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紙切りが仕込まれた矢立 [コレクター道③矢立]

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千じゆと云所にて船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそゝぐ。
 行春や鳥啼魚の目は泪
是を矢立の初として行道なをすゝまず。人々は途中に立ならびて、後かげのみゆる迄はと、見送なるべし。
松尾芭蕉『おくのほそ道』矢立初めの句


なぜ矢立にひかれるのかは自分でもよくわからないが、安いアイテムがあると、つい買ってしまう。象嵌の入った工芸品などは高価でとても手が出ないが、むしろ、使い込まれた風合いのある方が好みである。10年くらい前までは2本で1000円程度だったが、状態にもよるが最近は1本1000円くらいから。結構値段が上がってる。

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外見は普通のシンプルな矢立だが、内側に紙切りが仕込まれた矢立。引っかかりもなくスムーズに出し入れでき、職人技が感じられる。

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「主体的、対話的で深い学び」をもう一度 [授業研究・分析]

 10年前、新潟で鳥越泰彦先生と私が話したことは、世界史の授業におけるディスカッションについてだった。「クラス全体だとなかなか発言できない生徒でも、小グループだと発言しやすい」「グループの意見をクラス全体に発表するときも、自分だけの意見じゃないので、責任感が薄まり抵抗感が小さい」という小グループによるディスカッションのメリットから、「根拠がない思いつきの意見を排除するにはどうすればいいか」「話し合いに適しているのはどんなテーマか」といった点だった(グループ学習の意義については、鳥越先生の『新しい世界史学習へ』67~68㌻で述べられている)。

 このときの西洋史学会で、私は「生徒の自発的思考を促す世界史学習の試み」というテーマで発表した。発表の元になったのが、NHKの教育テレビで2006年の7月に放送された「わくわく授業」の内容である。折も折、放送から間もない2006年の10月、全国の高校で世界史の未履修が発覚して社会問題となった。これを契機に日本西洋史学会でも高校における世界史の授業に関心が向けられ、翌年2007年の大会では「歴史教育への現代的アプローチ -歴史学者、社会科教育学者、実践家の立場から-」というシンポジウムが設定され、私に声がかかったのであった。

 ・西洋史学会第57回大会のプログラム http://www.seiyoushigakkai.org/2007/annai.pdf
 ・私の発表レジュメ
    http://www005.upp.so-net.ne.jp/zep/sekaisi/jyugyou/seiyousigakkai.pdf
 ・鳥越泰彦「世界史未履修問題を考える」(日本学術協力財団『学術の動向』2008年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits1996/13/10/13_10_8/_pdf
 ・鶴島博和他「世界史教育の現状と課題(Ⅰ)」(『熊本大学教育学部紀要』62、2013)
  http://reposit.lib.kumamoto-u.ac.jp/bitstream/2298/29209/1/KKK062_029-056.pdf

 NHKのディレクターさんから「講義形式ではない歴史の授業を提示したい」というお話をいただき、ディレクターさんと話し合いながら授業をつくっていったのだが、ここ数年来この時の授業に関する問い合わせを時々頂き、授業見学などもいただいている。「アクティブ・ラーニング祭」のおかげだ。当時はアクティブ・ラーニングなんて言葉はなかった。あったのかもしれないが、耳にした記憶はない。「対話的・主体的な深い学び」「アクティブ・ラーニング型授業」が脚光を浴びたおかげで、10年も前の私の授業が注目されたというわけだ。NHKでは「わくわく授業」の番組自体が終了しており、NHKのサイトは閉鎖されているが、現在ベネッセのサイトで紹介されている。有り難いような恥ずかしいような不思議な気分だ。なぜ恥ずかしいのかというと、現在このような「考えさせる」授業は、ほとんどやっていないから。それでも当時のディレクターさんの文章を改めて読ませていただいて、とても懐かしい気分である(ビデオ見直す勇気はないから笑)。

・ベネッセのサイト: http://benesse.jp/kosodate/201608/20160816-2.html
  ・番組を視聴された方(栃木県の高校日本史の先生)による分析と評価
    http://www2.ttcn.ne.jp/kazumatsu/sub5.htm#9e
  ・私自身による授業解説「こんな授業をやってみた」
    南塚信吾『世界史なんていらない?』(岩波ブックレット)に収録
  ・「モンゴル帝国の発展」の授業プラン
  「ネットワーク論にもとづく高等学校世界史の授業 :
     小単元「モンゴル民族の発展」の場合」
    http://www005.upp.so-net.ne.jp/zep/sekaisi/jyugyou/standard.pdf
    全国社会科教育学会「社会科教育論叢」第45号に掲載
    全国社会科教育学会編『中学校・高校の“優れた社会科授業”の条件』
     (明治図書)に加筆して再録


 昨年度(今年の2月)、学年末考査も終わったことから、2年生の世界史Aでやったのが、「第二次世界大戦に至る道」という授業である[http://zep.blog.so-net.ne.jp/2016-12-30]。

平成29年2月23日・熊本県立熊本北高校2年2組・世界史A)
 ・問い「第一次世界大戦後、国際協調の時代を迎えたにもかかわらず、第二次世界大戦に至った原因は何だろうか」
 ・テーマ「自分の言葉で歴史を語ろう」
  (「わくわく授業」のキャッチコピー「「歴史の謎に自力で迫れ」」のパクリである)
(1)生徒の理解の深化状況
①生徒の記述より
・【原因】として「世界恐慌」という言葉をあげた生徒は多かった(41名中24名)。
  (「世界恐慌→ファシズムの台頭→侵略戦争」という流れ)
例)(第二次世界大戦が起こった理由は)「世界恐慌」である。
   (なぜなら)「世界恐慌対策のために各国が自国のことを考えたブロック経済などを行った結果、日本やドイツ、イタリアの国が兵力を使って無理に領土を拡大しようとしたから」である
 ・概念化できていた生徒の例
  (第二次世界大戦が起こった理由は)「国際協調を無視し、自国の利益を優先した行動を起こすことで、国どうしの調和がとれなくなるから」である。
  (なぜなら)「ヴェルサイユ・ワシントン体制での二つの条件である、世界経済が好調で規模も拡大していること、平和維持の価値が広く認められていることの1つ目が世界恐慌で失われ、ドイツがナチズムをとるとともにヴェルサイユ体制の打破をとなえ、国際連盟から脱退するなど協調を保つことが難しくなったから」である。
 ※この生徒(日本史選択)は「国際協調の精神はなぜ失われたのか」という点に注目したと言っていた。
②教師の見取り
・資料として年表を使ったため、事件や出来事には目が向いたが、上位の概念化は難しかった。

(2)反省と改善
 ①全般:「戦争を未然に防ぐには、どうすればよいだろう?」という問いに進む時間はまったくなかった。
 ② 資料の提示
  ・反省:年表の活用について、提示の仕方や具体的な指示について工夫が必要。
    配付資料の右側に目がいかない生徒がいた。年表で「帰還不能点」を探すことと、戦争が起こってしまった理由を考察することが結びつかない生徒もいた。
  ・改善:教科書や資料集のみを使い、教師がつくる資料は特に提示しない。
③文章の基本構成:例の提示について・・・・構成を変える
・改善:今回は「論点→意見→論拠」としたが、「年表を見て考える」というプロセスなので、「論拠→意見」という構成に変更する。
  (参考:山田ズーニー『伝わる・揺さぶる!文章を書く』PHP新書)
② 文章化の具体的なプロセス
・反省:「自分の意見」を書くのか「班の意見」を書くのか指示が不明確であった。
・改善:「最初に個人で文章化→次にグループで他者と意見交換→再度個人で文章完成」、というプロセスの方がよいのでは?

「対話的」な学びを、「深い」学びに引き上げるのは、本当に難しい。






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鳥越泰彦『新しい世界史教育へ』(飯田共同印刷株式会社) [授業研究・分析]

 私が鳥越泰彦先生と直接お会いして言葉をかわしたのは一度だけ、今からちょうど10年前のことである。2007年に新潟で開催された第57回日本西洋史学会で、私の発表に対して好意的なコメントをしていただき(このときのビデオが残っている)、シンポジウム後に少しお話をさせてもらった[http://zep.blog.so-net.ne.jp/2007-06-18]。当時私は鳥越先生のことをよく存じておらず、後日凄い先生だということを知り、ずいぶんと慌てたものだ。その後、何度かメールを交わして教えをいただいたのも、大変貴重な体験だった。

 本書は2014年に急逝した鳥越先生の歴史教育論をまとめた論集である。小川幸司先生による「あとがき」を読むと、編集の苦労が偲ばれる。
  第Ⅰ部 歴史教育論
  第Ⅱ部 授業実践
  第Ⅲ部 未来への構想
  第Ⅳ部 回想記


 以下、特に印象に残った項目について、私の備忘録的メモ。
 まず第Ⅰ部・第1章「高校世界史教育からの発信」。最近、女優の水原希子が出演しているサントリーのCMに対して、ツイッター上で差別的なツィートが寄せられるという出来事があった。鳥越先生の日高先生の実践に対するコメント「○○人というレッテルで人を区分することの限界」を目にして、この水原問題という今日的な問題が、歴史学習の切り口としても十分通用するのでは?と感じた。
 「改めて歴史的思考力を考える」ことは、われわれにとっては何のために授業をするのかということにつながる。「理解させる」「考えさせる」という独特な使役形に対する違和感。鳥越先生と同じ意見を持つ必要はないが、われわれ一人一人が自分にとっての歴史的思考力とは何かを考え、授業作りのベースにしていくことは大切な作業だと思う。
 小川幸司先生の『世界史との対話』について。鳥越先生は「世界史の知の三層構造(第一が事件・事実、第二が事件・事実を相互に結ぶ解釈、第三が「歴史批評」)」を評価しつつ、小川先生の歴史批評のみが提示され、生徒(読者)の歴史批評を提示する余地がないことを指摘している。今年の5月、第67回日本西洋史学会(一橋大学)で小川先生が講演なさったときのレジュメを入手し、拝読したが小川先生はその時の発表で「問い」にこだわっているような印象を受けた。 「世界史リテラシーの観点100」は、「過去への問いかけ」から始まり、 教科書案では「歴史を見つめる問い」が設定されている。複数資料の読み取りにもとづく考察も示されている。これらは、鳥越先生のコメントに対する小川先生からの回答ではないかと感じている。
 第Ⅰ章・「世界史教育の何が問題なのか?」(初出:青山学院大学教育学会紀要「教育研究」第49号2005)講義形式、プリント穴埋め形式依存への批判と、グループ学習の可能性が指摘されている。私が西洋史学会の折、鳥越先生から頂いたグループ学習に対するコメントを思い出す。
第Ⅲ部 新しい歴史教科書のモデルプラン。思考力育成型のテキスト。19世紀後半のアメリカ史「アメリカ合衆国の奴隷制と南北戦争」。
 鳥越先生の授業実践については、第Ⅱ部だけでなく、第Ⅳ部における同僚の先生と教え子の方による回想もあわせると、より雰囲気が感じられる。

 新しい歴史教科書プランや、歴史用語精選の試みなど鳥越先生が端緒をつけた取り組みは、現在多くの先生方によって受け継がれている。まだアクティブ・ラーニングという用語が一般化していなかった時期に、その先駆的な実践を行ったのも鳥越先生であった。日常的な私の授業は、鳥越先生が批判している「講義&プリント穴埋め」形式で、「知識を教え込む授業」(土井浩『「テーマ」で学ぶ世界史』文芸社、10~11㌻)である。しかし、本書のような「世界史の授業とはどうあるべきかを考える本」を読むことで、自分の授業に対する姿勢が変わったと感じている。学会誌をはじめとする授業の内容に特化した実践記録を読むことと同じか、それ以上にこうした授業論を語る本を読むことは大切ではないだろうか。鳥越先生のご冥福を心からお祈りする。


「私はすべてを語るべきではなく、人々が自らに問いかけるべきなのだと思ったのです」(クロード・ランズマン、『現代思想』1995年7月号・特集『ショアー』)。「歴史との対話」は、過去へ主体的に問いかける(疑問をもつ)ことからスタートするのだろう。
 
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イギリス製の磁気コンパス [コレクター道②コンパス(羅針盤)]

 ルネサンスの三大発明といえば、火薬・活版印刷そして羅針盤。磁気コンパスは現在でも船に使われているが、古くて形がおもしろいモノがあると、つい買ってしまう。
真北と地磁気上の北にはズレがあり(偏差)、また船自体が鉄の塊ゆえに磁気を帯びることからもズレが生じる(自差)のため、磁気コンパスの使い方は難しいようである。磁気コンパス+メルカトル図法の地図で航海するとなれば、相当難しかったと思われる。以前、帝国書院の『タペストリー』には、メルカトル図法でどうやって航海するかという方法が解説されていた。

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 この磁気コンパスはイギリス製で、メーカー刻印は「A Robinson & Co. Ltd, Liverpool & Glasgow」。カバーが昔の潜水具のようで、いいデザイン。両側の円筒部分はランプを入れる場所で、右側には小さなオイルランプが残っている。左側の円筒内部の形状は右側と異って、円筒形の金具がつ
いており、底部に穴がある。もしかすると電気ランプを設置するための構造なのかもしれない。



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カバーを外した状態


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左側ランプケース内部


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右側ランプケース内部


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右側ランプケースに入っていたオイルランプ

 どんな船に搭載され、どこの海を見てきたのだろうだろう。


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女神カーリーの像(マハカーリー Mahakali) [コレクター道①神仏像]

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 教材用にヒンドゥー教のシヴァ神像を探していて、偶然目にした女神カーリーの像。高さ約26センチ。集めた神仏像の中で、最も気に入っている。
 カーリーは、シヴァの妻パールヴァティーの別の姿。パールヴァティーは優しく柔和な姿だが、カーリーは恐ろしく凶暴な姿をとる。血を好む闘いの神であり、戦う際は極めて凶暴になる。舌を出した姿で描かれるのは、彼女が血を求めているからであり、通常は夫であるシヴァを踏みつけた姿で描かれる。

 カーリーには、ダクシナカーリー(Daksinakali「南向きのカーリー」)など様々なヴァージョンがあるが、これは「マハカーリー(Mahakali)」(「偉大なるカーリー」)とよばれる形態で、10個の顔、10本の腕、10本の足を持っている。首には切り取った生首でつくった「kapala」と呼ばれるネックレスが見えるが、「kapala」はドクロ杯を意味し、本来は頭蓋骨である。
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『闇の奥』から『「闇の奥」の奥』へ [歴史関係の本(小説以外)]

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 昨年2年生の「英語表現」の授業で、戦場カメラマン沢田教一のことが取り上げられていたので、世界史の授業でもベトナム戦争の授業を行った。ウチの学校で使っている資料集『グローバルワイド』(第一学習社)にも沢田氏がピュリッツアー賞を受賞した「安全への逃避」が掲載されていたので、1966年7月に毎日新聞に掲載された「おお、母子は無事だった」(沢田氏が「安全への逃避」を撮影した一年後、被写体となった人たちに会いに行くエピソード、毎日新聞社『沢田教一写真集 戦場』に収録)や、2013年の大晦日の新聞に掲載された、62歳(当時)となった被写体の男性などを紹介。

 映画も見せた。ベトナム戦争関係の映画には『フォレスト・ガンプ』『プラトーン』『ランボー』『ディアハンター』など名作が多いが、見せたのは『地獄の黙示録』。キルゴア大佐率いるヘリコプター部隊がベトナムの村を攻撃するシーン。"I love the smell of napalm in the morning."

 私は「現代社会」という科目が始まった年に授業を受けた世代だが、そのとき使用していた実教出版の資料集には、確かキルゴア中佐の写真が掲載されていたと思う。高校時代にこの『地獄の黙示録』をNHKで見たが、後半のカーツ(マーロン・ブランド)の独白は難解で、何を言ってるのかさっぱり意味不明だった。

 映画『地獄の黙示録』には、モデルとなった小説があると知ったのは、社会人になってから。イギリス人作家ジョゼフ・コンラッドの『闇の奥』。主人公マーロウが船で川を遡行する場面は、『地獄の黙示録』でのシーンが頭に浮かんだ。『闇の奥』の邦訳はこれまでに何度も発表されているが、最初の中野好夫氏訳(1958年)が、「Heart Of Darkness」という原題に「闇の奥」というタイトルをつけて以来、いずれの訳もこの「闇の奥」という邦題を使用している。『地獄の黙示録』のドキュメンタリーのタイトルも「Heart Of Darkness」である。


次の地図は、下線部⑨に関連して、第一次世界大戦勃(ぼつ)発(ぱつ)当時のアフリカ大陸の分割状況の一部を示したものである。地図中のa~dに該当するヨーロッパ諸国名の配列として正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
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 ① a―ベルギー  b―ポルトガル  c―スペイン   d―ドイツ
 ② a―ポルトガル b―ベルギー   c―ドイツ    d―スペイン
 ③ a―スペイン  b―ドイツ    c―ポルトガル  d―ベルギー
 ④ a―ドイツ   b―スペイン   c―ベルギー   d―ポルトガル
  (1996年度 センター試験・本試験 世界史 第2問D )

 最もわかりやすい英領のエジプトやスーダン、南アフリカ、仏領のマグリブや西アフリカが空白になっているので、出題者はベルギー領コンゴに注目させたかったのだと思う。やはり、コンゴ自由国~ベルギー領コンゴである。

『闇の奥』でマーロウが面接に赴いたのはベルギーの企業だけど、よくわからなかったのが、ベルギー領コンゴになる前のコンゴ自由国の実態とそれがどういう経緯でベルギー領になったのかという点。2008年版の山川世界史用語集によれば、コンゴ自由国とは「レオポルド2世の私領として建設された植民地」で、コンゴ国際協会とは「1882年、レオポルド2世がコンゴ地域の開発・支配のために設立した組織。84~85年のベルリン会議で国家主権を認められてコンゴ自由国を建設した。」とある。

 コンゴ自由国について、大変興味深かったのが、藤永茂著『「闇の奥」の奥』(三交社)という本だ。ベルギー国王レオポルド2世の私領としての建設されたコンゴ自由国(なぜ「自由国」という名前なのか)の成立を、わかりやすく解説している。以前、ベルギー領コンゴにおけるパーム椰子について触れたが、コンゴ自由国時代のドル箱はゴムであった。その際、「切り落とされた腕先」の話が出てくるが、文禄・慶長の役における耳塚や鼻塚のエピソードを思い出す話。

 『「闇の奥」の奥』がおもしろいのはむしろ後半。今日なお機能する、ヨーロッパ的な収奪システムに対する激しい批判が転換されているが、著者の藤永茂氏は、量子化学を専門とする物理学者という事実に驚かされる。恥ずかしながら私が名前すら知らなかった歴史家や思想家、作家が数多く登場し、アメリカの公民権運動ともリンクしていく(202㌻以降)。
 『「白人」がソロバンの合わない重荷を背負ったためしは古今東西ただの一度もない。』(「あとがき」より)。そう、近代世界システムとは、ゼロサムゲームなのである。その意味で現代は、藤永氏が言うように「ポストコロニアル時代」などではなく、いまなお「コロニアル時代」なのだろう。

 驚くことに、藤永氏は、コンラッドの『闇の奥』の邦訳も発表している。闇の奥は深く、不気味なまでに何も見えない。


リサ・クリスティン:現代奴隷の目撃写真(アフリカのガーナ)鉱山の坑道は、まさに「闇の奥」。
https://headlines.yahoo.co.jp/ted?a=20151120-00001541-ted

藤永茂氏のブログ「私の闇の奥」
http://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru



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教育改革推進フォーラムin熊本 [授業研究・分析]

 熊本大学で開催された、産業能率大学主催の「教育改革推進フォーラムin熊本」に参加してきた。Session1(基調講演)・2(地理の授業体験)・3(日本史の授業体験)・4(苫野一徳先生の講演)という4部構成で、それぞれに興味深い内容であった。
 最も印象に残っているのは日本史の授業体験。私が日本史を担当したのは、2校目の松島商業高校に勤務した時で、3年ほど。ほとんど忘れてしまっていたが、今日の授業体験で学んだ、平城天皇と嵯峨天皇、薬子の変などの内容は家に帰ってからもしっかり覚えていた。自ら能動的に取り組んだ成果だろう。

 今日のフォーラムに参加して、というよりも参加する前からモヤモヤした気分だったのは、朝から熊本日々新聞の記事を読んできたから。
 「普段は4時に起きて、遅くとも5時には家を出るように心がけています。仕事がたまってくると、朝2時に起きて、3時に家を出ることもあります。これが、今の私の働き方です。[https://pbs.twimg.com/media/DIMJwpxV4AA3dZS.jpg:large]」
 こうした立場の先生に「授業改革を進めましょう」とか、気の毒で言えない。講師の苫野先生がふと漏らした「こうした熱気あふれる場にいると、これが普通のように感じてしまいますが、実際はマイノリティです」という言葉は当たっていると思う。ツイッター上の発言を読むと多くの教師が部活反対派のように思えるし、今日のようなフォーラムに参加すると、全国の多くの教師がAL型授業に取り組んでいるように感じるが、おそらくそうではないだろう。。

 興味深いのは、部活問題にせよAL型授業にせよ、対立が目につく点だ。苫野先生が曰く「教育の分野では、趣味や信念、信条にもとづいて対立が生じるが、それを解決しようとするのが教育哲学」。対立を無くすためには「自由の相互承認」が条件であり、それが前提条件であり共通の土俵なのだろうが、承認には幅があるのは事実で、中には承認すら拒否するというお話にならない教員も目につく。実際、基調講演で「旧来型授業」と指摘された点が、ウチの学校には全部残っている。変化を嫌う学校現場と教師のホメオスタシスをどう変えていけばいいのだろう。

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看図アプローチ [授業研究・分析]

 先日(8月23日)の校内研修は、本校職員の溝上先生が講師。溝上先生は「アクティブラーニング型授業研究会くまもと」[http://souken.shingakunet.com/career_g/2017/02/2017_cg416_13.pdf]の代表をつとめる全国的に有名な先生で、今年の4月から本校に赴任され、同僚として勤務させてもらっている。私も6月に同会の勉強会に参加させてもらい様々な知見を得たので、今回も楽しみにしていた。

 今回の研修テーマは「看図アプローチ」という手法であったが、結論から言うと、期待を大きく上回る内容だった。看図アプローチとは「絵図・写真・グラフ等のビジュアルテキストを読み解き、読み解いた内容を発信していくプロセスを含んだ授業づくりの方法」である[https://goo.gl/3CGRHv]。科目の特性として、世界史ではビジュアルテキストを使うことが多いため、十分使える。

 6月に受けた研修[]では、なんとなく「ハタと腑に落ちる感じ」を得られなかったため、なんとなくモヤモヤした感じがあったが、今回は「なるほど」という感じだった。「モヤモヤした感じ」の理由は、世界史の場合、問題演習を学びあいでやろうとしても、「深い学び」にはなりにくいのではないかという疑問を持ったことによる。世界史の場合はいわゆる「用語」が中心のため、一問一答という形になりがちで、「深い学び」にしようとすると、テーマが高度になりがちである。そこで、統計資料を用いた入試問題にグループで取り組むということをやってみたが、ネタはなかなか続かない。しかし、看図アプローチだと、生徒は全員資料集を持っているため、ネタには事欠かない。

 おそらく、多くの地歴科教師はビジュアルテキストの読み取りはこれまで何度も行ってきたと思われる。私が始めてビジュアルテキストの読み取りを意識したのは、二校目に勤務した熊本県立松島商業高校で日本史を担当することになり、『絵画史料を読む日本史の授業』(国土社)という本を手にとったのが初めてだった(この本で用いられている「イメージ・リーディング」という言葉の意味は、「看図アプローチ」に近いと思う)。熊本県の公立高校入試でも、アヘン戦争におけるネメシス号の絵の読み取りが出題されたこともあるし、世界史のセンター試験では風刺画が使われることも珍しくない。私もこれまで「蒙古襲来絵詞」の読み解き(NHK-Eテレ「わくわく授業」で紹介)や、ベラスケスの「ラス・メニーナス」を読み解く授業などを行ってきた。
 しかしこれまでは、私自身の解釈に向かって生徒を誘導して行こうという意識が強すぎて、生徒の自由な解釈を生かすことができなかった。生徒の看取りと自由な解釈→共有→意見交換→修正と深化....というプロセスにすれば、学びの相互作用が生まれるのではないだろうか。

 美術館の展覧会に行くと、人出は多い。「歴史の授業は好きじゃないけど、絵を見るのは好き」という人はけっこう多いと思われる。その意味でも、看図アプローチの活用の可能性は高いと感じている。

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「怖い絵展」と「バベルの塔展」 [授業ネタ]

 兵庫県立美術館で開催されている「怖い絵展」と、大阪の国立国際美術館で開催されている「バベルの塔展」に行ってきた。

 兵庫県立美術館の屋上には、カメレオンのような奇妙なオブジェが鎮座している。これは「美カエル(みかえる)」という名のカエルのキャラクター。JR灘駅を出てまっすぐ進むと(「ミュージアムロード」)見えてくる。天候によっては、空気が抜けて萎んでるとのこと。
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http://www.artm.pref.hyogo.jp/diary/museumroad/mikaeru.pdf



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 ポール・ドラローシュ「レディー・ジェーン・グレイの処刑」は、「怖い絵展」の目玉作品。名画か?と問われると返答に困るが、目が離せなくなる不思議な吸引力を持っている。不気味な題材を、これでもかというほど写実的に描いているからだろう。刑吏が持つ斧の刃、腰につけた傷口を切りそろえるためのナイフ、囚人を後ろ手に縛るための縄。映画『クロムウェル』中のチャールズ1世が処刑される場面では、刑吏は覆面をしていたが、この絵では素顔をさらしている。非公開の処刑だったせいかもしれない。また同映画では、チャールズ王は手を縛られず、「自分が手を前に差し出したら、それが合図だ」とも言っていた。図録にもあるとおり、実際の処刑は屋外で行われている。したがって写実的な絵ではあるものの、正確ではない。写実的な表現と歴史的な物語趣味を合体させ、さらに歴史的正確さよりも見る人の興味関心を優先させた絵。こうしたサロン絵画の性格を高階秀爾氏は「映画」的と評していたが、まったくその通りだと思う。「レディ・ジェーン/愛と運命のふたり」でレディ・ジェーンを演じたのは、コスチューム・プレイの女王ヘレナ・ボナム=カーターだった(「ハリー・ポッター」シリーズのベラトリックス、「英国王のスピーチ」のエリザベス王妃、「ブリティッシュ・キングダム」シリーズの「キング・オブ・ファイヤー」でアン・ブーリン)。
 作者のドラローシュについて、Wikipediaには「初のサロン(官展)出品作は1822年の『ヨアシュを救うエホシェバ』と『キリストの十字架降下』。このときのサロンでジェリコー、ドラクロワと知り合い、親交を結ぶ。ドラローシュ、ジェリコー、ドラクロワの3名は当時パリで活動していた数多くの歴史画家たちのなかでも中核的存在となる。」とある。「怖い絵展」に模写が展示されていたジェリコーの「メデューズ号の筏」の中で、中央手前のうつぶせになっている人物は、ドラクロワがモデルだという説がある。ロマン派の先駆ジェリコーや彼の影響下でロマン派の大家となったドラクロワと並べると、ドラローシュはいささか見劣りがするように感じる。
 19世紀の美術評論家テオフィル・ゴーティエは、「美術館に来て絵そのものよりも描かれている題材にばかり関心が向く人は、本当に絵の好きな人とは言い難いが、ドラローシュはそうしたタイプの観客の興味をひきつけようとした」と述べている。題材に関心が向きがちな私自身ことを言われているようでドキッとした。
 そのほか、象徴主義のギュスターヴ・モロー、ラファエル前派のウォーターハウス、そしてピアズリーと世紀末系が好きな人にはツボなアーティストの作品がきていた。

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 ベルギーには「ブリューゲリアーン(ブリューゲル風)」という表現があるという。素朴で飾らないが質実剛健、ビールと血入りソーセージで飲んだくれ一歩手前まで陽気に楽しむ....といった感じ。教科書や資料集に掲載されている「農民の撮り」や「農民の結婚式」などを観ると確かにそういった雰囲気が伝わってくる。しかし「バベルの塔」は、ブリューゲリアーンとはずいぶん趣が異なる。精緻にして幻視的。サイスが小さいため、精緻さはより増している。旧約聖書をモチーフにしたこの作品、ブリューゲルはどういう想いで描いたのだろう。「バベル」の前はパーティションポールが置かれており、「動きながらのご観覧をお願いしております、立ち止まらないで....」と係員がアナウンスするくらいの行列だったが、個人的には「バベル」よりも、ヒエロニムス・ボスの2作品の方が良かったような気がする。様々な寓意とシンボル、奇妙なバランス。奇想と幻想の王者。

 さて、「怖い絵展」と「バベルの塔展」両方にあったのが、「聖アントニウスの誘惑」である。どちらもボス風の絵で、最初は同じモノではないかと思ってホテルに帰って図録を見比べてみたところ、かなり違っていた。どちらの絵にも向かって左上に火災が描かれている。そういえば「聖クリストフォロス」にも火災の様子が描かれていた。「聖アントニヌスの誘惑」というと、映画「ベラミの私事」のために開かれたコンテストが有名だが、1位のマックス・エルンスト、3位のポール・デルヴォーよりも、落選したダリの作品が最高。ボスの「聖アントニウスの誘惑」は、ポルトガルのリスボン国立美術館にある。

 スペイン王フェリペ2世はボス作品のコレクターだったようで、プラド美術館には大作「快楽の園」をはじめ多数のボス作品が収蔵されている。プラドには当然ながらゴヤやベラスケスの作品も収められているので、死ぬまでに一度は行ってみたい。今回ウチの学校のダンス部がテーマにしたピカソの「ゲルニカ」も1992年までプラドにあった。死ぬまでに一度....と言えば、もう一つウィーン美術史美術館。「大バベル」をはじめブリューゲルの作品多数。そういえばベラスケスのマルガリータは、プラドとウィーン両方にあるな。

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 それにしても、地方と都会との格差を改めて実感。兵庫駅の近くに宿泊したのだが、兵庫駅から大阪駅まで快速で30分ちょっと。三ノ宮で新快速に乗り換えればもっと早く着く。料金は550円!....ウチの近所のバス停から熊本市内まで行くにはバスしかなくて時間帯によっては時間90分以上、運賃800円くらいかかる。
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木村靖二『第一次世界大戦』(ちくま新書) [歴史関係の本(小説以外)]

 山川出版社の『歴史と地理』No.704では、「神奈川県における高大連携と授業実践」(中山拓憲先生)が面白かった。なかでも第一次世界大戦の授業は面白く、板書の写真が掲載されているが、よく工夫されている。

 この中山先生の授業のモトネタになったのが、木村靖二『第一次世界大戦』(ちくま新書)。わが国では、第二次世界大戦に比べると第一次世界大戦の扱い方が小さい。参戦国ではあるものの、当時の日本では第一次世界大戦を「欧州戦争」とよんでおり、なんとなく「人ごと」観が強く、高校日本史では「天佑」的な扱いである。しかしNHK総合で放映されていた『ダウントン・アビー』を見ていると、イギリスでは社会と経済に大きな影響を残したことがわかる。この本は、現段階における第一次世界大戦の研究を整理し、第一次世界大戦がおもにヨーロッパでどのようにとらえられてきたかを示した本である。したがって、研究史の整理という側面も強いが、『歴史と地理』掲載の授業のヒントになったことからもわかるように、結構なネタが色々と掲載されている。
  ・航空機パイロットの高い死傷率(104㌻~)
  ・鉄かぶとによる死傷率の低下(108㌻~)
  ・ルシタニア号は禁制品の武器弾薬を積載していた(122㌻)
  ・塹壕での生活(159㌻~)
  ・過酷なブレスト=リトフスク条約(182㌻)
 これまで私は、「ロシアが戦線離脱したとはいえ、米英仏VS独なのだから連合国側の圧勝」というイメージを持っていたが、そうではなく「ぎりぎりで連合国が勝った」という方が正しいようである。ブレスト=リトフスク条約がソヴィエト=ロシアにとって過酷な条件での講和だったことは、そのことを示している。死傷者は連合国側の方が多い(213㌻)。アメリカ参戦については兵士募集のポスターがよく知られており、大戦後の繁栄とも相まって「大きな貢献」というイメージを持っていたが、一概にそうとも言えない(176㌻~)。

 「マルヌの奇跡」は出ているが、「マルヌのタクシー」(フランス軍はマルヌの闘いでパリ市のタクシー600台を使い、4000人の予備役兵士を前線へ送った)のエピソードは出てこない。「総力戦」にふさわしい話だと思うが。


第一次世界大戦 (ちくま新書)

第一次世界大戦 (ちくま新書)

  • 作者: 木村 靖二
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2014/07/07
  • メディア: 新書



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『社会科教育』2017年7月号(No.699) [授業研究・分析]

 高大歴史教育研究会からのお知らせメールでも紹介されていた今月号の特集は、「歴史的な見方・考え方」を鍛える!課題追究学習」。以前この雑誌は小中学校の先生方がおもな購買層だったが、最近は高校の先生もけっこう読んでいるようだ。

(1)原田智仁「もう一つの歴史的な見方・考え方としてのエンパシー」
 「歴史的な見方・考え方」のうち、「学びに向かう力・人間性等」を育成するための視点の一つがエンパシーである。エンパシーとは「昔の人はなぜ奇妙な行動をとるのか、その時代のルールや価値観を明らかにすること」である。
(2) 皆川雅樹「量的な情報を質的にKP法で整理し、思考を加えて質も量も伴う文章に」
 KP法を用いて、高度経済成長の「ひずみ」について考える。
(3)竹田和夫「国際比較が可能な史資料を活用し、生徒の提案を受け入れた授業」
シノワズリとジャポニスム、古代の武人政権、倭冦、水利図、新聞報道の比較。


(1)メンタルな部分を歴史の授業で扱うには難しいが、エンパシーという視点はなかなか興味深い。エンパシーにもとづく歴史授業として、どのような題材が考えられるだろうか?
(2)KP法について具体的なイメージが今ひとつわかない。使用したという文献の抜粋を見てみたい。筆者の皆川先生は8月に熊本大学でのワークショップで公開授業をなさるということで、申し込んだ。
(3)倭寇を題材にした地理と歴史の連携授業(大航海時代を扱った別の記事も今号にあり)がおもしろい。それから新聞の比較。先日、日中戦争~太平洋戦争期の新聞を使って授業をしたので。


(1)の冒頭、「問題の再設定」を読んで、今一度自分の授業を振り返ってみたい。「指導案なんて意味がない、日頃の授業が全てだ」とか言える人、ホント凄いと思う。



社会科教育 2017年 07月号

社会科教育 2017年 07月号

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 明治図書出版
  • 発売日: 2017/06/12
  • メディア: 雑誌



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アクティブラーニング入門講座 in 熊本 [授業研究・分析]

昨日(2017年6月10日)、アクティブラーニングの指導で有名な小林昭文先生によるワークショップ「アクティブラーニング入門講座 in 熊本」が開催されると聞き、参加してきた。場所は熊本学園大学付属高等学校で、「アクティブラーニング型授業研究会くまもと」の主催(同研究会の代表である溝上先生は、この春から熊本北高校勤務である)。定員は90名だったが、ほぼ満員だったと思われる。県立高校の管理職の先生や、県立教育センターの先生も参加しておられた。学園大学付属高校が会場ということもあり、同校や付属中学校の先生方も多数参加しておられ、関心の高さをうかがえた。

 大変興味深いワークショップであったが、特に印象に残ったトピックを紹介しておく。小林先生が紹介していた、「卒業後も続いた主体的・協働的な学びのエピソード」は、『社会科教育』2016年10月号にも掲載されていたものである。その時の『社会科教育』は評価の特集だったが、AL型授業でも小林先生は「評価は定期考査のみ」であると述べておられる。そこで昨日私は、「話し合いにまったく参加しないにもかかわらず、定期考査は抜群によいという生徒は、そのままにしておいてもよいのか?」という質問をしてみた。
 小林先生によれば、AL型授業が増えてきた結果、グループワークが苦手な生徒が不登校になるという例もあるらしい。小林先生はこうした生徒への対応策として、一人で勉強したい生徒のためのボッチ席用の机と椅子も準備していたという。ボッチ席を選んだ生徒には、授業終了後に呼んでひとしきり雑談をしたあと、「私と話すことができますか?」と問う。ほとんどの生徒はイエス。そこで学びあいの意義を語り、毎回じゃなくてもいいから、時々はグループワークに参加してみようかと促す、ということだった。実際、その日のコンディションによってグループを抜けるという選択肢もありということだった。こうした教師の言動はすぐに広がるので、一人に対する配慮は集団全体の安心感につながるという。授業において「対話的」という場合、「先人の考え方(書物等)で考えを広げる」場合もあるが、対話の相手は授業中同じ空間にいる人物であることが多い。「主体的・対話的で深い学び」という場合、グループワークによる学びあいで知識の幅を広げるというのが理想とされているように感じるが、グループワークが苦手だという子もいるかもしれない。

 昨日のワークショップでは、参加者が生徒と観察者にわかれて小林先生の授業を体験するという時間があった。私は生徒役として授業を体験したのだが、「場を見るトレーニング」で観察者を選んだ先生方は、「アクティブラーニング上級者」が多かったような気がする。小林先生が比較的厳しいコメントを出していたのもそのせいか。ふと思ったのは、地歴公民におけるAL型授業では「主体的・対話的で深い学び」の「深い」にこだわる先生が多いのではないかということ。小林先生の授業は、先生の説明を聞いた後、練習問題をグループによる話しあいによって解いていこうというもので、解答は先渡しされており、チラ見もOK。以前紹介した『すぐ実践できる!アクティブ・ラーニング 高校地歴公民』(学陽書房)で紹介されている内容に近い。
 しかし、地歴公民で理想とされるAL型授業は、「穴埋め問題」や「一問一答」レベルでは満足できないようだ。ベネッセ発行の『VIEW21』2017年2月号(http://berd.benesse.jp/magazine/kou/booklet/?id=5040)で紹介されている世界史のアクティブラーニングでは「国家が衰退するとは、どういうことか?」「どうして戦争は起こるのか?」といった「正解がない問い」が想定されており、また河合塾発行の『Guideline』2017年4・5月号で紹介されている世界史の授業(http://www.keinet.ne.jp/gl/17/0405/kawaru.pdf)では、「なぜ小さな宗教集団は巨大な帝国を築くことができたのか」という問いが単元(イスラーム世界の形成)をつらぬくテーマ(メインクエスチョン)に設定されている。

 こうした記事を読んで、アクティラーニング型の授業を尻込みしてしまう先生方も少なくないのではないか....と感じている。前述のような課題を生徒たちが学びあいによって解決していくことができれば理想的だが、昨日のワークショップで話が出ていた「授業開始後ゼロ秒で机上に突っ伏してしまう生徒が続出」という学校ではそうもいかないだろう。こうした学校こそ、練習問題をグループワークでやってみるのがいいのではないか。定期考査ではこの問題から4割出題とかすれば、生徒もやる気になるのでは?

 先週、神戸大学附属中等教育学校の先生が私の授業を見学に来られた。ベネッセの進研模試担当の方も同行していたので、少しは気の利いた授業をしないといけない....ということでやってみたのは、東京書籍の世界史教科書の英訳版『英語で読む高校世界史』(講談社)を使った授業。「イタリアのファシズム」の項目を英訳版で読んでみて、私がつくった設問に答えるというもの。英文の読み取りと解答はグループワーク。つくった問題は、日本語訳が2題と、「the annexation of the Papal States in 1870」が起こったのは当時どのような国際状況が影響していたか、ファシスト党は、大衆(mass public)の支持を得るため、どのような政策を実行したか、といったもの。事前に理系クラスで実施したところあまり読めなかったので、急遽註釈を増やした。英語科と普通科の合同クラスでの授業だったが、まぁうまくいったのではないかと思う。翌日(9日)、別のクラスでやったときは、サッカー好きの生徒がいたので、第2回サッカーW杯の話で盛り上がった。

 神戸大学附属中等教育学校では文科省の委託を受けて昨年度までの3年間、「歴史基礎」と「地理基礎」の研究開発を行ってきたが、さらに3年間延長され、今年度から「歴史総合」「地理総合」という科目名で実施するとのこと。いただいた「参考資料」の冊子は、開発したワークシートがすべて収録されているというスグレモノで、ここまで公開していいの?という気持ちになるほど。ベネッセの進研模試担当の方を交えての懇談は、色々と興味深い話を伺うことができた。

 東京書籍の教科書で触れてある「ファシスト党に有利な選挙法」「余暇を楽しむ組織」」はそれぞれ「プレミアム選挙法」「ドーポラヴォーロ」のことだと思われる。プレミアム選挙法とは1923年に制定された選挙法で、全投票の25%をこえる最高得票の党に全議席の三分の二を与えるという選挙法であるが、翌24年4月にファシスト党が獲得した議席数について、河出書房新社『世界の歴史23・第二次世界大戦』では「これまで36議席しかなかったファシスト党が、一躍375議席に躍進」とある一方、講談社『世界の歴史18・帝国主義の時代』では「国家ファシスタ党は275の議席を得た」とあり、正確な数は不明。

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高校総体二日目(陸上競技部の顧問編) [たんなる日記]

 初めて陸上部の顧問になって色々と驚いたことがあるが、3000㍍障害(サンショー)の起源には驚いた。3000㍍障害は3000mSCとも表記されるが、このSCとはSteeplechaseの略で、Wikipediaによれば「Steeple(教会の尖塔)を追う、という意味の競技名が示す通り、昔、ヨーロッパの各々の村が教会を中心としたコミュニティーだった時代、ある村の教会を出発点とし、別のある村の教会をゴールとした徒競走(もしくは馬術競走)をする際に村境を示す柵や堀を飛び越えて行ったことに由来する、ヨーロッパなどで人気の高いクロスカントリーのレースをトラック上で再現するためにつくられたと言われている(競馬の障害競走を陸上競技に転用したものという説もある)」という。感動した私は、世界史の授業で山川出版社「世界史写真集」に収録されているフランスの中世都市カルカッソンヌの写真を使って熱弁を振るった次第。サンショーが専門で3年でも世界史を選択した生徒はうれしく感じてくれたようだ。

 もう一つ驚いた、というよりも恥ずかしく感じたのは、特別支援学校の選手が高校総体に出場していると知らなかったこと。昨日私は、総合開会式の見学生徒の引率だったが、開会式の入場行進では、熊本聾学校と熊本盲学校の生徒さんも行進しており、私も拍手を送った一人である。ただ、これまで自分が顧問をつとめてきた部活動で特別支援学校の生徒がエントリーしていたことはなく、当然ながら実際競技に参加している姿を見たこともなかった。しかし今年、初めて特別支援学校の生徒たちが高校総体の競技に参加している姿を見せてもらった。昨日男子1500㍍で、みかけない緑と赤のランニングシャツの生徒がひたむきに走る姿が目に入り、すっと追っていたのだが、それがひのくに高等支援学校の選手だったのである。二日目の今日も、100㍍では男女ともひのくに高等支援学校の選手が、また400㍍リレーで男子で熊本聾学校とひのくに高等支援学校、女子も熊本聾学校の選手が力走を見せてくれた。

 さて陸上競技はどれも過酷だが、8種競技の過酷さは別格ではないだろうか。
 一日目:100m、走幅跳、砲丸投、400m
 二日目:110mH、やり投、走高跳、1500m
をこなすという実に過酷な競技。ウチの学校からは2名が出場し、一人は最後の1500㍍で途中棄権、もう一人は上位4名が南九州大会出場のところ5位で出場を逃してしまった。選手本人だけでなく、OBのコーチももらい泣きしてて、私もなんとも声のかけようがなかった。おそらく、こうした「挫折感」というのが人間を一回り成長させてくれるものの一つなのだろう。

陸上競技は」あと二日。どんなドラマが待っているのか。
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『英語で読む高校世界史』(講談社) [歴史関係の本(小説以外)]

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 東京書籍の教科書『世界史B』を全文英訳したという画期的な本。底本は「2012年版」とあるが、これは平成24年に文科省の検定をパスしたという意味で、「世B301」という番号の教科書のことである。この本の良い点としては、以下の点が挙げられる。
 (1)底本が検定をパスした教科書なので、記述内容に対する信頼性が高い。
 (2)巻末には日本語の索引がついている。
 (3)本文中の歴史用語に対しては、青字で日本語のルビがふってある。
 (4)記述されている英文のレベルが難しすぎず、高校生の英語力でも十分理解可能である。

 (2)は、重要。山川の『世界史用語集』や『世界史小辞典』(『用語集』も『英語で読む高校世界史』も参考文献としてあげているのが『世界史小辞典』)にも、英語での表記が併記されているものの、一部にとどまっている。「主権国家体制」とは英語で何というのか?という基本的な疑問はもとより、「鎖国」「朱印船貿易」といった用語の英訳は、なるほどと思わせる。それぞれ「national isolation policy」「shogunate-licensed trade」と訳されており、時代など細かな説明は付け加えなければならないが、外国の人に説明する際には十分使える。日本史の先生に見せたところ、「これは画期的!」とおっしゃっていた。(4)についても大切なことで、一緒にこの本を購入した英語の先生も高く評価していた。
 ネットで注文したのだが、在庫切れでメーカー取り寄せとの連絡が来た。届いた本の奥付には、1刷が4月3日付、2刷は同月26日となっているので、好評なのだろう。

 
 教科書、ということに関して、ツイッター上で興味深いやりとりを見た。

①「未だに「高校で世界史やらなかったんで…」みたいなこと言ってくる学生さん、結構な割合でいるからね。必修科目だよ… 彼ら彼女らが悪いのではなく、高校側の責任よ。だってそれを前提に、授業を設計してるわけだからな。もっともやったからといって覚えているとは限らんのだが…」
これに対して
②「次期学習指導要領で世界史が必修で無くなるのは深刻な問題で、新必修科目の歴史総合は近現代中心になるようだから、学生がギリシャローマも宗教改革も知らないことを前提に授業をしないといけなくなる。もちろん今の40代以上は世界史必修ではなかったけど、その頃とは大学進学率がちがう。 」
さらにこれに対して
③「世界史必修の今だって、最初から最後まで全部やれということではなく、世界史のどこをやるかは教師の任意の部分が大きいから、学生がギリシア・ローマや宗教改革を知らないことを前提にしなきゃいけないんじゃ…」

という流れ。
①について言うと、「何言ってるの?」レベル。確かに世界史は「必修科目だよ」。しかし熊本県の場合、進学校の文系生徒でも世界史はA科目だけで卒業要件はクリアーできる。熊本高校勤務時代、世界史Aだけの履修で一橋大などに進学する生徒は少なくなかった。「それを前提に、授業を設計してるわけだからな」という発言の「それ」の内容がイマイチ不明なのだが、古代アテネにおける民主政治の成立過程などであれば明らかにA科目の内容を逸脱している。もし世界史Aしか履修していなにもかかわらず、ペリクレスとか知っていたら不適切履修の可能性もありえるし、大学の教員のこうした発言を読むと、大学が不適切履修を奨励しているようにも思える。世界史未履修問題とか、大学の先生たちにとっては所詮他人事だったのだろう。何年か前、日本西洋史学会で新潟まで行ったことは、無駄だったのかねぇ。

②についても基本的には同じレベルの話で、「新必修科目の歴史総合は近現代中心になる」って、じゃあ今の世界史Aはどうなのよ?って思ってしまう。ベネッセがやってる進研模試の「世界史B」は、2年生11月に実施する学力テストから「古代から先に学習している人」向けの問題と、「近現代から先に学習している人」向けの問題の2つのパターンが準備されている。後者は大航海時代・ルネサンス・宗教改革以降から出題されており、出題レベル的に「世界史B」の模試ではあるものの、明らかに「世界史Aの履修者」を念頭に置いた問題である。このことからも「現行の世界史Aも近現代中心」であることは明らかだろう。かつて多くの高校で使用されていた山川出版社の『世界史A読本』が大航海時代の前で終わっていることは、「世界史Aではヨーロッパ中世や中国の明清、アジアのムガル帝国やオスマン朝以前についてはほとんど扱わない」ことを逆に示している。また「学生がギリシャローマも宗教改革も知らないことを前提に授業をしないといけなくなる」という点については、「どのレベルまで」という点が不明だが、かつての「(AもBもなかった頃の)世界史」レベルを要求しているのであれば、「ギリシャローマも知らない」ことを前提に授業を設計することは、すでに当たり前のこと。昨年までウチで使ってた教科書「世界史A」(東京書籍・世A301)は、古代ギリシア・ローマに関する「古代地中海世界」は見開き2㌻各11行で計22行。スパルタもペリクレスもマルクス=アウレリウス帝もコンスタンティヌス帝も出てこない。が、宗教改革は中学校社会「歴史分野」で出てくる。たまたまウチの子が中学校の教育実習のために帰省しており、中学校社会の歴史分野の教科書を見てみたが、宗教改革は意外に詳しい。大学の先生方は、中学校の教科書を読んだことないのか???

③も基本的に②と同じだが、「世界史必修の今だって、最初から最後まで全部やれということではなく、世界史のどこをやるかは教師の任意の部分が大きい」については、「全部やる」のが原則。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/2016/pr160923.html
この学校の場合は「世界史Aの看板でBをやった」という完全アウトの話だが、都教委の発表を読むと、「全部やらなかった」ことが問題だという風に読める。

 高校の教員は入試問題や入学直後の新入生学力テストの問題を作らなければならないため、中学校の教科書を読まざるを得ない。かつて熊本県で2月に実施された前期選抜の問題で、「2月初旬には中学校でまだ教えていないはずの内容が出題されている」と問題になり、当該の問題を採点対象から外したことがあった。熊本県の場合、入試の答案用紙も開示請求の対象であるから、一切手抜きは出来ない。大学の先生方も、高校の教科書くらい読んではどうか。もちろん注文をいただくことは大切なことだし、われわれ高校の教師も真摯に受け止めなければならない点も多々あるだろう。しかし現状では反発しか感じないし、「高大連携」とか言っても、一部で盛り上がっているだけのような気もしてくる。まだ姿形すら見えない「歴史総合」だが、「世界史A」と同じ運命をたどるのではないかと危惧している。


★2017年6月21日追記
 上記①のツィートをしていた大学の先生に直接コンタクトをとり、色々とお話しをうかがったところ、私の認識が誤りであったことがわかった。学生が「習ってない」のは、市民革命や産業革命だということである。これは明らかに世界史Aで履修する内容。中学校でもある程度は学ぶ内容だけにそれはそれで問題なのだが、こうした実情は高大で認識を共有しないといけないと改めて感じた次第。確認怠っての一方的な物言いにもかかわらず、丁寧な対応をいただいた。お詫びとお礼を申し上げます。



英語で読む高校世界史 Japanese high school textbook of the WORLD HISTORY

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  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/04/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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共同通信社配信記事「論考2017」 [現代社会ネタ]

 熊本日々新聞4月15日付の文化欄「論考2017」は、公教育に携わる一人として、たいへん興味深い内容であった。執筆は、佐藤卓己先生(京都大学)。ロバート・パットナムの著作『われらの子ども』(創元社)を手がかりに、アメリカにおいて格差社会を助長したのが、教育システムであると指摘している。
 かつて教育システムは格差を逆転するために機能していたが、子どもの貧困が社会問題となっている現状では、逆に固定化ないしは助長するようなシステムとして機能しているように思われる。この記事で注目したいのは、先に自民党の小泉進次郎議員らが提案した「こども保険」構想を、「国民が互いに信頼し協力し合って暮らすために不可欠な『社会関係資本』への投資」として評価している点だ。おそらく、子どもがいない世帯あるいは子育てを終えた世帯は反対するだろう。しかし、反対する人々に「では、年金や医療費をはじめとするあなたがたの社会保障関係費は、いったい誰が負担するのですか?」と切り返す材料となるのがこの記事であった。高校生のディベートには、かなり適した内容だと思われる。
 ディベートや小論文では、相手を納得させなければならないが、その際有効なのは、統計データを示すことだ。佐藤先生によれば、引用されているパットナムの本は膨大な統計資料をグラフ化して説明しているという。前著の『孤独なボウリング』も同様な内容だということで、キーワードは「社会関係資本」。日本でも、地域コミュニティの崩壊が指摘されて久しいが、このままだとアメリカと同じ道を後追いするのでは?と思わせる内容の記事だった。




われらの子ども:米国における機会格差の拡大

われらの子ども:米国における機会格差の拡大

  • 作者: ロバート・D・パットナム
  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2017/03/27
  • メディア: 単行本



孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生

孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生

  • 作者: ロバート・D. パットナム
  • 出版社/メーカー: 柏書房
  • 発売日: 2006/04
  • メディア: 単行本



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『現代思想』4月号「特集:教育は誰のものか」 [その他]

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 『現代思想』(青土社)という雑誌がある。私も時々買っているが、私の中では「基本文芸誌」という位置づけであった。昨年は増刊でプリンスの追悼本などを出していたが、95年7月号の、クロード・ランズマンの『ショアー』特集などは、(難解さに)圧倒されたものである。

 さてこの『現代思想』2017年4月号の特集は「教育は誰のものか」。所収の文章はどれも面白かったのだが、中でも岡崎勝さんの文章がいちばん面白かった。私が購読している熊本日々新聞の教育欄で、岡崎さんは「学校のホンネ」というタイトルで月イチの連載を執筆しておられるが、これがたいへん面白い。私が学年主任になって初めて新入生の保護者に話したこと「信頼関係は、お互いが努力しないと成り立たない」ということは、岡崎さんの文章から拝借した言葉である。
 岡崎さんの文章は 「文科省殿、「同情するなら、ヒマをくれ!」~「主体的・対話的な深い憂い」の中で思うこと」というタイトルである。あまりのおもしろさに職場の同僚と話題にしたのだが、現場で思っていることは高校も小学校もまり変わらないのだなと感じた次第(ある先生は、「教育専門の雑誌じゃないから、逆に面白いんじゃ?」と言っていた)。なぜ「おもしろい」のかというと、現場を知る当事者として頭の中で漠然と思っていたことが、文章として言語化されているからである。もっとも「おもしろい」などと言っていられるのは、私がかなり時間的余裕があるからかもしれない。ある先生(美術)から「先生の一日は48時間くらいあるんじゃ?」言われたことがあるが、一生懸命やってるふりして手を抜くのは、社会人として必要なスキルだと思う。

 今日(4月6日)の新聞に掲載されていた岡崎さんの「学級開き「楽しい」の第一印象を」も面白かったが、その隣に掲載されていた「主体的・対話的で深い学びの実現のためには、意欲を高める学級集団づくりが重要」という文章を読んだら、「確かにそうなんだろうけど、そう言われても....」と密かな反発を覚えてしまった。
 
 子どもの貧困など『現代思想』には、最近の教育現場の話題はほとんど取り上げられているが、部活顧問の問題は私が勤務する大規模な公立高校でも深刻になりつつある。体育系部活の顧問のなり手がいない。ウチの学校では体育の先生が8名おられるが、それでも足りない。部によっては、顧問に研修会出席などの義務を課す種目のあるので、かなり大変。私が時間的な余裕があるのも、部活の顧問が「体育の先生の補助」だからである。「高校の体育の先生は(生徒指導も期待されるため)たいへんだ」というのが私の感覚。
 では部活をなくせばいいかというと、そう簡単でもない。いま私が勤務してる熊本北高校はいわゆる「進学校」とされる学校で、一週間のうち三日間は7限授業プラス朝7:35からの課外授業は事実上強制である。月に一度は土曜授業があり、これに模試が加わることもある。下校時間は夏場で7:30分、朝練は3年前に自主練習として解禁された(やってるのは吹奏楽部だけだが)。したがって顧問の役割は、「短い時間でいかに効率的な練習をコーディネートするか」である。こうした条件で野球部は県大会ベスト4、陸上部やテニス部はインターハイ・国体に出場しており、体育系の部活動には「意識高い系」の生徒が多い(部活に加入するかしないかは自由だが)。 彼らはよく気が利く。数年前まで入学式・卒業式の準備は、「○年生の各クラスから15名」だったが、野球やラグビー、陸上など体育系の部活生に設営してもらうようにしたところ、かかる時間はそれまでの半分になった。先日、新入生の物品購入の日、校内にはいってきた保護者の自家用車の交通整理をやってくれたのも彼らだ。「そういう日本的体育会的独特の雰囲気がイヤだ」とう気持ちも理解できるが、少なくとも現在私が勤務している学校では、体育系の部活をなくすということは考えられない。 顧問の負担と生徒の要望を勘案し、それぞれの部活の保護者会と話し合いながら、ギリギリでやっているのが現状である。


現代思想 2017年4月号 特集=教育は誰のものか ―奨学金・ブラックバイト・学校リスク・・・―

現代思想 2017年4月号 特集=教育は誰のものか ―奨学金・ブラックバイト・学校リスク・・・―

  • 作者: 斎藤美奈子
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 2017/03/27
  • メディア: ムック



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歴史系授業におけるICTの活用 [授業研究・分析]

 歴史系の授業でICTを活用する場合、これまでは地図や写真などをプロジェクターで投影するといったことが中心であった。東京書籍が発行している世界史Aのデジタル教科書や、浜島書店が制作している『アカデミア』のデジタル版などはその例である。東書のデジタル教科書には音声や動画も収録されており、とてもよくできたマルチメディアの教材となっている。こうした「理解をより深めるための資料の提示」という使い方に加え、最近では教育工学的なアプローチも進んできている。以下の内容は、池尻良平先生(東京大学大学院情報学環 特任助教)からうかがった話がモトネタで、私見を加えたものである。

1.デジタルアーカイブの活用
 近年では様々な資料がデジタル化され、それらを集めたデジタルアーカイブ(電子図書館)が構築されている。公的機関や準公的機関によるデジタルアーカイブに収蔵されている資料を、授業に活用していくという方法がある。私が最も「これは使えそうだ」と思った視点は、複数の資料を用いて、異なる場所や時間において事象の変化や事象間の類似点・相違点を認識させるという使い方である。池尻先生が「使えるデジタルアーカイブ」として紹介されたのは以下の3つ。なお以下の説明は、Wikipedia日本語版より引用したものである。

(1)ワールド・デジタル・ライブラリー(World Digital Library、WDL)
https://www.wdl.org/en/
 UNESCOとアメリカ合衆国のアメリカ議会図書館が運営する国際的な電子図書館。インターネット上の文化的コンテンツの充実を図り、それによって国際的な異文化間の相互理解を深めることを目的として創設された。教育者・学生・一般大衆にリソースを提供し、国家間および各国内の情報格差を狭めるために提携機関にそれらリソースを配置する容量を築いている。また、インターネット上の非英語圏や西洋以外のコンテンツの拡充によって、学問的研究に寄与することを目指している。無料で多言語形式のコンテンツをインターネット上で入手できるようにすることを意図しており、世界各地の文化から貴重な一次資料(手稿、地図、稀書、楽譜、録音、録画、写真、図面など)を集めている。池尻先生によれば、広く浅い検索しかできないのが難点だとのこと。

(2)ヨーロピアナ (Europeana) 
 http://www.europeana.eu/portal/en
 ヨーロピアナ (Europeana) は、絵画、書籍、映画、写真、地図、文献などのデジタル化された文化遺産を統合的に検索することができる電子図書館ポータルサイトである。欧州連合の欧州委員会が公開しており、欧州連合加盟国(一部非加盟国含む)のデジタルアーカイブ群のアグリゲータを指向している。

(3) アメリカ議会図書館
https://www.loc.gov/
アメリカ議会図書館 (Library of Congress)は、アメリカ合衆国の国立図書館。蔵書数、予算額、職員数全ての点で世界最大規模の図書館である。略称はLC。日本の国立国会図書館は、戦後占領時代の1948年に、アメリカ文化使節団の勧告により、このアメリカ議会図書館をモデルとして造られた。20世紀末から21世紀初頭にかけては1987年就任のビリントン館長のもと、急速に発達したインターネット技術を背景とする電子図書館事業を推進している。

 この3つのサイトを使ってみたが、言語の壁は大きかった。「何か面白そうなものはないかな」という感じでアクセスしても、使える資料に当たる確率は極めて低いと思われる。扱うテーマを明確に決定した後ならば、使える資料に遭遇する確率はずっと高くなるのではないだろうか。しかし、英語がかなり得意でない限り、使える資料なのにスルーしてしまう可能性は高い。したがって、生徒に「こんなサイトがあるよ」と紹介するだけでは、使いこなすことはできないと思われる。

 3つの電子図書館のうち、いちばん使えるのはアメリカ議会図書館だった。池尻先生から、このサイトのトップページには「teachers」というカテゴリーがありけっこう使えるという話を聞いていたのでアクセスしてみた。試しに「Classroom Materials」の中にある「World War I: What Are We Fighting For Over There?(第一次世界大戦:われわれは何のために外国で戦っているのか?)」というコンテンツで「Teachers」をクリックすると、「Overview(概要)」「Preparation(準備)」「Procedure(手順)」「Evaluation(評価)」といった説明があり、授業の進め方が説明されている。一方「Students」には、「Preparation」に「Student Resources」が列挙されてあり、写真やポスター、史料、新聞などへのリンクがある。また「Procedure」にはLesson one からthreeまでやるべき内容が示されている。この通りにやれば、すぐに授業が可能であるという印象を受けるが、当然ながらアメリカ史に偏っているため、日本の高校で使おうとしてもかなり苦しい。ただ、問いの設定や手順、史料の提示等の手法面についてはかなり参考になるという印象を受けた。アメリカ議会図書館に紹介されている授業の進め方を参考に、日本の高校の授業で使えるような資料をみつけて構成するのが、もっとも現実的であるように思われる。


2.授業における端末の使用
 当時私が熊本北高校で担任していた3年1組の学級日誌に、男子生徒が以下のような文を書いていた(原文のまま)
平成27年7月31日 雨   今日の世界史は電子黒板を使った授業でした。昨日から楽しみにしていて、その期待を裏切らない性能でただ驚くばかりでした。  今日、一部マスコミで騒がれている、教育のデジタル化。ある知識人は「百害あって一利なし」と言っておられました。私は今回の授業のように、先生方のみ使用するのであれば導入してもよいと思います。なぜなら生徒ひとりずつに配ると、必ず機械を無駄に触る者が出てくるからです。パソコン室での授業がよい例でしょう。先生方のみが使用するのであれば上のようなことは起こらないと思います。

 これは一昨年夏休みの課外授業の際、浜島書店の『デジタルアカデミア』を使ってみたときの生徒の感想であるが、「生徒ひとりずつに配ると、必ず機械を無駄に触る者が出てくる」という指摘には、なるほどと思ったものである。ひとりに1台ずつではなく、グループに1台ならば遊ぶ生徒も出てこないのではとも思ったが、ではグループに1台持たせてどう使うかと考えたとき、せいぜいネットでの資料検索程度しか思いつかず、あまりよいアイディアも浮かばなかった。

 一年前、『社会科研究』第84号で読んだのが、池尻先生と澄川靖信先生の共著「真正な社会参画を促す世界史の授業開発 -その日のニュースと関連した歴史を検索できるシステムを用いて-」という研究論文である。パソコン画面に現在関心があるニュースを入力し、表示されたカテゴリーから関係ありそうだと感じるものを選択すると、類似した因果関係をもつ歴史事象が表示される、というプログラムを使った授業である。カテゴリーは大きく4つ、細かく13が設定されている(政治・・・・統治・外交・戦争、経済・・・・生産・商業、文化・・・・学問・宗教・文芸思想・技術、社会・・・・民衆運動・共同体・格差・環境)。
表示された歴史事象のうち、現代社会の問題解決の参考になりそうな要素をもつ事象を1つ選び、現代社会の問題の分析や解決方法の考察を行うという活動を行うという授業内容だが、興味深かったのは次の2点。
(1)学習過程として、第1段階から第5段階までが設定されている。
 全5段階で100分が想定されているか、100分ですべて行うのは難しい。学習者のレベルにあわせてステップアップするという方針が現実的だろう。
(2)現在進行形の出来事と関連づけた歴史の授業が可能である。
 歴史の授業を現代的な諸問題と結びつけて行うという話はよく耳にするが、結果的に歴史よりも公民寄りになってしまうことが多い。このプログラムを使用すれば、歴史的因果関係を扱うことでこの問題は解消されると感じた。
 
 いくつか気になる点をあったので、質問してみた。「TPPのニュースから、外交・商業・格差を選択して検索すると、スパルタの政策・門戸開放宣言・武帝の攻撃と匈奴の衰退・イスラーム世界の繁栄・ブロック経済が提示される」という例があげられていたので、これでは世界史Aに使えないのではないか、また教科書を一通り終わってからしか使えないのではないかと感じたが、現在は対象とする時代が限定できるような機能が追加されたとのこと。また、入力した現在の問題と表示される過去の事象との結びつきの妥当性について伺ったところ、先生自身が手作業で行ったとのこと.....これはあまりに労力がかかりすぎると思う。

 少なくとも、(私が高校時代に受けていた)教師が一方的に話すだけの歴史の授業のイメージを一変させるシステムであることは間違いない。1年間で時々このような授業を取り入れてみるのも、授業にメリハリがつくのではないかと感じる。
 
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ミュシャ展 [その他]

 国立新美術館で開催されているミュシャ展を見てきた。これまで私がミュシャに抱いていたイメージといえば、オレンジかかった色彩で豊かな髪の美しい女性の絵。そして、「ロンドンのピアズリー」「ウィーンのクリムト」「パリのミュシャ」が、私にとっての世紀末三種の神器であった。しかし、この展覧会は私がミュシャに抱いていたイメージを一変させる素晴らしい展覧会だった。

IMG_3312b.jpg

 今回の展示会における目玉は、連作「スラヴ叙事詩」20展がすべて展示されていることにある。これまで私がミュシャに抱いていたイメージを一変させる、重厚さ、暗さ、大きさに圧倒された。連作「スラヴ叙事詩」は、ミュシャがスラヴ民族の歴史や神話などを題材に描いた一連の作品である。これまで私は、ミュシャはフランス人とばかり思いこんでいたが、彼は現在のチェコ出身のスラヴ系であった。したがって、Muchaの発音はチェコ語だと「ムハ」もしくは「ムッハ」となるらしい。
 会場内が混雑している理由の一つは、作品群の大きさにある。近づき過ぎると全体が見えないため、作品の近いところには人がいない。多くの観客は離れて全体を鑑賞しようとするため、会場内はとても混雑していた。細部を見るには望遠鏡があると便利。
 驚いたことに、「スラヴ叙事詩」の一部は写真撮影可であった。「原故郷のスラヴ人」は残念ながら撮影不可だったが、特に印象に残ったのは「ロシアの農奴制廃止」。1861年に発布された農奴解放令を題材にした作品だが、明るさと暗さ、希望と不安が同居しているような奇妙な感覚の作品である。右上の陽光と左下の暗い表情の人々とのコントラスト。こちらを見つめる不安げな母子の表情にひかれ、人の波をかきわけスマホのシャッターを切ったものの、手ブレでよく撮れていなかった。この作品が完成したのは第一次世界大戦がはじまる1914年だが、その前年にロシアを訪れたミュシャは人々の悲惨な生活を目の当たりにしてこの作品を描いたという。

 ビザンツ帝国、神聖ローマ帝国、オスマン帝国、ドイツ騎士団VSリトアニア=ポーランド(ヤゲウォ朝)連合軍、ベーメンのフス、オーストリア=ハンガリー帝国の解体とチェコスロヴァキアの独立など、世界史の知識があるとより楽しめる.....と言うよりも、知らないと「スラヴ叙事詩」に描かれている内容がわからないと思うのだが。ミュシャ展にあれだけの人が集まっているのだから、高校世界史の授業ももう少し人気が出るような工夫をしていきたいものである。
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今年気になった問題~北海道大学 [大学受験]

 カリブ海地域には、主として( E )が商品作物として導入され、原生林が切り開かれてプランテーションに変わり、隣接する製造工場での新需要によっても森林の伐採が進んだ。それは(5)大土地所有制と奴隷制を促進した農作物であったといわれる。イギリスが支配したインドでも、19世紀前半のナポレオン戦争の時代には海軍の艦船建造のため、19世紀後半以降は(6)鉄道建設にともなう枕木の大量需要のため森林の乱伐が進み、ヨーロッパで行われてきた森林保護政策が導入されはじめた。
問6 下線部(5)について、(ア)17世紀前半からスペイン植民地で広がった大土地所有制の名称を答えなさい。また(イ)その農業経営の特徴を簡潔に説明しなさい。
問7 下線部(6)について、経済史的な観点から、帝国主義時代のイギリスによるインドでの鉄道建設の歴史的意義を論じなさい。


問6 アシエンダ制は山川の『世界史用語集』をみると2008年版で④、2015年版では③。地理の用語集では④である。世界史の東京書籍の教科書に詳しい記述がある。「スペインの植民地では、17世紀前半から、アシエンダ制とよばれる大土地所有にもとづく農園経営が広がり、大農園主は負債を負った農民(ペオン)を使って、農業や牧畜を営んだ。17世紀半ばから銀の生産が減少に向かって、交易がおとろえると、アシエンダ制はいっそう拡大した。」(H28年度用・東京書籍『世界史B』219㌻)

問7 河合の分析にあるように、題意を正確に読み取ることが難しい。
各予備校による解答例は以下の通り。
【駿台予備校の解答】
イギリス本国からの綿織物が送られた港と、市場や茶・綿花などの原料生産地とをつなぎ、本国への経済的従属が強化されるとともに、鉄道建設が本国の安定した利潤を生んだことから、中東・中国で鉄道利権の獲得競争が展開された。
【河合塾の解答】
インドは茶・コーヒー・綿花などの商品作物の供給地やイギリス産綿製品の市場となった。それらの商品作物や綿製品を大量かつ速やかに運ぶために鉄道が建設され、その結果、インドはイギリスを中心とする世界経済に組み込まれていった。
【代ゼミの解答】
内陸部で生産される綿花などの工業原料の運搬や、本国の投資家に経済的利益をもたらす投資を目的に建設され、インドはイギリスによって世界的な経済体制に組み込まれた。

 駿台については「インドでの鉄道建設の歴史的意義」に「中東・中国で鉄道利権の獲得競争が展開された」という事項が妥当かどうか。河合塾については、インドの商品作物として「コーヒー」をあげることが妥当かどうか。

 中谷臣先生の『世界史論述練習帳』に書かれているように、意義とはプラス評価であるのが原則。インドはイギリスによって世界経済に組み込まれていったという記述は、あまりプラスらしくないが、ではプラス評価として書ける内容があるかどうか。

 インドにおける鉄道については浜島書店の資料集『アカデミア』にダージリン・ヒマラヤ鉄道の写真と説明が掲載されていたが、吉岡昭彦『インドとイギリス』(岩波新書)には次のような記述がある。
イギリスは19世紀後半、インドに鉄道・通信網を整備し、20世紀初頭には鉄道キロ数が4万キロにも達した。軍事費・一般行政費など統治の費用はもとより、この鉄道敷設の費用なども結局はインドでの徴税収入によってまかなわれ、それによって得られる利益は逆にほとんどイギリス人のものとされた。インドの鉄道では、イギリスやヨーロッパ大陸に輸出される商品、たとえば小麦、油種、米などは飢饉のときの救済物資と同じように割引運賃が適用された。さちに重要なことは、内陸部から港への、逆に港から内陸部への貨物輸送料金は、内陸部相互間の料金よりも割安になっていた。このことがなにを意味するかはいうまでもない。それは、食糧や原料の輸出と外国製品の輸入とを促進し、逆に、インド国内における商品交換の拡大、国内市場の統一をさまたげ、さらにインド工業の発展をもおくらせることになる。貴重な原料や食糧は、高い世界市場価格にひかれながら、あたかも水が低きにつくがごとく、港湾都市へ流れてゆくことになり、インド国内にとどまろうとしない。第一次世界大戦後、ようやぐインドの工業化が問題になったとき、この鉄道運賃差別制度が批判の的になったが、事態はたいして改善されなかった。こうして、鉄道運賃政策もまた、インドをいつまでも後進的な農業国、食糧・原料輸出国、工業製品輸入国にとどめておく役割を果たした。

実際インドにおける鉄道の普及はめざましく、 1999年度のセンター試験世界史A(本試) 第4問Bには、次のような問題がある。

次の図は国別の鉄道営業キロ数を示したものである。国名a~cの組合せとして正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。(次の選択肢のインドは、英領インドのことである。)
train.jpg

① a―イギリス  b―インド   c―アメリカ
② a―イギリス  b―アメリカ  c―インド
③ a―アメリカ  b―イギリス  c―インド
④ a―アメリカ  b―インド   c―イギリス


 かつてインドの鉄道は線路の幅(ゲージ)が混在しており、、デカン高原で収穫された綿花を産地から海岸の積み出し港まで輸送するに際しては、綿花を貨車に積んでも、ゲージが変わるごとに貨車から貨車へと綿花を積み替えることが必要となったという(井上勇一『鉄道ゲージが変えた現代史』中公新書) 。
こうした事情を考えると、「帝国主義時代のイギリスによるインドでの鉄道建設の歴史的意義」として、インド側から見た意義は書きづらい。代ゼミの解答例がいちばん良さそうだが、問題の「歴史的意義」という表現があまりよくなかったような気がする。
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今年の九州大の問題(2) [授業ネタ]

今年の九大の〔2〕は、14世紀のイングランドにおける4つの統計資料を使ったグラフの読み取り問題。本日2年生世界史Aの授業で、アクティブ・ラーニング形式でやってみた(北高33期生2年2組)。

 問1の解説を行った上で、問2にチャレンジ。
  グラフA・・・・14世紀半ば、イングランドでは人口が激減した。
  グラフB・・・・グラフAで人口が激減した時期、
       イングランドでは労働者の賃金が上昇した。
  グラフC・・・・14世紀半ば以降、小麦価格は上昇しなかった。

 以上のデータから、「14世紀半ばのイングランドにおいて、労働者の生活環境にどのような変化が生じたかを100字以内で述べる」というのが問題の要求。
 始めてみるとけっこう大変で、私の説明から各グループの答案作成まで40分以上かかってしまった。短文であっても、文章化をグループで取り組むのはあまり効率がよくないかもしれない。

【各グループが作成した答案】
①14世紀、15世紀のイングランドでは、人口は黒死病によって減少し、賃金が増えたことによって生活が豊かになった。
②労働者の減少により人手不足で一人当たりの賃金があがった。また生産力は落ちたが、人口の減少により食料の消費量も減ったので価格は変わらなかった。よって一人一人の生活は豊かになった。
③黒死病によって人口は大きく減少して、1人あたりの労働力が増え、賃金は上がる。しかし人口が減っているので、小麦の収穫量が減っても需要と供給のバランスが成り立つので、小麦価格は大きく変化しない。その結果労働者の生活は向上した。
④人口の減少により、小麦の生産者が減り小麦の需要が増加した。しかし、安価な小麦がよく売れるため小麦価格が変動せず労働者の生活は苦しくなった。
⑤黒死病により、労働者の数が減ったので、賃金を上げることで労働者を雇おうとする労働者不足の状態になったのに対し、小麦の値段が変わらないから、結果的に労働者の環境はよくなった。
⑥黒死病によって人口が減少したことにより、労働力が不足し、賃金が上昇した。そして食料の需要も減り、供給も減ったため、食料の値段は変わらなかった。だから労働者の生活は向上した。

④のグループだけ「生活は苦しくなった」としており、間違った認識を持ってしまっているが、他は「労働者の生活は向上した」という結論を導くことができた。ベスト答案は⑤。14世紀のヨーロッパといえば「死の舞踏」「メメント・モリ」の暗いイメージだが、個人レベルの生活を見ると、暮らし向きはよくなったと言えるのは興味深い。この「ビックリ」が出題者の意図だった...とすれば感服。

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今年の九州大の問題 [大学受験]

 軍事・政治・行政・財政の中心である帝国の首都は、多くの人を引き寄せる求心力をもつと同時に、一大消費地を形成する。そして、その立地、及びそれを中心とする交通・輸送網は、帝国の経済・商業に大きく影響を与えることとなる。また、逆の視点からみれば、その立地は、当時の政治や経済などの状況によって大きく規定されていたともいってよい。中国を支配した歴代王朝の首都もその例にもれず、その歴史変動に呼応して変遷してきた。
 以上を踏まえ、6世紀末から14世紀の中国における、諸王朝の首都の立地、それを中心とする交通・輸送網と経済・商業との関係について、500字以内で論述しなさい。なお下記のキーワードを一度は使用し、下に波線を付すこと。
【キーワード】
 泉州  ソグド人  海運  江南  モンゴル高原  ムスリム  臨安
 黄河  揚州  華北




6世紀末から14世紀・・・・隋・唐・五代・宋・元・明
隋:大興城 江南と華北を結ぶ大運河を建設 西周以来政治の中心であった渭水盆地 渭水と黄河を結ぶ水運の発達
唐:長安 東西交流の活発化により国際都市 モンゴル高原の突厥がソグド人の交易を保護 政治都市の長安に対し、ムスリム商人の来航により揚州・広州など華中・華南の港町が経済都市として発展
五代~北宋:開封(黄河と大運河の結節点:経済的比重の増大) 水路を通じて中国の東西南北を結びつける商業網の中枢
南宋:臨安 江南の開発が進む→中国経済の中心は長安を中心とする西北地域から東南地域へ移動
元:大都 ユーラシアの東西を結ぶ陸上交通・海運の拠点 新運河を開削し江南と大都を結ぶ
明:南京 経済が発達した長江流域に都を置く


【最初につくった答案】
6世紀末に中国を統一した隋は、都を西周以来政治の中心であった渭水盆地の大興城に置いた。渭水と黄河を結ぶ水運が発達する一方、隋は大運河を建設し、経済的に発展した江南と渭水盆地を結びつけた。続く唐の都長安は大興城と同じ場所に位置し、東西交流の活発化によって国際色豊かな都市となった。西方のソグド人はモンゴル高原の突厥の保護を受けて長安を訪れ、陸路の東西交易を活発に行った。一方で海上交易も活発化し、ムスリム商人の来航により揚州・広州など華中・華南の港町が経済都市として発展した。唐滅亡後の五代から北宋の時代は、黄河と大運河の結節点である開封に都が置かれた。このことは、首都機能として政治・軍事的な役割よりも経済的な役割が重要となったことを意味している。12世紀、金の侵入によって北宋が滅亡し、臨安を都に南宋が成立した。臨安は大運河の南端である杭州にあたり、江南の経済拠点である。この結果江南の開発は一層進み、中国経済の中心は長安を中心とする中国西北から東南地域に移動した。モンゴル人王朝の元は交通を重視し、フビライが建設した都の大都は、ユーラシアの東西を結ぶ陸上交通・海運の拠点 として機能した。元では江南と大都を結ぶ新運河も開削され、南北を結ぶ流通も活発であった。14世紀後半に成立した明は、建国当初、経済が発達した長江流域の南京に都をおいた。長江下流域に都をおいて中国全土を支配した王朝は、明が最初である。

600文字と大きく字数オーバー。大失敗。
「長江下流域に都をおいて中国全土を支配した王朝は、明が最初である。」という一文は、私が好きな山川の教科書『新世界史』のコラム「南京と北京」から頂いた文章。


【修正】
6世紀末に中国を統一した隋は、都を西周以来政治の中心であった渭水盆地の大興城に置いた。隋は大運河を建設し、経済的に発展した江南と渭水盆地を結びつけた。続く唐の都長安は国際色豊かな都市であり、西方のソグド人はモンゴル高原の突厥の保護を受けて長安を訪れ、陸路の東西交易を活発に行った。一方で海上交易も活発化し、ムスリム商人の来航によって揚州・広州など華中・華南の港町が経済都市として発展した。五代から北宋の時代は、黄河と大運河の結節点である開封に都が置かれ、首都の機能として経済的な役割が重視されるようになった。12世紀、南宋が都を置いた臨安は、大運河の南端である杭州にあたり、江南の経済拠点である。この結果江南の開発は一層進み、中国経済の中心は長安を中心とする中国西北から東南地域に移動した。モンゴル人王朝の元は交通を重視し、都の大都はユーラシアの東西を結ぶ陸上交通・海運の拠点として機能した。元では江南と大都を結ぶ新運河も開削され、南北を結ぶ流通も活発であった。14世紀後半に成立した明は、経済が発達した長江流域の南京に都をおいた。長江下流域に都をおいて中国全土を支配した初めての王朝である。(494字)


 迷ったのは「モンゴル高原」の使い方。最初は「カラコルム」で大モンゴル帝国の首都につなげようかと思ったが、大モンゴル帝国はウルスという政治集団にもとづく独特な国家形態をとるので他の中国王朝とは同列に語れそうもない、と感じたので今回は別の使い方。出題者に、「モンゴル高原」をキーワードにした意図を尋ねてみたい。

 九大の問題で目を引いたのは、〔2〕の問題。14~15世紀のイングランドにおける4つの統計資料(人口、賃金、小麦価格、輸出)を見て変化を読み取り、背景を考えるという問題。高大接続システム改革会議による「大学入学希望者学力評価テスト」を思い出す問題だった。高校の授業でも使える良問だったと思う。

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今年の東大の問題 [大学受験]

【第一問】  「帝国」は、今日において現代世界を分析する言葉として用いられることがある。「古代帝国」はその原型として着目され、各地に成立した「帝国」の類似点をもとに、古代社会の法則的な発展がしばしば議論されてきた。しかしながら、それぞれの地域社会がたどった歴史的な展開はひとつの法則の枠組みに収まらず、「帝国」統治者の呼び名が登場する経緯にも大きな違いがある。
 以上のことを踏まえて、前2世紀以後のローマ、および春秋時代以後の黄河・長江流域について、「古代帝国」が成立するまでのこれら二地域の社会変化を論じなさい。解答は、解答欄(イ)に20行以内で記述し、必ず次の8つの語句を一度は用いて、その語句に下線を付しなさい。
漢字  私兵    諸侯     宗法
属州  第一人者  同盟市戦争  邑





 要求は、「古代帝国」が成立するまでの、地中海地域と黄河・長江流域の社会変化。「社会変化」なので、経済と政治両方書きたいところ。経済的変化が政治的変化をもたらしたという流れにもっていきたい。
ローマ・・・・都市国家の共和政から広大な領域国家の帝政へ変化
    属州から安価な穀物が流入したことで、中小農民が没落(経済)
     →内乱の一世紀(帝政準備の時期)
    同盟市戦争でローマの領域は拡大(政治)
    アクティウムの海戦以後、地中海全体を支配して領域はさらに拡大(政治)
    様々な民族を含んだ帝国全体をまとめる共通のローマ文化(文化)
    市民の第一人者として元老院と共同統治の姿勢を示す皇帝  
中国・・・・・・血縁に基づく分権的な封建制から官僚制に基づく集権的な郡県制へ変化
    鉄製農具や牛耕の普及で農業生産力が向上(経済)
     →氏族の統制はゆるみ、封建制度も崩壊(政治)
    王への権力集中が進み、戦国の七雄から秦が台頭し、中国を統一(政治)
    王以上の称号の必要性から生まれた皇帝

 「漢字」が指定語句なので、ローマ字もしくはラテン語も使いたい。


 駿台予備校が発表した「分析シート」の解説はとても詳しく、参考になった。特に「一見、京都大のような300字論述×2と思えるが、単純に帝政確立までの政治史を羅列する問題ではない。……どのような「社会的変化」が政治にいかなる影響を及ぼし、政治体制の変化の原因となったのか?という因果関係に留意をしながら論旨を展開することが求められているのだ。」という指摘は、なるほどと思える。東進の分析「指定語句の「宗法」・「邑」から,設問で要求されている春秋戦国時代以前の状況説明も求められていることを見抜きたい。」という的外れな分析とは雲泥の差。だいたい解答例を二つ発表するということ自体、予備校としての力のなさを示しているように感じられる。
「社会的変化」に関して、中谷臣先生のブログ『世界史教室』の2016年8月27日のエントリーを読んでいた人は、ピンと来たのでは?
駿台はセンター過去問の解説も、いちばんいいと思う(青い表紙の『センター試験過去問題集』)。

解答例をつくってみたものの、あまり自信はない....。
【解答例】
ローマでは、ポエニ戦争でカルタゴを滅ぼした前2世紀以後、属州から安価な穀物が流入し始め、政治・軍事の担い手であった中小農民が没落した。この結果動揺した共和政を立て直すため実施されたグラックス兄弟の改革は失敗し、有力者が私兵を率いて争う内乱の一世紀となった。前1世紀初めには同盟市戦争がおこり、イタリア半島内の自由民に市民権が拡大されたが、この結果ローマは都市国家から半島全体の領域国家へと成長した。前1世紀後半、オクタヴィアヌスが地中海世界を統一してローマは多民族を含む帝国へと成長したが、共通語であるラテン語も帝国の統一に寄与した。また彼は元老院からアウグストゥスの称号を受け、事実上の帝政を始めたが、独裁を嫌うローマ市民に配慮し、市民の第一人者として元老院との共同統治という形式をとった。一方、黄河・長江流域では春秋時代以後、宗法にもとづく氏族の統制がゆるみ、氏族共同体が形成したも衰退したため血縁にもとづく封建制度は衰えた。さらに戦国時代にはいると有力諸侯が王を称し、自らに権力を集中させて富国強兵策をすすめた結果、戦国の七雄と呼ばれる七つの強国が並び立ち、互いに争った。この中から台頭した秦は他の6国を征服し、黄河から長江流域まで地域を統一した。秦王政は王に代わり皇帝を称し、郡県制にもとづく中央集権化を進めた。彼はそれまで地域ごとに異なっていた漢字も統一し、帝国の統一を進めた。(595文字)


「漢字」の語句は始皇帝の小篆から帝国の統一政策として使ってみたが、山川の『詳説世界史』の69㌻にある「中国文化圏の拡大と中国としての一体感」として使った方がいいかもしれない。駿台の分析で述べられている「この問題がなぜ中国という言葉を敢えて使わないか?」という点につながる。

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世界史の授業と「語り口」 [授業ネタ]

 高校で日本史や世界史の教師をしていると、歴史上の人物や事件のオモシロエピソードを紹介する機会は多い。エピソードを紹介する際、伝える手段として言葉だけで語るかそれとも文字を併用するかだが、私はプリントの余白や裏を使って紹介している。自分の記憶力に自信がないため、内容の正確さを期すということと、あとから見直すことが可能という二つの点からである。

 言葉だけで語るにせよ、文字で伝えるにせよ、「語り口」は重要だと思う。私が「語り口」の重要性を感じたきっかけは、『小学校歴史実践選書 歴史の授業の展開』(あゆみ出版)を読んだことであった。「紙芝居屋さんを見習う-語り上手になろう」「話の乱れは頭の乱れ-話し上手になるひけつ」「人を見て法を説け-話・説明・講義の区別」等を読んで、語る内容だけでなく、語り口もまた重要なことだと感じたものである。小川幸司先生の『世界史との対話』(地歴社)を読んだとき思い出したのが、「話の乱れは頭の乱れ-話し上手になるひけつ」の中の一文、「ランケもトインビーも、日本でいえば服部之総も羽仁五郎もひとかどの歴史家といわれる人は、いずれも風格のある話をする。日本の歴史を本気で子どもたちに教えるのなら、最も美しい日本語で、格調高く話をしようではないか。」という一節だった。
 
 内容やクラスの雰囲気に応じて語り口を変えることは重要だと思う。道端で排便中に暗殺されたカラカラ帝や新婚初夜に鼻血を出して死んだアッティラみたいな「お笑い系」のエピソードを紹介するとき、楽しそうな語り口(文体)でいくのか、それともあえて冷静にいくのかという点を、クラスのノリまで考慮した上で使い分けていくということである。以前紹介した『マスダ組提供歴史事典―ワールドワイドウェブ歴史奇譚 (別冊歴史読本)』(新人物往来社)は、マンガとともに笑えるエピソードを紹介した本だが、「語り口」という点でとても参考になる本であった。

 様々な点で衝撃的だったのが、兵庫県の田中忍先生より頂いた先生自作の副読本『世界史の飾り窓』(前編・後編)と『世界史漫才』(前編・後編)。前者は、面白いエピソードから教科書よりも深い解説まで、「教科書には出てこないが、自分が伝えたいこと」を全89回・185本の読み物でまとめてある。一方後者はタイトル通り、ヒトラーからゴルバチョフまで歴史上の人物・事件をネタにした漫才65本(プラスBONUS TRACK2本)が掲載されている。
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 「語り口」という点で、「だ・である調」の『飾り窓』と、漫才の台本形式で書かれた両者は大きく異なる。しかし共通して感じられるのは、「批判的に見て、そして考える」という姿勢。当然のことながら、『飾り窓』と『漫才』が目的としている点は同じだと感じた。世界史に興味を持ってくれる生徒がひとりでも増え、そして自分自身で社会に対する洞察力を磨いていって欲しいという願いである。
 なにより伝わってくるのは田中先生の情熱だ。これだけの分量をワープロで打ち、そして印刷・製本に至るまでに費やした時間とエネルギーを考えると、感服することしかできない。このような自作の副読本を配られた生徒は、それだけで先生を尊敬するだろうし、そしてまた、教師自身が楽しんでいけば、生徒も楽しんでくれるだろう。

 アクティブ・ラーニングという言葉が広がって、かなりの時間が経った。私の授業は語りがメインだったので、正直言ってまだなじめない部分がある。マルクスの『共産党宣言』風に、「教育界に妖怪が現れている。アクティブ・ラーニングという妖怪が。」という気分だ。しかしアクティブというのは身体的な動きだけでなく、脳のアクティブさをも含んでいる。「対話的な学び」に「先哲の考え方を手掛かりに考える」という例も示されていることは、それをよく示していると思う。『飾り窓』『漫才』のような取り組みが色あせることは決してないと感じている。

 ところでカラカラ帝は、軍隊とともに移動中、列を離れて道端で排便中に背後から刺殺されたと言われている。『ローマ帝国愚帝列伝』(新潮社)には「腰を屈めている皇帝の許に百人隊長が走り寄り、背後から渾身の力を込めて剣を突き刺す」とあるので、大きい方だと思ったが、Wikipediaには「軍列を止め、道端で放尿している所を後ろから刺されて絶命したとされている」とある。大?小?どっちだろう。
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「歴史総合」の授業を考える [授業研究・分析]

 去る12月21日、中教審が次期学習指導要領の改定案を答申した[http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1380731.htm]。これを受けて高校の新指導要領は2017年度中に告示され、2022年度から学年単位で実施されることになる。新課程ではおそらく「1年生で公共、2年生で地理総合と歴史総合、3年生で探求科目」ということになる可能性が高いから、歴史総合の授業は2023年度から正式にスタートすることになるだろう。2016年現在50歳の私は、2026年度いっぱいで定年退職となるわけだが、となると3年間は歴史総合の授業を担当しなければならない。大学でアクティブ・ラーニングにもとづく教授法を学んできた若い先生方の足を引っ張らないためにも、今から準備をしておきたい。
 これまで私は「教師は授業が勝負、本をたくさん読んで話題が豊富で、難関大の問題も解けて、受験指導ができる教師こそ理想像」と考えてきた。もちろん教師が勉強するのは当たり前、入試問題も同じく解けて当たり前、そもそも自分自身勉強が好きで、その楽しさを子どもたちに伝えたいと思って教師になったわけだから、前述の考え方が全面的に間違っているとは思わない。しかし、いま振り返って思うことは、こうした知識偏重的な考えが、結局のところ世界史Aを失敗科目としたのではないかということである。
 地理Aと日本史Aはわからないが、少なくとも世界史Aは失敗科目であった。2006年、全国的に世界史未履修が大きな社会問題となったが、その後は未履修逃れのために「世界史Aの看板で、実際は世界史Bの授業を行う」という学校が続出し、これが愛知県で不適切とされながらも今なお全国各地で行われているのは暗黙の了解である。歴史教科書では最大手の山川出版社に至っては『世界史A読本』などという、見方によっては悪い冗談としか思えないタイトルの冊子をつくっていたが、この冊子の需要がかなりあったということが実態を物語っている(最近は『書き込み教科書』を使っている学校が多い)。進研模試の「世界史B」で「近代から学んだ生徒向け」の問題が準備されていたり、熊本県の県下一斉テストの結果を見ると、教育課程上「世界史A」を履修しているはずの学校の生徒が、ほぼ全員古代オリエントや古代ギリシア・ローマの問題を選択しているという例もある。かく言う私も、2年生の世界史Aをルネサンス・宗教改革から始めることでなんとか不適切履修逃れをしているのが実態であり、やはり世界史Aは失敗科目だったと言わざるを得ない。
 
 新しく設置される「歴史総合」を「世界史A」の二の舞にしないためには、一体どうすればよいのだろう。一番簡単な方法は、「歴史総合」をセンター試験に入れないことではないだろうか。現行の「世界史A」は、「世界史B」のダイジェスト版というイメージは拭えない。このため、特に進学校といわれる学校では「ラベルは世界史Aだが中身は世界史B」という授業が横行することになってしまった。しかし、新たに設置される「世界史探究」の内容が、現行の「世界史B」に近い内容だとすれば、「歴史総合」と「世界史探究」はかなり違った内容になると感じている。したがって、「歴史総合」の看板で「日本史探究」や「世界史探究」を行おうという例は、あまり現れないのではないだろうか。もし「歴史総合」を受験科目化してしまえば、「受験にも使えるから」という理由で日本史専門の教師と世界史専門の教師が交互に授業を担当し、それも「世界史探究」と「日本史探究」の内容を教えるという事態にもなりかねない。こうなってくると、「歴史総合」は「世界史A」と同じ運命をたどることになってしまうような気がする。これを避けるには、「歴史総合の単独の問題」をセンター試験から外して、担当者が入試をあまり気にせずに授業を行える環境にしてくれるとありがたい。今のセンター試験では、「世界史Aは必修なのに入試に役立つ科目ではない、にもかかわらず受験を意識した授業をしなければならない、おまけにセンター試験の世界史Aは世界史Bと比べて難易度が低いとも言えない」というのが私の感覚である。確かに「入試科目にしないと勉強しない」という意見はもっともだが、大学入試センターウェブサイトで地歴のA科目受験者の数をみれば、「歴史総合」単独でセンター試験を行う必要性はあまり感じない。それよりも日本学術会議が今年の5月に出した「歴史総合」に対する提言[http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-t228-2.pdf]では、「入試科目としては「日本史B」、「世界史B」などと合わせて1科目にするという方法も考えられる。」という考えが示されているが、これには賛成である。新課程で「世界史探究」を課す大学は、センター試験・国公立大個別試験・私大を問わず、「歴史総合の内容を含む」という形式は、たいへんよいアイディアだと感じる(理科では行われている)。ただ心配なのは、「世界史探究」の内容(分量)である。もし現行の「世界史B」と同じ程度のボリュームならば、3単位で完結させることはかなり難しいのではないか。となると、また様々な問題が生じかねない。
 

 新科目「歴史総合」で、私が注目してる点をあげておくと、
「高等学校学習指導要領における「歴史総合(仮称)」の改訂の方向性」(文科省) http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/062/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/06/20/1371309_09.pdf

①「私たち」という当事者意識
  ・18世紀後半から現在 「近代化と私たち」
  ・19世紀後半から現在「大衆化と私たち」
  ・20世紀後半から現在「グローバル化と私たち」
 ②3点あげられている特徴
  ・世界とその中における日本を広く相互的な視野から捉える
  ・課題の解決
  ・歴史の学び方を習得

 上記の点には、日本学術会議の提言にある「能動的に歴史を学ぶ力を身につける」「世界と日本の歴史を結びつけて学ぶ」という内容も反映されていると感じている。

 以上をふまえて、「歴史総合」の授業案を考えているが、「単元の基軸となる問いを設け,資料を活用しながら,歴史の学び方を習得」するとあるため、授業は単元として構成し、「現代的な諸課題につながる」ように方向付けをしなければならない。「歴史総合」の教科書づくりは相当難航すると予想されるが(副教材=資料集づくりは、出版社も頭を痛めているようだ)、「歴史総合」の授業は「単元の基軸となる問い」をうまく設定できるかどうかにかかっている。生徒に対する評価を「問いに対する答え」でも行っていく以上、「単元づくり=授業づくりは問いづくり」になるような気がしている。

 最近読んだ本で、「歴史総合」の授業づくりに使えそうだと思ったのは、加藤陽子先生の『戦争まで』(朝日出版社)だ。先の大戦を考察するとき、加藤先生によれば日本は世界から「どちらを選ぶか」と三度問われ、結果として太平洋戦争への道を選んでしまった。三度とは、「リットン調査団への対応」「日独伊三国同盟」「日米交渉」である。加藤先生曰く、「この講義の目的は、交渉ごとに直面したとき、よりよい選択ができるように、シュミレーションしたことにある」と。交渉ごとに限らす、人生は選択の連続でもある。当事者としてよりよき選択を考えることは、主権者教育の一環としても適しているのでないだろうか。以下、加藤先生の著書をネタにつくった、「大衆化と私たち」に関わる歴史総合の試案である。


単元 「二つの世界大戦」(6時間構成)
  基軸となる問い:「第一次世界大戦後、国際協調の時代を迎えたにもかかわらず、第二次世界大戦に至った原因は何だろうか」
1時間目:総力戦としての第一次世界大戦
 「第一次世界大戦が、それ以前の戦争に比べて大規模になったのはなぜだろう」
2時間目:国際協調の時代
 「第一次世界大戦の反省は、どのような取り組みに現れているだろう」
 「日本は国際協調に、どのように関わったのだろう」
3時間目:世界恐慌のはじまり
「なぜアメリカで起こった株式の暴落が各国の不況へ波及したのだろう」
  (「経済の大衆化」)
4時間目:世界恐慌への対応
 「世界恐慌は世界にどのような影響をもたらしたのだろう」
  (「政治の大衆化」)
5時間目:第二次世界大戦の惨禍
「日中戦争・ヨーロッパの戦争・太平洋戦争の概要をまとめてみよう。」
6時間目:為政者としての選択~アメリカとの妥協か戦争か?
 「日本は、日独伊三国軍事同盟締結後に本格的な日米交渉を開始した。にもかかわらず、なぜ日本はアメリカとの戦争を選んだのだろう」


 「主体的・対話的で深い学び」という視点から、6時間目ではグループでの話し合いを取り入れたい。 「日本悪玉論」に陥らないように注意する必要があるし、またテーマやプロセスについて具体的に指示しないと、「活動あって学びなし」という身体的なアクティブさだけの授業になってしまうことにもなりかねない。ここは「話のもって行き方」をさらに検討したいところだ。

 これまでは「一歩下がって歴史事象を客観的に分析する」のが歴史の授業の王道だと思っていた。その考えを大きく変えざるを得なくなったという点で、私が体験する最後の改訂である新学習指導要領は、重い改訂である。


戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗

戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗

  • 作者: 加藤 陽子
  • 出版社/メーカー: 朝日出版社
  • 発売日: 2016/08/09
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



それでも、日本人は「戦争」を選んだ (新潮文庫)

それでも、日本人は「戦争」を選んだ (新潮文庫)

  • 作者: 加藤 陽子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/06/26
  • メディア: 文庫



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『社会科教育』2016年10月号(No.690) [授業研究・分析]

 今年の夏は宮崎県進学指導研究会と熊本県の学習指導要領研究会で、アクティブ・ラーニングについて話をさせてもらったが、冒頭「原理主義者で抵抗勢力の私がアクティブ・ラーニングについて語るのは適当ではないかもしれない」と冗談交じりで断ってから話を始めた。内容をかいつまんで言うと、
 ①授業が対話的・協働的・深い学びの視点から改善されていけばいい。
  教師が一方的にしゃべるだけにならければ、まずはそれでいい。
 ②入試問題をグループ学習で取り組ませれば、アクティブ・ラーニングになる。
  ネタはセンター試験で使われた統計資料や、単文論述。
 ③グループ学習だけがアクティブ・ラーニングじゃない。
  「静かなアクティブ・ラーニング」も十分アリ。

というところ。「授業時数が足りずに話し合いなどに時間がとれない中、何をどう工夫してるか」という実践報告と言った方がいいかもしれない。ちなみに②で使ったネタは、今年のセンター試験世界史B(本試)の問題番号12(国名を消して考えさせる)、2000年度センター試験世界史B本試験第1問B の軍事費の推移、1990年度センター試験世界史(追試)第1問D 欧米主要国の経済、1999年度 世界史A(本試) 第4問B の鉄道の営業キロ数( 吉岡昭彦『インドとイギリス』岩波新書のインドにおける鉄道、飢餓の国の貿易黒字)、井上勇一『鉄道ゲージが変えた現代史』(中公新書 の鉄道ゲージの話などを先に読ませる)。③では、増田義郎『略奪の海カリブ』(岩波新書)を読ませて、スティーヴン・スピルバーグ監督の映画『アミスタッド』の奴隷貿易船の様子を見せる。そして1990年の神戸市立外国語大の砂糖と奴隷貿易に関する問題を考えてみる、というところ。


 アクティブ・ラーニングに関する実に興味深い記事を読んだ。『アクティブラーニングは「3つの構造的限界」によって学力が育たないようになっている』というタイトルである。筆者は国語の指導で知られている福嶋隆史先生。
 https://mine.place/page/151097cf-77f1-439d-8dd0-9bb010ae30fe

「時間の限界」「評価の限界」「知的な限界」を提示した上で、それぞれ論証してあり、正直「その通りだ」と納得してしまった。「時間の制約」「個別評価の困難さ」については、これを危惧しない地歴科の教師はいないだろう。「知的な限界」については、私もかつて中学校の歴史分野の授業を見たときに感じたことだ。なかでも最も「わが意を得たり」と感じたのは、アクティブな精神活動よりも身体的なアクティブさの方を優先する風潮に対する危惧である。なお、「負の影響」も2点あげてあるが、この点に関して私は何とも言えない。

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 「個別評価の困難さ」について、雑誌『社会科教育』10月号(No.690)で「アクティブ・ラーニングで評価はこう変わる」という特集が組んである。珍しいことに、高大連携歴史教育研究会のウェブサイトでも紹介してあった。この雑誌は以前小中学校の教員が主なターゲットであったが、最近は高校の教員向けの記事も増えてきた。アクティブ・ラーニングの導入に最もとまどっているのは高校、それも地歴科の教師であり、読者も増えているのだろう。「アクティブ・ラーニング祭」が本格化して以降、以前よりもこの雑誌を購入する頻度は私自身増えている。そうした中、10月号の特集はこの一年間で最も面白く、読み応えのある記事が多かった。その中で、印象に残った記事を2~3あげておきたい。

 アクティブ・ラーニングに関する指導では著名な小林昭文先生の記事は、最も興味深いものであった。小林先生は高校の理科(物理)の先生なので、内容も一般化されてり、小中学校の社会科教師向けに書かれた記事よりもはるかにわかりやすい。定期試験の点数だけというのは、目から鱗である。アクティブ・ラーニングの目的は、アクティブ・ラーナー(「学び続けることを幹に持つ、未知な問題や状況にも果敢に挑戦するスピリットと行動力を備えた人」九州大学基幹教育院のホームページより)の育成だと私は考えているが、その点も結果として出ている。

 高校における歴史授業の実践例として竹田和夫先生の「アクティブは反転学習から、評価はペア・班別総選挙で!」も大変興味深い記事であった。ただ反転学習に関しては、高校で実施可能かどうか私は懐疑的な意見を持っている。福嶋先生の記事で「時間の限界」「評価の限界」「知的な限界」という点が指摘してあったが、『社会科教育』10月号でも似たような問題点は指摘されている。①時数が足りない、②もっと活発に議論させたい、③評価に時間がかかりすぎるという3点だ(74㌻)。「時間の不足」という切実な問題について『社会科教育』の記事は、「アクティブ・ラーニングの実施によって生じる授業時間の不足を反転学習で補う」という提案がなされている。しかし、数学や英語、国語といった「取り立てが厳しい教科」の強制的課題さえ提出しない生徒が多い学校では、反転学習の実施はムリだと思う。おそらく大部分の生徒にとって地歴科目の課題などに費やす時間はないだろうし、私自身も世界史の授業に関して、テスト前以外の日常的な家庭学習など期待してはいない。

 高校教師向けに「社会科授業で使える この数字・このデータ」という記事もあったが、期待が大きかっただけに、ガックリ度も高かった。世界史にしろ日本史にしろ、この記事で紹介されている事項を知らない高校の教師が果たしているのだろうか?「蒙古襲来」の民族構成から国際環境を扱うなら、文永の役と弘安の役の比較をさせて南宋滅亡などの国際情勢の変化までをとらえさせるべきだろう。「蒙古襲来絵詞」で蒙古軍が使用してる弓の形状の違いも使える。「図版・写真等を素材としてる例の方が多いような気がしている」という指摘も疑問だ。世界史のセンター試験では確かに図版・写真も数多く使用されているが、数字やデータの方が「考えさせる」度合いはずっと高い。



社会科教育 2016年 10月号

社会科教育 2016年 10月号

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 明治図書出版
  • 発売日: 2016/09/12
  • メディア: 雑誌



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アヘン戦争の絵 [授業ネタ]

 教科書を読んでいると、時々驚くような記述に遭遇することがあり、そんなときは本当にうれしくなる。最近だと、アヘン戦争で中国のジャンク船が爆発している図版の解釈。かつて熊本県の公立高校入試(社会)にも使われた有名な図版(こちら)だが、最近まで私は図版の右奥に見えるネメシス号が撃った砲弾がジャンク船に命中し、爆発したものだとばかり思っていた。

 しかし、かならずしもそうだとは言い切れないようだ。このことを知ったきっかけは、現在私が勤務している学校で使用してる教科書「世界史A」(東京書籍、世A301)に掲載されているこの図版の説明に疑問を感じたことだった。
 東書の「世界史A」では、この絵に関して「1841年1月、広州湾でイギリスの軍艦(右奥の帆がない蒸気船)に砲撃されるジャンク船がえがかれている。」という説明がついてるが、私が疑問を持ったのは、「帆がない蒸気船」という記述だ。熊本県の公立高校入試でこの絵が使われたときの問題は、「どちらがイギリスの船か、その理由もあわせて答えよ」というものだったと思う。そのとき、19世紀の蒸気船は帆も併用して航海し、風の影響を受けないようにするときは帆をたたむということを知り、「帆がない」という説明をした答案はすべて誤答として採点した。英語版Wikipediaのネメシス号の項目には、帆走してる図版が掲載されている。 https://en.wikipedia.org/wiki/Nemesis_(1839)

 このことがきっかけでネメシス号のことを調べているうちに読んだのが、大阪大学西洋史学研究室が発行している『パブリック・ヒストリー』第10号[http://www.let.osaka-u.ac.jp/seiyousi/JHP_10_2013.html]に掲載された、吉澤誠一郎先生の論文「ネメシス号の世界史」である(http://www.let.osaka-u.ac.jp/seiyousi/vol_10/pdf/JHP_10_2013_1-14.pdf)。この絵が二種類あるということにも驚いたが、もっと驚いたのは「ジャンク船を撃破しているのはネメシス号ではなく、右側の小さなボートの可能性がある」という指摘だった。以前、「蒸気船は、風や潮流に左右されずに大砲の照準を合わせることができたり、海上の障害物を撤去できたりしたから木造帆船より有利」(『ビジュアル版世界の歴史17 東アジアの近代』講談社、『世界の歴史25 アジアと欧米世界』中央公論新社)ということを読んだこともあり、「ネメシス号がジャンク船を砲撃・破壊してる」とばかり思っていた。
 吉澤先生の論文では「ネメシス号がロケット砲でジャンク船を砲撃し、破壊してる」という従来からの説が正しい可能性にも触れている。しかし、ネメシス号の果たした大きな役割は、喫水が浅いため陸戦隊を輸送・上陸させるという任務を担ったことや、ロケット砲(コンクリーヴ・ロケット)が威力を発揮できたのは相手が木造の船だったからという指摘は大変興味深い。「圧倒的な近代兵器の威力」というわけでもなさそうだ。

 現行の帝国書院の教科書『新詳世界史B』(吉澤先生も執筆者の一人である)は、吉澤先生の論文をふまえ、絵が二枚あることに触れており、小型ボートが砲撃しているという説をとっている。東京書籍の平成29年度版世界史A教科書も、帝国書院『新詳世界史B』とほぼ同じ説明に大きく変わっている。しかし実教出版の世界史A教科書(平成29年度版)は、「右奥のイギリス船が砲撃している」という説明のまま。実教の教科書が掲載してる絵は「小型ボートあり」の方だが、ネメシス号砲撃説をとっているプロジェクターなど使って、2枚並べて話ができれば面白いかも。


 先日、東京都立両国高校で「世界史Aの内容不足があり、在校生には補習授業をすることになった」という報道があった。私が最初にこのニュースを知ったのは、高大連携歴史教育研究会のMLからだったが、「内容不足」という言葉の意味が理解できなかったので、東京都教育委員会のホームページ[http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/2016/pr160923.html]をみたところ、ますますわからなくなった。以下のような記述である。
 
 東京都立両国高等学校において、保護者から第1学年で実施している「世界史A」の内容が不十分ではないかとの指摘を受け、東京都教育委員会において調査を行いました。  その結果、当該校では、平成24年度より、歴史の大きな流れについての理解を深めさせるため、前近代の学習内容を近現代の歴史的事象と関連させながら学習を行っていましたが、第一次世界大戦前後や冷戦の終結に関する内容など、関連させる近現代の内容の一部が不足していました。  なお、本件については、「世界史A」の内容が一部不足していたということから、未履修に該当するものではありませんが、不足を補うため、第1学年については授業計画を改善し、2・3学期で全ての内容を実施することとし、第2学年及び第3学年の該当生徒に対しては補習等を実施することとしました。

 「世界史Aの看板で世界史Bをやっていた」(数年前に愛知県で指摘されたこと http://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/30896.pdf)ということならば、アウトでも仕方ない。しかし、普通に進めていて時間が足りなくなっったということなら、どこの学校でも、どの教科科目でもおこりうることだろう.....と思ったのだが、「両国高校の1年生」という人から私のツイッターアカウントに届いたメッセージによれば、「世界史aという名目で世界史bという高度なところを教える」と保護者会では説明されたと。2chでも話題になっていたように[http://daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1474641770/](番号204の発言)、ネット上に残っていたシラバスをみると完全に世界史Bで、「第一次世界大戦前後や冷戦の終結に関する内容など、関連させる近現代の内容の一部が不足」どころの話ではない。「世界史Aの看板で世界史Bをやってた」と本当のことを言ってしまうと、影響があまりに大きくなるので配慮したのか?と勘ぐってしまう。この件がほとんど話題にもならず、東京の一つの高校だけで終わりそうなのも、様々な配慮が働いたのでは?とこれまた勘ぐってしまう。まぁ、現実的な対応を考えれば、こういうことに落ち着くのだろうが、「それはおかしい」という声が聞こえてこないのも、それでいいのかという気になる。

 来週は文科省から世界史の教科調査官の先生が来校するので、授業を見てもらう。フランス革命(2時間目)の予定なのだが、明日台風で休校決定。明日からの予定だった中間考査は日程が変更となり来週までずれ込む。最近台風で休校や授業カットが続き、「アメリカ独立」までの予定だった中間考査は産業革命までになってしまった。大丈夫か?



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受験指導とアクティブ・ラーニング [授業研究・分析]

 「今なお高校地歴科(なかでも歴史学習)は教師主導型授業の牙城であり、生徒の活動を重んじた先導的実践が行われ、学習指導要領の改善が度々図られてきたとはいえ、「極北の地」であることに異論はなかろう。」

 この一文は、神戸大学附属中等教育学校が文科省の指定を受けて開発した高校地歴科の科目「地理基礎」「歴史基礎」の「実施報告書Vol.2」(平成27年2月発行)の巻頭言である。私自身、まったく異論はない。これは何を意味しているのか。教員養成系大学で開発されてきた歴史の授業は、いずれも失敗だったということである。以前(7年前)にも指摘したことだが(http://zep.blog.so-net.ne.jp/2009-05-25)、状況的にはあまり変わっていないようだ。そして「極北の地」にもアクティブ・ラーニングが導入されることにより、教育現場はますます混乱しているように感じる。

 「最後に一つ課題として指摘したいのは、世界史教育への危機意識が弱いと感じられる点である。知識獲得型の講義授業も現状ではやむなしとしているが、日本の世界史教育は悠長にかまえていられる状況にはない。探求的世界史学習いつやるのとの問いには、「今でしょ」と即答していただきたい。」
 こちらの文章は、全国社会科教育学会が発行している『社会科研究』第79号(2013年11月発行)に、書評として掲載された文章の一節だ。こうした現場を無視した物言いが、「活動あって学びなし」の歴史授業(http://zep.blog.so-net.ne.jp/2014-02-23)を褒めそやす風潮を生んでいるのではないか。

 アクティブ・ラーニングに関する本はかなり読んできたが、その中で心に残ったのは次の一文。
「アクティブ・ラーニングというと、賑やかに活動している場面を想像しやすいが、「静かなアクティブ・ラーニング」も有効ではないか。他者とノートを静かに交流し合うことはもちろん、一人一人がテキストを静かに読み、その理解を文字化しながら考えを深めていく、これも静かな「アクティブ・ラーニング」。生徒が集中して静かに考え、それを言語化する場面の設定が重要だ。」
 これは『月刊高校教育』2015年11月号(特集「アクティブ・ラーニングは怖くない!?」)に掲載されていた「「生きて働く質の高い学力」を培うアクティブ・ラーニング」の中の一文。筆者の渡邉久暢先生は国語の先生のようだが、「静かなアクティブ・ラーニング」は、「深い学び」に通じるのではないだろうか。思索することも、歴史の授業では必要だと思う。

 そしてもう一つは、『すぐ実践できる!アクティブ・ラーニング 高校地歴公民』(学陽書房)という本。アクティブ・ラーニングで使う課題について「課題は、出張時などに生徒に取り組ませる自習課題をイメージしてください。」「(教科書の)指導資料の中にある問題例を課題として使用します。」「教科書指導資料に加えて教科書準拠のノートを生徒が購入していれば、ノートに載っている問題を課題としてそのまま使うことができます。」という紹介。これは使えそう。現場の先生方の視点は、現実に即している。




すぐ実践できる!  アクティブ・ラーニング 高校地歴公民 (アクティブ・ラーニング教科別実践法シリーズ)

すぐ実践できる! アクティブ・ラーニング 高校地歴公民 (アクティブ・ラーニング教科別実践法シリーズ)

  • 作者: 後呂 健太郎
  • 出版社/メーカー: 学陽書房
  • 発売日: 2016/04/19
  • メディア: 単行本



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『クロムウェル』(ケン・ヒューズ監督、1970年、イギリス) [歴史映画]

 たまたまヤフオクで見つけて購入したこの映画、意外な当たり。クロムウェル役は故リチャード・ハリス、一方処刑されるチャールズ1世は故アレック・ギネスという豪華な組み合わせ。リチャード・ハリスは『グラディエーター』(2000年)でマルクス・アウレリウス・アントニヌス帝を、また『ハリー・ポッター』シリーズの初期2作ではダンブルドア校長を演じた俳優であり、アレック・ギネスは『スター・ウォーズ』のオビ・ワン=ケノービ。つまり「魔法学校の校長にして哲人皇帝と、ジェダイ・マスターが対峙する」という、なんともマニア受けする映画だ。
 チャールズ1世の甥でルパートという人物が出てくる。演じているのは、4代目007ジェームズ・ボンドのティモシー・ダルトンで、このルパートがけっこう活躍するので調べてみたところ、なかなか興味深い人物である。彼は映画の中で「パラタイン伯」と呼ばれているが、Palatinateはドイツのプファルツ(ファルツ)のこと。母親はチャールズ1世の姉エリザベスで、父親がプファルツ選帝侯であった。ルパートの妹ゾフィーはハノーヴァー選帝侯妃となり、のちのイギリス・ハノーヴァー朝初代ジョージ1世を生むことから、ルパートはジョージ1世の伯父という関係になる。

 クロムウェルの苦悩する部分が強調されており、かなり好意的に描かれているが、一方でチャールズ1世も、処刑の際の堂々とした態度などこちらも好意的。処刑のシーンは、山川出版社の『世界史写真集』とほぼ同じなので、この部分を授業では使った。
 一番の見所は、エッジヒルの戦い(映画中では議会側敗北として描かれているが、実際は引き分け)→クロムウェルによる鉄騎隊創設→ネーズビーの戦いという流れで描かれてる迫力ある戦闘シーン。同じく17世紀の三十年戦争を描いた『アラトリステ』における戦闘シーンを大きく凌ぐスケール。『アラトリステ』の三十年戦同様、長槍(pike)の部隊が主力である。
 17世紀の議会の様子も、なかなか興味深い。ヨアン・グリフィス&ベネディクト・カンパーバッチの『アメイジング・グレイス』で見られる18世紀末のイギリス議会では、多くの議員が銀色の髪のカツラを着用しているが、『クロムウェル』で描かれている17世紀のイギリス議会では、議員の多くが黒い帽子と黒いコートを着用してる。

 古い映画なので、日本語吹き替えと英語字幕がないのが残念。



クロムウェル [DVD]

クロムウェル [DVD]

  • 出版社/メーカー: Happinet
  • メディア: DVD



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大学入学希望者学力評価テスト [大学受験]

 高大接続システム改革会議で公開された「大学入学希望者学力評価テスト」のイメージの例等(マークシート)には、世界史の問題が含まれています(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/033/shiryo/1367231.htm)。 この問題例で提示されていたグラフは、2013年の大阪大学の問題で使用されていた資料と同じでした。二つの問題とも、長期的なGDPの推移から、どれが西欧・中国・日本等を示しているかを推理するという点では共通しています。また問題の形式では、「会話調」という点でも共通点が感じられます。
 大阪大学の正答率はあまりよくなかったようで、翌2014年の問題では、会話文の中で前年2013年のグラフが再度取り上げられました。会話は高校生と先輩の大学院生との間で交わされているという設定で、高校生は「このグラフのAとBはどちらが中国で、どちらが西ヨーロッパかわからないんですが」と発言しています。この問いかけに対して先輩の大学院生は「Bに対抗してワッハーブ運動が起こったっていうんだから、Bが西欧だとわかるよね」と答えていますが、他の設問から正答を導き出せという指摘は、せっかくのよい資料が生かされていないという印象はぬぐえませんでした(http://zep.blog.so-net.ne.jp/2013-03-09)。
 一方、改革会議版の問題では、西欧と中国の区別は十分可能です。阪大の問題と改革会議の問題との資料提示の違いは、ヨーロッパと中国が逆転した19世紀前半の数値が、阪大版で提示されたグラフでは確認できない点にあります。19世紀前半の数値が含まれていれば、『VIEW21』6月号(ベネッセコーポレーション)の特集でも触れられているように、アヘン戦争以降の西欧と中国の逆転を想起することが可能となり、難易度はかなり下がります。むしろそのほうが多面的な思考が可能となるように感じますが。阪大2014年の会話文で触れられている「中国における17~18世紀の人口の変化」が、改革会議版でも使われていることから、改革会議版は阪大版を参照していることは明らかですが、完成度はかなり上がっていると言えるでしょう。
 小川幸司先生は『VIEW21』掲載の記事で、「考える授業への転換」のため「生徒を揺さぶる問い」が必要だと指摘しています。改革会議は、世界史の授業で重視すべき学習のプロセスと評価すべき具体的な能力を案として提示してますが、ざっくりとまとめてしまうと、森分孝治先生が主張していた「なぜか、という問いに対して説明できる能力」ということでしょう。そのためには、生徒に考えさせるネタが必要です。今年の1月に実施されたセンター試験の世界史Bでも統計資料を用いた問題が出題されていましたが(問題番号12)、このような資料は、大いに活用できるのではないでしょうか。

 さて、 8月8日に宮崎県の大宮高校で開催される宮崎県進学研模試問題作成力アップ研修会に講師としてお招きいただいております。精一杯頑張りたいと思っていますが、与えられたテーマの一つに「問題作成力を授業力向上にどのように結びつけるか」というものがあります。私自身まったく目途はついていませんが、ますます重要となるテーマだと思いますので、現時点での私の考えを述べさせていただきたいと思っています。私もいろいろとご意見をうかがいたいと思っています。
 この文章をお読みの方の中で、宮崎県の先生がおられましたら、前日から宮崎市内に宿泊しますので、7日の夜に情報交換をお願いできたら幸いです。私のツィッターまたはフェイスブックに連絡いただけたら有り難いです。よろしくお願いします。

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『アラトリステ』(アグスティン・ディアス・ヤネス監督、2006年、スペイン) [歴史映画]

【映画について】
アルトゥーロ・ペレス=レベルテによるスペインのベストセラー小説『アラトリステ』 (西: El capitán Alatriste) シリーズを原作とする初の映画化作品である。監督はアグスティン・ディアス・ヤネス。ストーリーは、映画化開始の時点で発表済みであった原作5作品の内容に加えて未発表部分までも網羅し、孤高の剣士アラトリステの20年余に及ぶ後半生を1本の映画に凝縮して描く決定版として制作された。アラトリステ役にはヴィゴ・モーテンセンを起用し、製作費にはスペイン映画史上の最高額となる2,400万ユーロが投じられた。スペインの映画賞、第21回ゴヤ賞(2007年)では、製作監督賞、美術賞、衣装デザイン賞の3部門を受賞。(Wikipediaより)

【ストーリー】
 17世紀初頭のスペインは欧州の強国であったが、アルマダの海戦で大英帝国軍に敗れてから、勢力は衰退しつつあった。国王フェリペ4世は寵臣オリバーレス伯爵(ハヴィエル・カマラ)に国政を任せていたが、国内外で様々な問題が持ち上がっていた。1622年、マドリード最強の剣客ディエゴ・アラトリステ(ヴィゴ・モーテンセン)は国王の傭兵としてフランドルの戦場に赴き、友人のグアダルメディーナ伯爵(エドゥアルド・ノリエガ)の命を救う。1年後、マドリードに戻ったアラトリステの元に、英国から来る2人の異端者を殺せと言う依頼が舞い込む。それは英国皇太子チャールズを抹殺するため、異端審問官ボカネグラと国王秘書官アルケサルが仕掛けた謀略だった。アラトリステは不穏な空気に気づき、寸前で暗殺を思い止まる。この事件からアラトリステは、アルケサルとその部下の殺し屋マラテスタに狙われ、オリバーレス伯爵から監視されるようになる。アラトリステは、フランドルで戦死した仲間の息子イニゴを引き取って育てていた。ある日イニゴはアンヘリカという美少女と出会い、恋心を抱く。アンヘリカはアルケサルの姪で、アラトリステの失脚を狙うため、イニゴを誘惑するよう差し向けられていたのだ。一方アラトリステは、旧知の女優で人妻のマリア(アリアドナ・ヒル)と3年ぶりに再会し、愛を交わす。1625年、アラトリステは、オランダ軍の要塞都市ブレダを陥落させる戦いで活躍する。10年後、グアダルメディーナ伯爵の指令で国王の金塊を奪還するため、アラトリステはフランドル船に乗り込む。そこで殺し屋マラテスタと対決し、返り討ちにする。アラトリステは、夫が余命幾ばくもないマリアと人生を歩む決意し、愛の証として美しい首飾りを贈ろうとする。成長したイニゴ(ウナクス・ウガルデ)はアンヘリカ(エレナ・アナヤ)と再会し、イタリアへの駆け落ちを誓う。しかしアラトリステとイニゴの愛は宮廷の思惑によって引き裂かれ、彼らは壮絶な運命を辿っていく。
(KINENOTE http://www.kinenote.com/ より)

【見所など】
 ベラスケス関係のネタが出てくる。命拾いをしたグアダルメディーナ伯爵が、アラトリステを自邸に呼んで密談するシーンで、新しい宮廷画家としてベラスケスの絵「セビリアの水売り」を見せる。また、山川の『世界史写真集』収録の「ブレダの開城」のもととなったブレダ包囲戦の模様は映画中でも描かれており、ベラスケスの絵も登場する。ブレダ攻城戦では、この映画で描かれているとおり、地下の坑道を使った戦いも行われた。国王フェリペ4世は、ベラスケスの「女官たち」で、妃とともに鏡の中に描かれている。
三十年戦争の戦争シーンも興味深い。映画のクライマックスはラクロワの戦い(1643年)で、史実でも数に勝るスペイン軍がフランス軍に敗れている。山川の『世界史写真集』収録の三十年戦争の図で、まるで古代ギリシアのファランクスのような陣形をとっている点にどうも違和感があったのだが、この映画でスペイン軍が「テルシオ(Tercio:スペイン方陣)」という方陣を組んでフランス竜騎兵に対応するシーンをみて、なるほどこういうものかと納得。三十年戦争へのフランス参戦に衝撃を受けた宰相オリバーレス伯爵が、リシュリューとの交渉を画策する場面も出てくる。
 映画全体を、「17世紀の一傭兵の生涯」という視点で見ると、面白いと思う。

【字幕における誤訳問題】
 詳細はこちらのエントリーを参照。
   http://grandesas.exblog.jp/11870355/
 上で引用したKINENOTEのストーリーは、「誤訳版」によっている。映画を観ないでこのブログ記事だけ読むと、たいした違いではないように思われるが、「結婚を決意した」という理解で映画を観ていくと、後半アラトリステが病床のマリアを見舞うシーンがまったく意味不明になってしまう。




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