、「よいと言われる授業」の「よさ」を見いだすことが本書の目的です。では授業の「よさ」はどうやったら検証できるのか。これは難しいことでしょう。なぜなら「よさ」の基準を一般化することが極めて困難だからです。ある人にとっての「よい授業」は、別の人にとっては「よくない授業」であることは珍しくありません(サブタイトル「よい授業に潜む危うさ研究」というのはそのことを示唆しています)。
 本書では、授業の「よさ」を検証すため、「社会科は社会認識形成を通して市民的資質を育成する科目である」という前提に立ち、個々の授業を分析し、市民的資質の育成においてどのような役割を果たすのを評価することを目指しています。
 本書では「よい授業」を、①「望ましいひとつの生き方」に導く授業、②社会的事象の構成要素を伝達する授業、③社会の構造を教え、社会的事象の説明枠をとらえさせる授業、④社会の構造から自らの生き方を考えさせる授業、の四つに類型化しています。高校の世界史では、このうち②と④のタイプが参考になりそうです。

 「よい授業」を一般化するため、『世界史の教室から』(山川出版社)では、大学生へのインタビューをもとに「よい授業をする教師」と評価された先生方へのインタビューを通じて、「よい授業」の要素を抽出しようとしています。ところが『世界史の教室から』から読みとれる、元高校生(そのほぼ全員はいわゆる進学校の元生徒である)たちが「よい」と評価した授業は、本書で示されている「よい授業」とは必ずしも一致しません。全国社会科教育学会が行ったスタンダード研究では、「よい社会科の授業」の実例が示されていますが、そうした「よい授業」が広く全国の高校で行われているとも思えません。ここに社会科・地歴科・公民科の授業の難しさがあるように感じます(社会系教科に見られる、こうした「よさのズレ」は他教科に比べると大きいような気が気がするのですが)。保護者や生徒、教育委員会、現場の教師、そして教育学者といった様々な立場の人たちそれぞれ、また同じ立場でも置かれた状況が異なれば状況に応じて、「よい授業」の条件は違っているようにも感じます。これは、森安孝夫シルクロードと唐帝国』(講談社)の中で、「西欧中心史観の克服」がいまだに求められている理由とつながる点があるような気がします。

 そうした状況があるとはいえ、「授業のよさとは何か、それをどうやって検証するのか」という点が具体的な手法を含めて明示された点には、大きな意義があります。松江教育センターでの講義の前に読んでおいたら、講義の材料に使えたのに.....と思うと残念。

社会科の授業診断―よい授業に潜む危うさ研究

社会科の授業診断―よい授業に潜む危うさ研究


中学校・高校の“優れた社会科授業”の条件 (優れた社会科授業の基盤研究 2)

中学校・高校の“優れた社会科授業”の条件 (優れた社会科授業の基盤研究 2)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 明治図書出版
  • 発売日: 2007/10
  • メディア: 単行本


世界史の教室から

世界史の教室から

  • 作者: 小田中 直樹
  • 出版社/メーカー: 山川出版社
  • 発売日: 2007/06
  • メディア: 単行本


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地域から世界史を考えてみる [授業研究・分析]

 今年の夏、山口県の世界史の先生から「地域から世界史を考えてみませんか」という、ご提案をいただきました。8月に神戸で行われた歴史教育者協議会の全国大会の世界史分科会で話をしたところ、好反応を得ることができたとのことでした。世界史の授業で熊本の関係の話をすることはあったものの(加藤清正の朝鮮出兵と本妙寺の話や、荒尾の宮崎滔天と孫文の関係など)、「なんとなく話のネタとして」やってきただけで体系化したものではなかったので、授業として組み直してみると面白いと思います。

 今日の熊本日々新聞には、県社会科教育学会の記事が出ていました。会では地域教材の開発を重視しているとのこと。「身近な教材になると、子どもの反応が全く違う」という指摘は、当たっていると思います。例としてあがっていたのが、菊池の武将菊池武光。南朝に忠誠を誓う武光と、「裏切り者」少弍頼尚を対比させ、「どちらが当時の生き方として正しいか」という問いを投げかける、という授業。「どちらも武士の生き方だ」という結論に辿り着いたということです。結局教材が熊本というだけの話で、人物の「生き方」に特化させる「生き方教育」である点は、これまで小中学校の歴史の授業で行われてきたこととあまり変わっていないような気がしますが?新聞には「共感し歴史学ぶのが大切」という見出しが躍ってますが、これは別に目新しい視点ではなく、これまで日本の小学校で行われてきた歴史の授業の典型的なスタイルにすぎません(渡辺雅子『叙述のスタイルと歴史教育―教授法と教科書の国際比較』三元社)。これまで小学校で行われてきた授業ではあまり見られない、対照的な二人の生き方を比較させ、生徒に葛藤を生む、という点が違うのかも......と一人考えてみる。

 他の地域ならばともかく、菊池氏の地元である菊池市では、こうした「武光も少弍もどちらも立派、みんな頑張ってたんだ」的な話はあまり受け入れられないのではないでしょうか?菊池市には「菊池公頌徳歌(きくちこうしょうとくか)」というのがあり、ウチの子どもが通う小学校では、運動会で歌っていました。観客の祖父母らも唱和していたらしい。3番の歌詞は「南北朝の乱れには 武時 武重 武土や 武光 武政 武朝等 赤き心の一筋に 累世王事に勤労し 忠義の神と なりにけり 誉れは千載朽ちもせず 勲は 万古に輝けり」というもの。菊池神社の祭りの日には、小学校の授業は午前中で終わるほど菊池氏が尊崇されている土地で、菊池氏の不倶戴天の敵を肯定的に扱うのは、かなり難しいような気がします。もしやるんだったら、小学校段階でしっかり菊池氏の南北朝時代の活動を教えておくことでしょうね(歴史の授業が「生き方教育」なのは、中学校よりも小学校の方が多い)。そして中学生の発達段階にあわせて、多面的なものの見方というを身につけていくような長期的プランができれば理想的。菊池市内で小学校と中学校の教師が共同研究でやっていけば、かなり良い地域教材になるはず。ただウチの子どもが通う中学校は期待薄。以前妻がその中学校に勤務していたんですけど、元高校の英語教師だった妻が「英語の授業を見せてくれ」といったら、断られてしまったとのこと。別に部外者ではないから見せてくれてもいいと思うんですが、一体どんな授業をしているんでしょうか?他人から自分の授業を見てもらい、アドバイスをしてもらうことは授業力向上の基本。この時点で、「この中学校終わってる」ような気がします。もっと唖然とするような話もあるんですが、書き始めると止まらなくなりそうなんで、これくらいで。

 「菊池公頌徳歌」の2番は「歴史は古し 延久に 則隆此の地を 管領し 菊池の姓を 立てしより 伝統二十有余代 中にも 武房 有隆は 弘安四年の戦いに 仇なす元寇 打ち破り 護国の神と仰がれる」という歌詞です。「有隆」というのは菊池氏の分家である赤星有隆のこと。私の妻の実家にある家系図(昨年の「わくわく授業」のときテレビに映っていたもの)によると、妻の実家は初代の有隆から数えて29代目の子孫。世界史だったら、こちらの方が教材になりそう。

叙述のスタイルと歴史教育―教授法と教科書の国際比較

叙述のスタイルと歴史教育―教授法と教科書の国際比較

  • 作者: 渡辺 雅子
  • 出版社/メーカー: 三元社
  • 発売日: 2003/11
  • メディア: 単行本


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ジャガイモの授業 [授業研究・分析]

問.「大航海」時代には、アメリカ大陸から新しい消費物資が旧世界に導入されて、人々の生活に変化がおこる一因となった。次のもののうち、原産地アメリカ大陸からヨーロッパにもたらされたものを三つあげよ。
    コーヒー  砂糖  じゃがいも  たばこ  とうもろこし  木綿
(東京大学,89年)

 たびたびTOSSに掲載してある授業を批判して申し訳ないが、より一層精進して授業をしていただきたいと思うからであり、決して悪意からではないことを了解いただきたい。私が最も危惧するのは、こうした問題がある授業が拡大再生産されてしまうことである。
 TOSSに対する批判は少なからずあるようだが、私はTOSSの姿勢には賛成している。自分がつくったノウハウを、デジタル化するという手間をかけた上で無償で公開し、さらに改善していこうという姿勢は、賞賛されてしかるべきだと思う。だが掲載されている授業は、歴史分野に限れば、これまで私が指摘してきた通り、かなりレベルが低い。高校生でも間違いだと分かるミスが多すぎる。掲載時のチェック体制に問題があるのではないだろうか。

 TOSSには、高校の世界史の授業案も掲載されている。「世界の歴史を変えたジャガイモ」という授業だ。この授業の問題点は、どこの単元で行うか不明な点にある。「世界史の扉」なのか、「大航海時代」なのか、それとも「19世紀のイギリス」なのか(今年の東大の入試問題(第1問)のように、農業史で扱ってもいいかもしれない)。「世界の歴史を変えた」という授業タイトルではあるが、内容がアイルランドとイングランドとの関係に限られているので、おそらく19世紀のイギリスで扱うことを想定したと思われる。この授業を作った方には「この授業をどこの単元で行うか」が明確になっていなかったため、タイトルと内容がかなり違ったものになったのだろう。

 タイトルに「世界の歴史」「ジャガイモ」という言葉をつけるなら、鈴木亮氏の興味深いプランがあるので、そちらをまず参照したい。それにしても、「ジャガイモは、現在も残るアイルランドの独立問題の原因にもなった」という結論はかなり強引だという印象を受ける。アイルランド問題のそもそもの原因は、17世紀のクロムウェルによるアイルランド侵略にある。イングランドの不在地主が小麦を強制的にイングランドへ持って行くため、アイルランドの人々はジャガイモで命をつないだのであり、「ジャガイモがアイルランド独立問題の原因」というのは、不適当なのではないか。「ロンドンの地下鉄でのテロ事件」というのは、かつてIRAが行っていた爆弾テロを指しているとおもわれるが、ジャガイモとIRAをつなげるのは、これまたかなり強引だという気がする。

 細かいことを言えばきりがないのだが、「当時アイルランドの人口は320万人だったが、ジャガイモ栽培の普及で人口も増えた。どれくらいになったと思うか。」という発問がある。こういう発問をする場合は、「○○年の人口は、××年には何人になったか」と時代を限定しなければならない。そもそも「当時」というのは、一体いつのことだろう。ちなみに1730年に約150万人であったアイルランドの人口は、1845年には850万人にまで増加している。したがって320万人という人口は、ジャガイモがアイルランドにはいってきてから、かなり時間が経過したあとの数値である。

ジャガイモで世界史の授業をつくるなら、少なくとも次の文献くらいは読んで欲しい。
    鈴木亮『世界と日本の歴史1』(大月書店)
      〃 『楽しくわかる世界史の授業』(日本書籍)
    星川清親『栽培植物の起源と伝播』(二宮書店)
    綿引弘『手に取る世界史教材-入手と活用』(地歴社)
    平安孝雄「ジャガイモの旅」(『世界史100話』あゆみ出版)
    波多野裕造『物語アイルランドの歴史』(中公新書)

ちからを伸ばす世界史の授業

ちからを伸ばす世界史の授業

  • 作者: 鈴木 亮
  • 出版社/メーカー: 日本書籍
  • 発売日: 1987/05
  • メディア: 単行本
物語アイルランドの歴史―欧州連合に賭ける“妖精の国” (中公新書)

物語アイルランドの歴史―欧州連合に賭ける“妖精の国” (中公新書)

  • 作者: 波多野 裕造
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1994/11
  • メディア: 新書
授業に役立つ世界史100話〈上〉

授業に役立つ世界史100話〈上〉

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: あゆみ出版
  • 発売日: 1988/12
  • メディア: 単行本
授業に役立つ世界史100話〈下〉

授業に役立つ世界史100話〈下〉

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: あゆみ出版
  • 発売日: 1989/12
  • メディア: 単行本


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教師は「生徒の100倍の知識」で足りるのか [授業研究・分析]

 中学校でフランス革命はどのように教えられているのか、ということを調べていたところ、かなり酷い。以前中学校の先生が作った問題に「アメリカ独立宣言はアメリカが独立を達成した後に出された」という記述を発見して唖然としたことがあったが、この授業はそれどころの話ではない。TOSSで「フランス革命」を検索して発見した授業だ。
 まず牧師と神父の違いが分かっていない。生徒が「牧師」「神父」と答えたら、「じゃあ牧師と神父はどう違う?」と切り返すくらいは歴史を教える教師にはやっていただきたい。生徒から「神父」という答えがでることを予想しておきながら、正答を「牧師」としているのは、かなり拙いと思う。フランスはカトリック国なので、当然ながら「神父」が正解である。騎士を「職業」としているのには、まぁ我慢しておく。農民は「国王」に労働と納税をささげていたという不正解ではないが正解でもない説明も、まぁ仕方がない。しかし、絵にはでてこない商工業者は、どこへ行ったのだろう?商工業者が抜け落ちた理由は、「身分」と「職業」とを区別しなかった点にある。このため、「不満がたまった農民がフランス革命の主体であった」という、誤りを教えてしまうことになっている。授業では、後からフランス革命とアメリカ独立革命の関係にも触れられているが、アメリカ独立戦争にも参加した、フランス革命初期の指導者ラ=ファイエット(1757~1834)がフランスの貴族であることを、この授業をつくった方はどう考えているのだろう?
 さらに誤りは続く。王を処刑して、革命が起こったという話になっているが、ルイ16世の処刑は1793年である。そして決定的にまずいのは、ドラクロワの「民衆を率いる自由の女神」を「フランス革命を描いた作品」としていることである。この作品はかつてセンター試験にも使われたほど有名な作品だが、これが「フランス革命を描いた」などと中学校で教えられているのなら、かなり問題である。お粗末すぎる。

次に掲げたドラクロワの作品「民衆を率いる自由の女神」は、七月革命を題材にしたものである。この七月革命について述べた次の文①~④のうちから、正しいものを一つ選べ。
① 七月革命後、フランスでは男子普通選挙制度が実施された。
② 七月革命後のヨーロッパ秩序の再建のために、ウィーン会議が開かれた。
③ 七月革命によってシャルル10世が追放され、ルイ=フィリップが国王になった。
④ 七月革命の影響を受けて、ドイツでブルシェンシャフトが結成された。
(1992年度 本試験 世界史 第1問D )

正解は③。①は要注意。    


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世界史の授業改革 [授業研究・分析]

 『社会科教育』という月刊の教育雑誌がある。発行元は明治図書。毎月買っているわけではないが、おもしろそうな特集があるときは、買うようにしている。2007年3月号は「“歴史学習・歴史認識”の新しい授業例32」という特集で、編集後記を読むかぎり、昨年度表面化した高校における世界史未履修問題を受けて組まれた特集だと思われる。その割には、現在高校で世界史を教えているという筆者は一人もいない(にもかかわらず阪大の桃木先生の文章は掲載されている)という不可解な特集であるが(編集の方々には、小田中直樹氏の『世界史の教室から』をぜひ、「はじめに」の「教師をして語らしめよ」という部分からぜひ読んでいただきたい)、おもしろかったのは、關浩和氏(兵庫教育大学教授)の文章中にあった指摘。「歴史を学ぶのは人類が生存していくための手がかりを得るためである」という指摘は、ナルホドと思わせられる。先般ドレフュス事件の話をしたとき、2005年に京都大学の入試で使われた資料と、平成10年1月14日の読売新聞「ドレフュス事件 ゾラ糾弾から100年 フランスで記念式典始まる」という記事を使ったが、これは私がこの事件から何らかの教訓を得てくれればと思ったから(關氏がさらに述べている「歴史を学ぶと未来が見えてくる」という段階までは、残念ながら至っていないが)。
 しかしそれよりはるかに面白かった1のが、その前段階の文章。ちょっと長いが、今日の歴史教育の問題点を端的に指摘していると思われるので、引用させてもらうことにしよう。

 「本誌のような教育雑誌で述べられている殆どの内容は、現場の一般の教師には興味のないことだろうと思う。というのも、日々の授業や課せられた校務分掌をこなすのに必死で、じっくりと本を読んだり、研究的に取り組んだりというゆとりが見い出せない状況だからである。その結果、テキストを読み解くだけの変化のない紋切り型の授業が行われている。小学校では、歴史学習に登場している人たちの「生き方」に特化させて当たり前のように学び、中・高校では、歴史的知識を羅列的に学んでいる。だから小学校では、一人一人が努力や工夫をして、世の中のために立派に尽くす人になりましょう的な生き方教育につなげ、中・高校では、受験学力の保障のための知識羅列型授業が延々と行われているのである。」

 そういえば渡辺雅子氏は、日本の小学校の歴史の授業では、「生き方」に「共感」することが求められていると指摘してたなぁ......という点はさておき、私を含めて多くの世界史教師は自戒と反省をこめて、「どうにかして変えたい」と思っているはずである。国立教育政策研究所の「平成17年度高等学校教育課程実施状況調査」における結果も、世界史の授業を何らかの形で改革することの必要性を示している。
 「変えたい」ということで、この雑誌には「どう改革するのがいいか」という提言も掲載されている。ここでの注目は、本題の授業レベルの話ではなく、制度・枠組みのレベルでの話。掲載されている提言として、1つ目は地理歴史の入門的科目の新設、2つ目は日本史必修の声に応える形で「日本史+東洋史」科目を新設し必修化する、第3は日本史・世界史・地理全部履修せよというもの。3つめの意見は、入門科目の新設に含まれる場合もあろう。しかしいずれの意見も、高校現場の現状をふまえおらず、現実問題として実施は極めて困難である(その点で、「世界史研究所」のNEWS LETTERに掲載されている油井大三郎氏の試案は、かなり現場の状況が勘案されており、対照的だった)。
「今の進学校の社会科(たぶん地理歴史科ということだと思われる:平井による補足)の教師の歴史認識は、ひじょうに狭いもので、日本史と世界史との関連などまったく考えていあないものなのだろうか。受験しか用のないものなのだろうか。」(28ページ)とか「世界史を強くするには、世界史を詳しくやればよいのではない、日本史や地理を学んだ方が、より世界史を強くすることができる。どうしてこのような説明を子どもたちにしないのであろうか、本当にわかっていないのだろうか。」(29ページ)というようなことを書かれて、我々世界史の教師はどう反論できるのか。枠組みが変わるのは当分先になりそうなので、授業レベルで改善し反論していくしかないように思われる。学習指導要における地理歴史の目標は、「我が国及び世界の形成の歴史的過程と生活・文化の地域的特色についての理解と認識を深め、国際社会に主体的に生きる民主的、平和的な国家・社会の一員として必要な自覚と資質を養う。」となっている。各科目の目標でも、日本史と世界史の連関は指摘されているし、 第3款には「中学校社会科及び公民科との関連並びに地理歴史科に属する科目相互の関連に留意すること。」という文言もある。すくなくとも、学習指導要領は、常に頭に置いといて損はないと思う。


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小田中直樹『世界史の教室から』(山川出版社) [授業研究・分析]

 「高校における世界史の授業はどのように行われているのか」という関心にもとづき、大学生に対するアンケートを実施、そこで名前があがった世界史の教師51人から聞き取り調査を行い、結果を分析するという、これまで誰も思いつかなかった研究。調査対象となったのが大学生ゆえ、いわゆる進学校の教師に調査対象が集中してしまったが、それ以上の調査方法が見あたらない以上、致し方あるまい。「すぐれた授業を行っている」と評価された教師の授業観や手法を知る上で、授業作りの参考になる本。

  一読した結果、自分が実行できそうなことで、今後意識的に行っていきたいことは、おおよそ次のように要約されます。
 「エピソードや面白い話を織り交ぜ、因果関係がわかるようストーリーを構成する。」
 また比較・相対化という観点も織り込みたいところですが、先般の日本西洋史学会における森分孝治先生のコメントは、日本史との比較の視点を持つべきだというものでした。もちろん「異民族王朝の中国文化に対するスタンスの違い」などといった世界史の授業だけで完結する比較も重要(類似性を抽出するのも、もちろん比較)ですが、「この頃の日本はどんな社会だったのか」という単純な比較も重要だという気がしています。

 西洋史学会のシンポジウムで、「歴史(の授業)には面白さが必要」と発言したことは以前にも書いたところです。また以前「世界史の授業など役に立たない」という書き込みに対して、「役に立たないということが、不必要だということにはならない」という一種の開き直りとも言える(=役に立たないことを認めているような)返答を書いたこともありますが、同じように考えておられる先生がおられる(「数は少ない」と但し書きはありますが)のを知り、大いに勇気づけられました(45ページ)。興味関心喚起の方策として、本書では「語り」の面からアプローチされていますが、興味関心が喚起されるのは、「面白い」という気持ちが沸いたときだと思います。興味関心を喚起するための方策として私が用いているのが、モノを教室に持ち込むことです。

 「他の先生はどのように授業を進めているのか」を知る機会はあまりないですし、教師同士で話すことは「授業の内容論」が多いので、こうした形で個々の教師が思っていることを共有できたのは、世界史の教師としてありがたいことです。

 朝日放送系列で放送中のクイズ番組「アタック25」熊本予選が昨日あり、私も出場してきました。結果は残念ながらペーパーテストの段階で予選落ち。十年ほど前に出たときは面接までいったんですがねぇ。エルメスをカルティエと間違ったり、 井筒和幸の名前(「ゲロッパ!」「バッチギ!」の監督)やサフラン(パエリアに使われるスパイス)が出てこなかったのも痛かったですが、個人的に最大の失態は、「ワルシャワ条約機構」を「コメコン」と間違ってしまったこと(てんぷくトリオの名前がでてこなかったのは2番目に痛かった......あやうくレッツゴー三匹と書きそうになった)。WTOの本部がある都市ってどこですか?って公民のT先生に尋ねたら、T先生も知りませんでした。答えはジュネーヴだそうです。

世界史の教室から

世界史の教室から

  • 作者: 小田中 直樹
  • 出版社/メーカー: 山川出版社
  • 発売日: 2007/06
  • メディア: 単行本


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渡辺 雅子(編著)『叙述のスタイルと歴史教育―教授法と教科書の国際比較』(三元社) [授業研究・分析]

 小田中先生のブログで紹介してあったので、買ってみた本。 以下の四部から構成され、一~四部は、それぞれ2本の論文とそれに対する1本のコメントから構成されている(第五部は論文一本のみ)。論文の著者はそれぞれ異なる。
  第一部 叙述のスタイルと理解のスタイル
  第二部 叙述からみた現代の歴史教科書と授業
  第三部 叙述の変遷
  第四部 グローバル時代の歴史教科書
  第五部 歴史と歴史教育学からの論考

 授業づくりのヒントを与えてくれる本ではないが、歴史の教科書はどのように叙述され、また教師の説明はどのように語られているか、という問題関心は、歴史関係の教師ならば誰しも持っているハズ。何のために(=どのような能力を育成し、そのような人間に育ってほしいと教師は願っているのか)授業をやってるのか、考え直すにはいい本であった。
 歴史を教えている立場からすると、いちばん興味深かったは、編著者渡辺雅子氏 による第二部第二章「歴史の教授法と説明のスタイル」。我々は日々の授業で必ずと言っていいほど「説明」を行っているが、日本とアメリカの歴史の授業(小学校)を比較してみると、両者における説明のスタイルには大きな違いがある。言い方を変えると、日米それぞれに特徴がある、ということ。すなわち日本の場合は時間軸に沿って時系列な連鎖の説明を重視しており、一方アメリカでは因果関係の説明に重点を置いている。日本の授業では「どのように(how)」型の発問が多いのに対し、アメリカでは「なぜ(why)」型の発問が多いのはこのような理由からだという。そして日本では、過去を追体験しすることで時系列の流れをつかませるため、「共感」が重視されている、というのが渡辺氏の分析。
 が、どうもこの対比は「しっくりこない」。たぶん、別に目新しい話ではないからだろう。おそらく社会科教育関係の読者の多くは、「共感」と「(なぜという問いに対する)説明」という言葉から、安井俊雄氏と森分孝治氏の授業実践・理論を思い出したのではないだろうか。安井氏は「共感」にもとづく授業で、歴史上のある場面における当事者に対して共感を持たせ、当事者としての意識を持たせようとした。これによって未来の主権者としての意識を育成するわけである。一方森分氏は、社会科で育成すべき能力は、感情や情緒、倫理的判断を交えない分析力であるとする立場。したがって森分氏によれば、「なぜ、という問に対して説明する能力」が重要なのである(『社会科授業構成の理論と方法』第Ⅲ章)。
 森分氏の授業というのは、まぎれもないアメリカ型。森分氏はアメリカの「新社会科」を参考にした授業理論であったので、当然といえば当然だが。森分氏の流れをくむ原田智仁氏の理論批判学習などがその代表例。例えば「現在のインドが貧しいのはなぜか」という問いから、イギリスの産業革命を探求していく。ちなみに原田氏は「歴史の授業は、現代社会をよりよく理解するためにある(現代的関心から営まれるべきだ)」とお考えになっている。
 ところで渡辺氏の分析によれば、アメリカの授業が究極的に目指すのは意志決定能力。でも村井淳志氏によれば、それは安井氏の授業が目指している能力だということになる。授業のスタイルが異なっていても、目指していることが同じになるとは.......。「しっくりこなかった」のは、このためか。「因果関係説明」によるアメリカ型か、「共感にもとづく理解」による日本型、とでもラベルをつくってくれれば、よりわかりやすかったような気もする。

 う~む、全然感想になってないない。 読み方が拙かった(筆者の意図とは異なっていた)ような気がする。どなたかアドバイスを。

 今日は長男のサッカー部の打ち上げだったが、お隣に座ったのが地元では有名なスートンズ・マニアの方。ザ・ヒートというアマチュア・バンドのヴォーカリストで、ミック・ジャガーのカヴァーをやってらしゃる[http://www.stage007.com/enter/rockband/index.html]。カッコよかった!

叙述のスタイルと歴史教育―教授法と教科書の国際比較

叙述のスタイルと歴史教育―教授法と教科書の国際比較

  • 作者: 渡辺 雅子
  • 出版社/メーカー: 三元社
  • 発売日: 2003/11
  • メディア: 単行本


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