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パワポで世界史の授業 [授業研究・分析]

 マイクロソフト社のプレゼンテーションソフト、「パワーポイント」(以下パワポ)を使い始めたのは、10年ちょっと前のこと。島根県立松江教育センターでの「授業力向上セミナー」(2007年)とか、九州高等学校歴史教育研究協議会大分大会(2009年)の時にはパワポを使ったプレゼンを行ってきたが、授業で使ったことは全くなかった。NHKの「わくわく授業」収録の時には、「テレビに映るんだから、カッコいい授業をしたい」と思ってパワポ使おうとしたら、NHKのディレクターさんからストップがかかった。現在はどうなっているか知らないが、10年くらい前はパワポ使う場面が番組に映り込むとマイクロソフト社からクレームがきていたらしい。

 今年の九州高等学校歴史教育研究協議会(長崎大会)の全体会で、開催県である長崎県からは、パネルディスカッションの報告が行われた。「歴史教育におけるICT活用について」というテーマのパネルディスカッションである。ディスカッションの前に事前のアンケートもとられているが、集計結果を見る限り「ICT活用の効果は認める」が、「機器の整備や活用スキルの問題から、なかなか使えていない」「あくまで手段であり、本質ではない」という考えが見えてくる。後者の意見に関して言うと、ICTというよりもパソコン関係一般についても言えることかもしれない。柳原伸洋先生は「インターネットと世界史教育は相性がよくない」「多くの教育者は、インターネットを敵視しているきらいがある」と指摘しているが(「インターネット時代と世界史」、勉誠出版『地域から考える世界史』に収録)、さきほどの「ICT機器の活用はあくまで手段であり、本質ではない」という考えに通じるような気がする。

 私自身について言えば、パワポは使ってないが、機器の活用には熱心な部類だと思う。3年生の授業は、プロジェクターが使える教室が空いているときはそちらの教室を使うようにしている。
ブログの過去記事から
「ICTを使った世界史の授業」http://zep.blog.so-net.ne.jp/2014-07-25
「新聞記事を使ったアクティブラーニング:現代社会
http://zep.blog.so-net.ne.jp/2015-07-28

 ICT機器を使った授業を、生徒はどう感じているのだろうか。私が熊本北高校で担任していた3年1組の学級日誌に、男子生徒が以下のような文を書いていた(原文のまま)

平成27年7月31日 雨   今日の世界史は電子黒板を使った授業でした。昨日から楽しみにしていて、その期待を裏切らない性能でただ驚くばかりでした。今日、一部マスコミで騒がれている、教育のデジタル化。ある知識人は「百害あって一利なし」と言っておられました。私は今回の授業のように、先生方のみ使用するのであれば導入してもよいと思います。なぜなら生徒ひとりずつに配ると、必ず機械を無駄に触る者が出てくるからです。パソコン室での授業がよい例でしょう。先生方のみが使用するのであれば上のようなことは起こらないと思います。

 これは夏休みの課外授業の際、浜島書店の『デジタルアカデミア』を使ってみたときの生徒の感想であるが、生徒一般の意見として、地図の拡大縮小や移動方向の図示、美術作品の解説はとてもわかりやすいとのこと。

 現在使っているのは浜島書店の『デジタルアカデミア』だけであり、あくまで「理解を助ける」という目的である。授業そのものをICTで行っているわけではない。授業は穴埋めプリントと板書で行っている。しかし最近は、社会系の授業でパワポを使っている先生も多いようだ。「パワポ世界史」で検索してみると、様々なコンテンツがヒットする。

 私自身は、これまで授業でパワポを使ったことはない。できればやってみたいとは思っているのだが、「スライド作るのが億劫」という実に後ろ向きの理由が、使っていない理由である。一枚のスライドにはいる文字数には限りがある。一時間の授業で必要なスライドの枚数は、いったいどれくらいになるのか。もし挫折して年度途中から板書に逆戻りになったらカッコ悪いし....など様々な不安が頭をよぎる。

 そして今年購入したのが、実教出版の「教育支援デジタルコンテンツ 世界史共通」である。正直、「今の若い先生たちは楽チンでいいね」と皮肉の一つも言いたくなるほどの収録内容であった。これまでも、一問一答や定期考査問題例、白地図ワーク、教科書本文などは各社の教師用ROMに収録されていたが、パワーポイント用スライドを収録した商品は、初めて目にした。「黒板用(背景が文字は白、重要事項の文字は黄色)」と「ノーマル版」の内容が同じスライドが2種類、スライドに対応した穴埋めプリント&解答も収録されている。その他、「各国史プリント」「テーマ史プリント」(いずれも問題形式)など課外授業でも使えるだろう。いずれもWord形式のファイルなので、自分用にカスタマイズできる。スライド中の「Link」をクリックすると画像データに飛び、さらに重要部分は拡大される。例えば「大航海時代」だと、Linkでコロンブスの航路データに飛び、さらに航路部分が拡大されるという流れ。実教さん、勝負に出たな!という感じだが、横綱山川も来年3月にパワポ教材を発売するとのこと。

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メニューはこんな感じ


 先日、「パワーポイントのスライドを使った授業が恐ろしくつまらない理由」という記事[http://blog.share-wis.com/?p=457]を目にしたが、「つまらない理由」は「追体験を発揮しづらい」という指摘だった。この指摘に関して言うと、世界史の場合は空欄とアニメーションを使って十分クリアできるのではないかと思う。3年生から中国史の解説をして欲しいという要望があるので、そこで実教世界史のパワポをテスト使用してみようかと考えている。

 現時点では、浜島の『デジタルアカデミア』が世界史関係ではベストだと思っているが、先日、ある会社から「『デジタルアカデミア』のような資料集ソフトに動画や音声を入れた商品に魅力を感じるか」と尋ねられた。大いに感じる。
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ボックス入りコンパス [コレクター道②コンパス(羅針盤)]

 アメリカのJohn E. Hand & Sons Company(フィラデルフィア)製の船舶用コンパス。銅製のボックスに固定されている。高さ約20センチ。

 アメリカンなゴツい感じが好き。ハコの傷や凹みも、使い込まれた感が出てて味がある。

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『ショア』(クロード・ランズマン監督、1985年、フランス) [歴史映画]

 クロード・ランズマン監督の『ショア(SHOAH)』は、ナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)をテーマにしたインタビュー映画である。強制収容所から奇跡的に生還したユダヤ人、彼らを日常的に目撃していたポーランド人、そしてユダヤ人を死に追いやる側だった元ナチスのドイツ人たちといった、生き残った人びとへのインタビューから構成されている。タイトルの「ショア(ショアー)」は、「絶滅」を意味するヘブライ語で、ランズマン監督はいずれの国においても公開の際はこのタイトルにするよう強く主張したという。確かに、祝祭的なニュアンスを持つ「ホロコースト」よりも、直接的でふさわしいように思われる。

 本国フランスで公開されたのは1985年で、日本ではそれからちょうど10年後の1995年に日仏学院で初めて公開され、1997年には商業上映された。上映時間9時間30分。ブルーレイ・ディスクは3枚組である。撮影フィルムは350時間に及んだという。

 私はこの映画のことを知ったのは、小川幸司先生の『世界史との対話』であった。2012年当時『ショア』の日本版DVDは入手困難で、中古であっても高額で取引されていた。テキスト版(日本語)を購入して読んでみたが、読者のイマジネーションにすべてをゆだねるという点においてひとつの作品である。訳者による解説も読み応えがある。しかし、映画版の衝撃はテキスト版をはるかに凌駕していた。

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 ポーランドのヘウムノ村で歌っていた歌、ヘウムノ村から生還者が語りながら見せる微笑み、インタビューを取り巻くポーランド人たちが見せる笑顔.....中でも印象深いのはトレブリンカ駅における機関車のエピソード(日本語版テキストのカバー写真と、DVDボックスのケース写真に使われている)だった。言葉はないのでテキスト版本文に記述はないが、解説で紹介されている。「ガフコフスキは、思わず手を喉にあて、「首を切られるぞ」という合図をする」。その合図は3回。はテキスト版を読んでから映画を見ると、より理解が深まると思う。

 9時間半という長さにもかかわらず、思わず見入ってしまうのは、場面の変わりが早いこと、(撮影当時の)ヨーロッパの風景の寒い美しさ、そしてランズマン監督の容赦のなさ。元SS隊員に対して容赦ないのはともかく、彼は生き残ったユダヤ人に対しても容赦しない。とりわけ印象深いのが、トレブリンカ収容所でユダヤ人女性の髪を切る仕事に従事していた男性へのインタビューだった。まるで無理矢理当時に引き戻すかのように、理髪師として働く彼に、ランズマン監督は客の髪を切らせながらインタビューする。彼が悲しみで沈黙してる間もカメラを回し、さらに「さあ、話して」「話すんだ」と要求するランズマン監督の姿勢には執念を感じる。私にはとても真似できない。
 この床屋の男性のエピソードは、ユベール・ティゾン「フランスでショアーを教えること」(『歴史地理教育』2017年3月増刊号「文学・絵画・映画で学ぶアジア太平洋戦争」)の中で、「クロード・ランズマン監督の『ショアー』に出てくる理髪師の証言は、シークエンスとして厳しすぎる。流す映像は13分を超えるべきではないだろう。」と触れられている。約20分である。
 
 
 ランズマンがインタビューの最後で語っている「私はすべてを語るべきではなく、人々が自らに問いかけるべきなのだと思ったのです」という言葉が心に残っている(『現代思想』1995年7月号)。主体的、対話的そして深く歴史と関わるためには、ランズマン監督が「いったい何があったのだろう」と疑問を持ったように、過去へ主体的に問いかける(疑問をもつ)ことから始めなければならないように思われる。


 私が購入したのは、ブルーレイのボックスセット『クロード・ランズマン決定版BOX』。セットの内容は以下の通り。

①「SHOAH ショア」ディスク1~3
②「ソビブル、1943年10月14日午後4時」ディスク4
「ショア」の後半で語られる、ソビブル収容所におけるユダヤ人による武装蜂起の計画と挫折。
③「不正義の果て」ディスク5
アドルフ・アイヒマンが大戦中、世界を欺く為に設立した「模範収容所」テレージエンシュタットの真実を、同収容所の生還者の証言で明らかにした作品。




クロード・ランズマン決定版BOX [Blu-ray]

クロード・ランズマン決定版BOX [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • メディア: Blu-ray



ショア [DVD]

ショア [DVD]

  • 出版社/メーカー: ジェネオン エンタテインメント
  • メディア: DVD



SHOAH ショア(デジタルリマスター版) [Blu-ray]

SHOAH ショア(デジタルリマスター版) [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • メディア: Blu-ray



SHOAH ショア(デジタルリマスター版) [DVD]

SHOAH ショア(デジタルリマスター版) [DVD]

  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • メディア: DVD



ショアー

ショアー

  • 作者: クロード ランズマン
  • 出版社/メーカー: 作品社
  • 発売日: 1995/06
  • メディア: 単行本



『ショアー』の衝撃

『ショアー』の衝撃

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 未来社
  • 発売日: 1995/06/01
  • メディア: 単行本



声の回帰―映画『ショアー』と「証言」の時代 (批評空間叢書)

声の回帰―映画『ショアー』と「証言」の時代 (批評空間叢書)

  • 作者: ショシャナ フェルマン
  • 出版社/メーカー: 太田出版
  • 発売日: 1995/09
  • メディア: 単行本



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アンティークなポストカード [コレクター道④古いポストカード]

 「100年前のモノ」というと高価なアンティークが思い浮かぶが、私が集めているのは絵ハガキ。当時書かれた内容がそのまま残っているものが好きで、ebayやヤフオクで良いモノがあれば時々購入している。値段は1枚100円~高くても1000円程度なので、値段的にも手頃である。同僚の結婚式の引き出物(カタログギフト)が入ったアルバムがちょうど収納に良かった。

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 当時の人は本当に綺麗な字を書く。書いてある内容が分かれば、なお楽しいんだろうけど。達筆すぎて分からない。消印を見るのも楽しい。「1914」「1917」「1919」といった大きな事件が起こった年の消印を見つけると嬉しくなる。

 
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桃木至朗 監修/藤村泰夫・岩下哲典 編『地域から考える世界史~日本と世界を結ぶ』 [歴史関係の本(小説以外)]

 高校の世界史は、「何でもあり」である。文化史では理系の学問も扱うので、理系の知識があるに越したことはない。「17~18世紀のヨーロッパ文化」の項目で、気体力学のボイルという科学者の名が出てくる。十数年前、愛媛県の伊方原発の見学に行った際、途中立ち寄った(たぶん)道の駅で不思議な水槽を見た。水槽本体からお椀を半分に切った形状の飛び出しがあり、魚が泳いでいる。魚に触れようと思えば、触れることができる。ところが蓋ははないのにその部分から水が溢れてこない。なぜ?と私が首をひねっていると、ある先生が「ボイルの法則」で空気の圧力が蓋代わりになっていることを教えてくれた。それ以来、授業ではこのエピソードでボイルの法則を説明している。

 自分が書いた文章が掲載されている本で恐縮だが、高校世界史の「何でもあり」感を、いい意味で示しているのがこの本だと自負している。貧困や自然災害といった現代社会が直面している問題から、「こんな授業をやってみた」という実践まで内容は多岐にわたるが、いずれも「いま自分が住んでいる身近な空間と、世界史のつながりを考察することで、多文化共生社会を実現したい」という共通意識は読者の方々に伝わると感じている。特に第3章の4論考は、教科としての世界史が直面してる諸課題を明快に示している。執筆陣は大先輩から私よりも10歳以上若い先生まで幅広いが、それぞれに示唆に富む内容だ。中でも柳原伸洋先生の「インターネット時代の世界史」は、われわれ世界史教師がインターネットとどう向き合うかという問題を提起しており、実に興味深い。先日も国語の先生が、ネットから拾ってきた古典の訳を書いて提出した生徒を怒鳴りつけていたが、正直私はその生徒に感心したものである。また篠塚明彦先生の「世界史未履修問題に見る世界史教育の現実」は、大学や大学院で開発された授業が、実際の現場ではほとんど関心を持たれていないのはなぜか?という問いに答える論考。先日ある首都圏の大学の歴史の先生からは、「前近代しか習っていないという学生は多い」という話を聞いた。世界史Aの看板で、世界史Bをやってる学校はまだまだ多いようだ。「のど元過ぎれば云々」の現状と背景もよく示されている。
 大規模校でも世界史担当の教員は2人程度だと思われる。なかなか授業や教科教育について語り合う機会はないだろう。原田智仁先生は本書で「世界史は滅亡前のオスマン帝国のような瀕死の病人」と表現しているが、確かに高校世界史はとくに進学校(最近は「自称進学校」という不愉快な言葉を教師自ら使っているが)で不良債権化しつつある。そうした状況下で、何のために世界史の授業をやるのかを再考する機会として、本書を読み込んでいきたい。


 
【目次】
監修者はしがき 桃木至朗
序言 藤村泰夫
【特別寄稿】グローバル社会に求められる世界史 出口治明

第1章 中高生による地域再発見
・ダブルプリズナーの記憶―生徒に受け継がれる「思考の連鎖」― 野村泰介
・戦争遺跡・亀島山地下工場の掘りおこし―「地域」と「民族」の発見― 難波達興
・アフガニスタンから山口へ―尾崎三雄氏の事例から― 鈴木均
・「山口から考える中東・イスラーム」高校生プロジェクト 磯部賢治
・「青少年近代史セミナ-」の意義―世界史をどこまで実感するか― 川上哲正
・地域の歴史から日中交流へ―熊本県荒尾市における宮崎滔天兄弟顕彰事業の取組― 山田雄三・山田良介

第2章 多様な地域と多様な「教室」
・日本海は地中海か?―網野善彦から託された海がつなぐ歴史・文化の学び― 竹田和夫
・ムスリムに貼られた「レッテル」の再考―東京ジャーミイを事例として― 松本高明
・ALTを通して学ぶ世界史 百々稔
・日米双方の教科書を用いて学ぶ戦後史―アメラジアンの子どもたちとともに― 北上田・源世界遺産から考える地域と世界史 祐岡武志
・博物館と歴史研究をつなぐ 赤澤明
・地域における歴史的観光資源の開発と活用―観光系大学学部ゼミナールでの教育実践からの考察― 岩下哲典

第3章 世界史教育の現在と未来
・二一世紀の世界史学習の在り方―自主的な世界史像の形成をめざして― 二谷貞夫
・世界史未履修問題に見る世界史教育の現実 篠塚明彦
・社会知・実践知としての世界史をもとめて 原田智仁
・インターネット時代の世界史―その問題性と可能性― 柳原伸洋

第4章 地域から多文化共生社会を考える
・多文化共生社会をつくる―「地域から世界が見える」― 三浦知人
・地域における多文化共生と世界史教育―熊本県における事例から― 平井英徳
・塾「寺子屋」の可能性―横浜華僑華人子弟の教育― 符順和
・在日外国人生徒交流会の成果と課題 吉水公一

第5章 現代社会が抱える問題に向き合う
・地元志向と歴史感覚―内閉化に抗う歴史教育― 土井隆義
・世界史のなかの貧困問題―「貧困の語り」をとらえる 中西新太郎
・日本人の聖地伊勢神宮から考える世界史―自然と歴史の相関関係 深草正博
・災害と人類の歴史 平川新
・ヒロシマ・ナガサキからイラク・フクシマへ―核の脅威を考える― 井ノ口貴史

終論 桜井祥行
あとがき 原田智仁




地域から考える世界史―日本と世界を結ぶ

地域から考える世界史―日本と世界を結ぶ

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 勉誠出版
  • 発売日: 2017/10/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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『ぞうれっしゃがやってきた』と『猫は生きている』~2冊の絵本 [授業ネタ]

 『文学・絵画・映画で学ぶアジア太平洋戦争』(『歴史地路教育』2017年3月臨時増刊号)巻末の「教材と資料」の一覧表を見て、様々な思いにとらわれる。それぞれに名作だと思うが、中でも私の心に残っているのが、『ぞうれっしゃがやってきた』と『猫は生きている』の二冊の絵本だ。

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 インディラ=ガンディーの説明として正しいものを一つ選べ。
  ① 夫はセイロン(スリランカ)首相であった。
  ② 夫はバングラデシュ大統領であった。
  ③ 父はパキスタン大統領であった。
  ④ 父はインド首相であった。
               (1996年 世界史 本試第4問)

 南アジアの女性政治家の多くは,有力な政治家の妻や娘であり,例えばインディラ=ガンディーは,インドの初代首相であった写真の人物(次図参照)の娘であった。写真の人物について述べた文として正しいものを,以下の①~④のうちから一つ選べ。
  ① 毛沢東とともに平和五原則を発表した。
  ② 首相在任中,中印国境紛争が起こった。
  ③ プールナ=スワラージ(完全独立)を要求する決議に反対した。
  ④ インド国民会議の創設に参加した。
               (2003年 世界史B 本試 第4問B)



 「インディラ」といえば、戦後ネルー首相が日本に贈った象の名前だが、ネルー首相が象を贈るきっかけの一つは、戦後まもなく、象を見るために全国から名古屋の東山動物園(戦争中も2頭の象を飼育し、戦後まで飼育を続けていた)を目指してやってきた象列車であったという。私は象列車と象のインディラのことは知っていたが、この二つの出来事に関係があったことは、以下の文章を読むまで知らなかった。
http://spijcr.mithila-museum.com/topics/zou/zou.html

 事実は小説よりもドラマティック。絵本では「ぞうのおりのつうろに、軍馬のえさが、つみこまれました。しいくがかりのおじさんたちは、それをこっそりぬきとり、ぞうにあたえました。」とあるだけだが、当時の東山動物園で軍馬を飼育していた獣医の三井高孟氏(軍属で階級は大尉)は飼育員が兵糧の中から象の餌となるフスマを盗んでいたのを黙認し、さらに兵士に命じてわざと象舎の通路にそれらの穀物が入った袋を置き忘れさせた事もあったという。 http://mi84ta.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/3-96bb.html


 もう一冊、『猫は生きている』は早乙女勝元さん原作の絵本で、絵は田島征三さん。東京大空襲を題材にした絵本である。野良猫「稲妻」母子と、猫一家を見守る昌男一家(父親は出征中)の強さと優しさ、たくましさが、田島さんの迫力ある絵と相まって印象深い秀作である。私は小学生の頃学校の体育館で、この絵本を元にした人形劇映画を観たが、稲妻が子猫たちとともに飛び上がるシーンが今でも心に残っている。いま読み返すと、野良猫一家を絶対家にはあげない厳しい母親だが、それもわが子を思えばこそ。猫一家の奮闘を見て「ちゅんと鼻水をすすりあげ」、空襲でともに子どもを連れて逃げる稲妻の頭をなで、稲妻の姿を思い出しわが子を守ろうとする母。この絵本の主人公は、稲妻と昌男の母親だろう。
 私が最近好きなマンガは、深谷かほるさんの『夜廻り猫』と、武田一義さんの『ペリリュー~楽園のゲルニカ』だが、『夜廻り猫』で主人公の野良猫、遠藤平蔵が(「おまえ」ではなく)「おまいら」「おまいさん」というセリフを口にするたび、『猫は生きている』のラストを思い出し、胸が熱くなる。最後の力を振り絞って猫一家を助けようと「行け、おまいたち!」と言葉をかける昌男。猫一家の無事を確認した昌男は力尽き、安堵したように川の流れに身をまかせ水の中に消えていく。昌男のおかげで難を逃れた猫一家は、彼の母親を発見し....『ぞうれっしゃ』と異なり、非情な結末ではあるが、子ども向けのこうした絵本も貴重だと感じる。昌男の母親の顔をなめる猫一家の部分は、50歳を過ぎた私が読んでも目頭が熱くなる。
 人形劇映画DVD推薦のことばで、作者の早乙女さんは次のように述べている。
http://www.hminc.jp/lineup/neko/nekokaisetu.html
「私は「猫は生きている」を子供たちに見せるにあたって、戦争の悲惨さはもちろんのことですが、実はそれよりも先に、子を思う母の気持ちを、その愛の強さと尊さを、きちんと伝えたいのです。子を思う母の気持ちは、必ずしも人間ばかりではありません。その辺のどこかの家の床下に住む猫チャンだって同じです。人間のみならず、他の生物の愛情まで否定するのが戦争なのでしょうか。それならば、戦争勢力をうちのめす強い愛もなくてはなりません。それが、今日の本物の人間愛ともいえるのではないでしょうか。」

心に残る言葉だ。


ぞうれっしゃがやってきた (絵本ノンフィクション 23)

ぞうれっしゃがやってきた (絵本ノンフィクション 23)

  • 作者: 小出 隆司
  • 出版社/メーカー: 岩崎書店
  • 発売日: 1983/02/25
  • メディア: 大型本



猫は生きている (理論社のカラー版愛蔵本)

猫は生きている (理論社のカラー版愛蔵本)

  • 作者: 早乙女 勝元
  • 出版社/メーカー: 理論社
  • 発売日: 1973/10/01
  • メディア: 単行本



文学・絵画・映画で学ぶアジア太平洋戦争 2017年 03 月号 [雑誌]: 歴史地理教育 増刊

文学・絵画・映画で学ぶアジア太平洋戦争 2017年 03 月号 [雑誌]: 歴史地理教育 増刊

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 歴史教育者協議会
  • 発売日: 2017/03/14
  • メディア: 雑誌



夜廻り猫(1) (ワイドKC モーニング)

夜廻り猫(1) (ワイドKC モーニング)

  • 作者: 深谷 かほる
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/03/23
  • メディア: コミック



夜廻り猫(2) (ワイドKC モーニング)

夜廻り猫(2) (ワイドKC モーニング)

  • 作者: 深谷 かほる
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/03/23
  • メディア: コミック



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世界史の定期テスト問題 [その他]

 数年前に比べると、最近の『社会科教育』はおもしろい。昔は対象がよくわからない中途半端な記事も多かったが、最近は執筆陣のレベルも上がっており、高校教師向けの記事も増えている。11月号は、「考える力を高める難問・良問チャレンジ40選」という特集。

 以前三城俊一先生が作成された、第一次世界大戦中のイギリスによる多重外交を説明するLINEのトーク履歴画像がホントによく出来ていてに面白かったので、「これは試験問題に使えそう」とツィートしたことがある。
https://twitter.com/hirai_h/status/911495223544487936
 先日、ルイ16世のツイッターアカウントという設定で作成された世界史の定期テスト問題を目にした。中間テストでフランス革命とナポレオンだから、世界史Aであろう(うちは産業革命までだった)。https://pbs.twimg.com/media/DMd017RU8AEYBJt.jpg

 この問題、私はよく出来ていたと思うし、こんな問題を作ってみたいと思っている。細かいツッコミは出ていたが(例えば、「アカウント名はruiではなくlouisに」とか)、それもまた読んでて楽しいものであった。しかし、同業者たる教員からの反応は今ひとつであったのは実に興味深い。教師アカウントが出題者のパーソナリティを主に取り上げて批判しているのに対し、非教師アカウントは問題の形式を肯定的に取り上げている点もまた興味深い。
 ツイッター上で教員(あくまでアカウント主が「自分は教員だ」と言っているだけであり、ツィートしてる人物が本当に教員かどうかは真偽は不明である....実際、「ツイッターなのでどこまでが本当なのか見た方にお任せしてます」とツィートしてる自称教員のアカウントも実在する)が出したコメントをいくつか拾ってみる(わかりやすい表現に変更したものもある)。
 ・テストに受け狙いは不要
 ・授業プリントだったらとてもいい教材
  (テスト問題としては不適切という意味だろう)
 ・起案の時点で教務から却下されそう
  (テスト問題に起案が必要という点に驚いた)
 ・言葉遣いが不適切で、ルイ16世の人格を生徒が誤解する
 ・こういうテストを出題する教員は如何なものか
  (内容よりも教師のパーソナリティに対する批判だと思われる)
 ・学校のレベルに合わせたテストではないか
 ・TPOを間違えている
 ・このテストは次元を超えている(文脈から判断して否定的なコメント)
 ・私立の進学高校だったらクレームが入ってくる

 「生徒視点で見れば楽しいだろうけど、教員目線で見るともう少し考えられなかったのかなと思います。面白いけど!!」というコメントもあったが、私は十分考えられた試験問題だったと思う。「テスト問題としては不適切だが授業プリントならいい教材」という意見には、「え?なんで?逆ならわかるけど?」というのが私の感想。基礎→応用と段階を踏むのが普通だと思うのだが。
 言葉遣いについては「このセリフ調の文面が如何にも生々しくてTwitterらしい」という意見も見られた。おそらく「なう」「w」の表現を指しているのだろうが、私は作成者の場を読む柔軟なセンスを感じている。なお、ツイッターの特性上、過去の事件が新しい事件よりも下に表示されるという点は仕方ないと思う。順序が逆だという指摘については、「流れについては歴史のテストだから順序的にって感じがします。」という意見があり、同意。「学校のレベルに合わせたテスト」「私立の進学高校だったらクレームがくる」は、いちばん不快なコメント。「自称進学校」とか、エリート意識丸出しの言葉を使う教師。

 クオリティが高い問題を作るには、勉強しなければいけない。このルイ16世の問題を例に取ると、ツィートの時点を何年何月にするかとか、アカウント主をルイ16世にするかマリ=アントワネットにするか、はたまたロベスピエールにするか(私はロベスピエールのほうがよかったような気がするが....球技場の誓いにも参加しているので)を検討するだけでも結構勉強になるのではないだろうか。テストが終わって返却するとき、「ホントは画家ダヴィドのアカウント作りたかったんだけど...」とかの話しが出来れば、なおよいように思う。

 今月の『社会科教育』に掲載されている文章の中で、草原和博先生は評価活動を三つに分類しているが、このルイ16世ツイッター問題は、「履修評価」を行う問題に該当すると思われる。少なくとも「悪問」とは思えないが、「立場が変われば良問も変わる」(草原先生)のだろう。

 世界史Aが始まった頃、「歴史新聞をつくろう」という試みがよく行われていた。私も取り組んだことがあり、作成例として提示するため、『歴史新聞』という本も購入した。最近では小中学生の夏休みの宿題にも取り上げられているようで、「夏休みの宿題の定番、歴史新聞のアイデアと作成例」として、NAVER まとめにも出ている。小中学生時代に歴史新聞をつくった経験がある生徒には、ツイッターやLINEといったツールを用いたテスト問題は面白く感じるだろう。今年(2017年)のセンター試験日本史Aでは「妖怪ウォッチ」「ゲゲゲの鬼太郎」が使用され、2015年の神戸学院大の世界史の入試問題では、池田理代子氏のマンガ『女帝エカテリーナ』が使われた。アニメやマンガを使わなくても、試験問題を作ることは可能だが、ではなぜセンター試験や大学入試で使われるのか、もう一度考えてみたい。こうした試験問題に面白さを感じない教師の感覚は、生徒の感覚から遠ざかってしまっているように感じる。

 小田中直樹先生の著作に『世界史の教室から』(山川出版社)という本がある。大学生を対象に、高校時代に受けた世界史の授業についてアンケート調査を行い、さらに調査で名前が挙がった世界史教員にもインタビューを行うという、実におもしろい本だ(ツイッター上で世界史の授業について発言するなら、せめてこの本くらいは読んで欲しいのだが...)。同業者から批判されることよりも、現役高校生や元教え子、保護者をはじめとした「教員ではない人」から支持されることのうほうが、私にとってはずっと大切なことだ。私もこうした「話題になる問題」をつくってみたいものである。


社会科教育 2017年 11月号

社会科教育 2017年 11月号

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 明治図書出版
  • 発売日: 2017/10/12
  • メディア: 雑誌



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『ひと目でわかる茂木誠の世界史ノート』と『カリスマ講師の日本一成績が上がる魔法の世界史ノート』 [大学受験]

 世界史の教師として、自分の授業を受ける生徒にはどんなノートをつくって欲しいか。教師それぞれに理想のノートがあるだろうし、生徒自身にもあうorあわないがあるようだ。学年が上がって担当者が代わり、板書の形式が変わると、最初は慣れない生徒が出てくるものだ。また自分で工夫して作っている生徒も少なくない。「勉強ノート公開アプリ」の「Clear」で試しに「詳説世界史」を検索すると、高校生によるいいノートがたくさん出てきて、見ててとても楽しい。「神ノート職人」として有名な「みいこ」さんの世界史ノートも公開されている。
https://www.clearnotebooks.com/ja/notebooks/grade/senior-high?utf8=%E2%9C%93&q=%E8%A9%B3%E8%AA%AC%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%8F%B2

 初任から3年間は板書でやっていたが、エピソードやプラスαを紹介したいのと、地図を黒板に書くのがたいへんなので現在も穴埋め式のプリントを使っている。例えば「"敵の味方"は敵?それとも味方?」という話で、日露戦争中の1904年、ロシアの同盟国のフランスと日本の同盟国のイギリスが英仏協商を結んだ背景と、日露戦争前後の国際関係の変化を関係づけて説明する場合、板書だけで生徒へ問いかけるとなると、かなり難しい。生徒の書く時間を考慮すると、プリントの方が「無難」だと感じている。もちろん、授業者それぞれだろうけど。
 
 私を含め、授業で穴埋め式プリントを使っている世界史の教師は多いと思う。ネット上には多くの先生方が自分のノート(穴埋めプリント形式を含む)を公開しており、中にはPDFでDL&印刷可能というテキストまで公開されているサイトもある。しかし、どれがいいかとなるとなかなか難しい。自分のノートを公開している先生方はいずれも自信があるから公開しているのだから、それぞれに素晴らしいものばかりである。このことは、世界史の場合だと一定の経験と向学心がある先生がつくったノートであれば、顕著な差は見られないということも意味している。九州高等学校歴史教育研究協議会(九歴協)では、『世界史要点ノート』という、授業で使ってもらうことを想定した教材をつくっているが、それなりに需要がある。このことは、世界史の場合「少々のことに目をつぶれば、他の教師が作ったノートでも、まぁOK」ということを示している。九歴協では私も『世界史A要点ノート』と『センター世界史』の作成に関わった。それぞれ4人程度で分担して作成したが、編集会議で各自が持ち寄った原稿を検討してみると、作成者による差異はあまり感じられなかった。ただ校種による工夫が必要なのは当然で、専門高校に通った次男と私立中高一貫に通った三男の中学生用世界史のノートを見せてもらったが、それぞれに参考になった。
 一番の問題は、「どこまで触れるか」という内容面でのレベル的な問題だろう。「基本センター試験まで、プラス関関同立」というレベルであれば特に問題ないが、これを超えるレベルを目指す生徒がクラスの半分以上いる場合は厄介である。以前勤務した学校では、世界史を受験に使わない生徒から東大を目指す生徒まで同じクラスに混在していたこともあり、結構苦労したものだ。九歴協の『世界史要点ノート』では、一応の対応策として「応用編」(253㌻)と「標準編」(191㌻)という2種を作成している。


 私が実際に購入した世界史ノートは下の2冊。
 ・『ひと目でわかる茂木誠の世界史ノート』(KADOKAWA)
 ・『カリスマ講師の日本一成績が上がる魔法の世界史ノート』(中経出版)

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 まず茂木誠先生(駿台予備校)のノートから。穴埋め形式で、基本的には事項と流れを確認する復習用に使うのがいいだろう。片側1ページが時系列の「年表プリント」で重要事項の確認、プラス地図や補足解説からなる「資料プリント」という構成。全122テーマからなり、センター試験レベルとしては十分。それぞれのテーマもうまくまとめてあり、山川出版社の『詳説世界史ノート』など教科書準拠の網羅的なノートに比べれば、うまく取捨選択&再構成されている。受験生だけでなく、世界史で教員採用を受けようという方が使うにも適しているように感じるが、現在手持ちの穴埋め式ノートがあるならばあえて買い直す必要はない。
 私が持っているのは2016年発行の旧判で、2017年には改訂版が発行されている。どうやら旧版では第20章と21章との間にあるべき「世界恐慌~第二次世界大戦」がまるまる抜け落ちていたようだ。茂木先生のサイト「もぎせか資料館」では、その差分がDL出来るようになっている。同サイトでDLできるプリントは、図版などが増えており改訂版だと思われる。DL版は空欄の解答がまとまったページに掲載されているが、復習用として使うなら、旧版のようにページ下にあるほうが勉強しやすいように思う。
 旧版では「第7章:近現代のアジア・アフリカ」というタイトルにもかかわらず、第7章にはアフリカが一切見あたらず、「第8章:第二次世界大戦後の世界」の中の「現代の中東・アフリカ・中南米」に「近代以前のアフリカ」「アフリカの独立」というテーマが含まれるなど構成にも難が見られたが、「もぎせか資料館」のDL版を見る限り、改訂版では解消されているようだ。

 もう一冊『カリスマ講師の世界史ノート』は、佐藤幸夫先生(代々木ゼミナール)によるもの。「佐藤先生の板書を受講生が実際に書き写したノート」が元ネタ。出版に際してノート部分は手書きで書き直したそうだが、凄い板書である。この地図も実際に手書き板書しているのだろうか....たぶんそうだろう。脱帽。
 メインは板書再現ノートの写真で、プラス下段四分の一ほどが解説。したがって、ノートというよりも参考書という側面が強い。板書なので、プリントみたいに全部を書き出すことは不可能だから、解説がないとノート部分だけで流れを理解するのは難しいと感じる。「入試のエキス」や「ノートのスパイス」といったコラムも充実しており、全80テーマ。短期決戦で流れを頭にたたき込みたい人にはオススメ...と言いたいところだが、ノート部分は手書き文字のうえ色がたくさん使われていて、かなり見づらい(私の老眼のせいかもしれないが)。 受験生向けと言うよりも、板書の方法と流れのまとめ方を勉強したい世界史教師向けという気がする。

 ちなみに私が見た世界史の板書で一番スゴイと思ったのは、元代ゼミの世界史担当だった岩田秀全先生。かつて見た「一橋大必勝特別セミナー」での板書は、もはや芸術だった。現在は大学で教鞭を執っておられるようだ。


改訂版 ひと目でわかる 茂木誠の世界史ノート

改訂版 ひと目でわかる 茂木誠の世界史ノート

  • 作者: 茂木誠
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/08/19
  • メディア: 単行本



カリスマ講師の 日本一成績が上がる魔法の世界史ノート

カリスマ講師の 日本一成績が上がる魔法の世界史ノート

  • 作者: 佐藤 幸夫
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/中経出版
  • 発売日: 2013/06/14
  • メディア: 単行本



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茂木誠『経済は世界史から学べ!』(ダイヤモンド社) [歴史関係の本(小説以外)]

 高校で世界史の授業を担当してると、経済の知識もけっこう必要になってくる。また経済関係のことを授業で話すとき、自分の頭の中ではわかっていても、いざ授業で説明しようとすると、わかりやすく説明でないということも珍しくない。出来る限り、わかりやすい「たとえ」を使って話すようにしているが(ブロック経済はなぜメリットがあるのか、など)、過去の事例を現在の世界経済にたとえて話したりすれば、理解が深まることも多い。そのため、一般向けの経済の入門書的な本を読んでおくと役に立つが、手ごろな本は意外と見つからないものである。
 この本は、一般向けの経済入門書ながら執筆者は駿台予備校で世界史を担当している茂木誠先生。したがって、世界史的な切り口が多く、また表現も平易なので大変わかりやすい。
 「なぜ1万円札には「1万円の価値」があるのか」「なぜ政府ではなく中央銀行がお金をつくっているのか」という発問は普通に使えそうだし、ナポレオン戦争とアヘン戦争ともにイギリスが勝者であったことを取り上げ、「グローバリズムは経済的強者に恩恵をもたらす」という話も使えそうである。穀物法&ジャガイモ飢饉とTPPとの比較も然り。迫害された民族は、財産を持っていつでも逃げられるように金融業者が多いとか、なるほどとと感じる。かつて中央公論社『日本の歴史』で紹介されていた、日露戦争の際にユダヤ系資本が日本の戦債を引き受けた話も、さらにウラのエピソードが紹介されていてちょっとビックリ。世界史授業のネタ本としてけっこう使える。



経済は世界史から学べ!

経済は世界史から学べ!

  • 作者: 茂木 誠
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2013/11/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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海泡石のパイプ [コレクター道③喫煙具]

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 海泡石(メシャム)のパイプ。マウスピースは琥珀。サイズはとても小さいが、使い込まれて、とてもよい色になっている。
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マルティン・ルターの0ユーロ [モノ教材(貨幣)]

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 eBayで見つけたマルティン・ルターの0ユーロ。ドイツの宗教研究団体gott.netが宗教改革500周年を記念して発行した紙幣。何も買えないが、欧州中央銀行からの認可を得たホンモノの紙幣で、偽造防止のホログラムもはいっている。表にはルターの肖像と彼の言葉、裏はエッフェル塔、コロッセウム、小便小僧、サグラダ・ファミリアなどヨーロッパ各地の名所旧跡と、右側にはモナ・リザの顔がデザインされている。左側の二つの建築物は何だろう?2枚で9ユーロ。送料が2.8ユーロで、計11.8ユーロ(日本円で1652円)。
 
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紙切りが仕込まれた矢立 [コレクター道③矢立]

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千じゆと云所にて船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそゝぐ。
 行春や鳥啼魚の目は泪
是を矢立の初として行道なをすゝまず。人々は途中に立ならびて、後かげのみゆる迄はと、見送なるべし。
松尾芭蕉『おくのほそ道』矢立初めの句


なぜ矢立にひかれるのかは自分でもよくわからないが、安いアイテムがあると、つい買ってしまう。象嵌の入った工芸品などは高価でとても手が出ないが、むしろ、使い込まれた風合いのある方が好みである。10年くらい前までは2本で1000円程度だったが、状態にもよるが最近は1本1000円くらいから。結構値段が上がってる。

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外見は普通のシンプルな矢立だが、内側に紙切りが仕込まれた矢立。引っかかりもなくスムーズに出し入れでき、職人技が感じられる。

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「主体的、対話的で深い学び」をもう一度 [授業研究・分析]

 10年前、新潟で鳥越泰彦先生と私が話したことは、世界史の授業におけるディスカッションについてだった。「クラス全体だとなかなか発言できない生徒でも、小グループだと発言しやすい」「グループの意見をクラス全体に発表するときも、自分だけの意見じゃないので、責任感が薄まり抵抗感が小さい」という小グループによるディスカッションのメリットから、「根拠がない思いつきの意見を排除するにはどうすればいいか」「話し合いに適しているのはどんなテーマか」といった点だった(グループ学習の意義については、鳥越先生の『新しい世界史学習へ』67~68㌻で述べられている)。

 このときの西洋史学会で、私は「生徒の自発的思考を促す世界史学習の試み」というテーマで発表した。発表の元になったのが、NHKの教育テレビで2006年の7月に放送された「わくわく授業」の内容である。折も折、放送から間もない2006年の10月、全国の高校で世界史の未履修が発覚して社会問題となった。これを契機に日本西洋史学会でも高校における世界史の授業に関心が向けられ、翌年2007年の大会では「歴史教育への現代的アプローチ -歴史学者、社会科教育学者、実践家の立場から-」というシンポジウムが設定され、私に声がかかったのであった。

 ・西洋史学会第57回大会のプログラム http://www.seiyoushigakkai.org/2007/annai.pdf
 ・私の発表レジュメ
    http://www005.upp.so-net.ne.jp/zep/sekaisi/jyugyou/seiyousigakkai.pdf
 ・鳥越泰彦「世界史未履修問題を考える」(日本学術協力財団『学術の動向』2008年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits1996/13/10/13_10_8/_pdf
 ・鶴島博和他「世界史教育の現状と課題(Ⅰ)」(『熊本大学教育学部紀要』62、2013)
  http://reposit.lib.kumamoto-u.ac.jp/bitstream/2298/29209/1/KKK062_029-056.pdf

 NHKのディレクターさんから「講義形式ではない歴史の授業を提示したい」というお話をいただき、ディレクターさんと話し合いながら授業をつくっていったのだが、ここ数年来この時の授業に関する問い合わせを時々頂き、授業見学などもいただいている。「アクティブ・ラーニング祭」のおかげだ。当時はアクティブ・ラーニングなんて言葉はなかった。あったのかもしれないが、耳にした記憶はない。「対話的・主体的な深い学び」「アクティブ・ラーニング型授業」が脚光を浴びたおかげで、10年も前の私の授業が注目されたというわけだ。NHKでは「わくわく授業」の番組自体が終了しており、NHKのサイトは閉鎖されているが、現在ベネッセのサイトで紹介されている。有り難いような恥ずかしいような不思議な気分だ。なぜ恥ずかしいのかというと、現在このような「考えさせる」授業は、ほとんどやっていないから。それでも当時のディレクターさんの文章を改めて読ませていただいて、とても懐かしい気分である(ビデオ見直す勇気はないから笑)。

・ベネッセのサイト: http://benesse.jp/kosodate/201608/20160816-2.html
  ・番組を視聴された方(栃木県の高校日本史の先生)による分析と評価
    http://www2.ttcn.ne.jp/kazumatsu/sub5.htm#9e
  ・私自身による授業解説「こんな授業をやってみた」
    南塚信吾『世界史なんていらない?』(岩波ブックレット)に収録
  ・「モンゴル帝国の発展」の授業プラン
  「ネットワーク論にもとづく高等学校世界史の授業 :
     小単元「モンゴル民族の発展」の場合」
    http://www005.upp.so-net.ne.jp/zep/sekaisi/jyugyou/standard.pdf
    全国社会科教育学会「社会科教育論叢」第45号に掲載
    全国社会科教育学会編『中学校・高校の“優れた社会科授業”の条件』
     (明治図書)に加筆して再録


 昨年度(今年の2月)、学年末考査も終わったことから、2年生の世界史Aでやったのが、「第二次世界大戦に至る道」という授業である[http://zep.blog.so-net.ne.jp/2016-12-30]。

平成29年2月23日・熊本県立熊本北高校2年2組・世界史A)
 ・問い「第一次世界大戦後、国際協調の時代を迎えたにもかかわらず、第二次世界大戦に至った原因は何だろうか」
 ・テーマ「自分の言葉で歴史を語ろう」
  (「わくわく授業」のキャッチコピー「「歴史の謎に自力で迫れ」」のパクリである)
(1)生徒の理解の深化状況
①生徒の記述より
・【原因】として「世界恐慌」という言葉をあげた生徒は多かった(41名中24名)。
  (「世界恐慌→ファシズムの台頭→侵略戦争」という流れ)
例)(第二次世界大戦が起こった理由は)「世界恐慌」である。
   (なぜなら)「世界恐慌対策のために各国が自国のことを考えたブロック経済などを行った結果、日本やドイツ、イタリアの国が兵力を使って無理に領土を拡大しようとしたから」である
 ・概念化できていた生徒の例
  (第二次世界大戦が起こった理由は)「国際協調を無視し、自国の利益を優先した行動を起こすことで、国どうしの調和がとれなくなるから」である。
  (なぜなら)「ヴェルサイユ・ワシントン体制での二つの条件である、世界経済が好調で規模も拡大していること、平和維持の価値が広く認められていることの1つ目が世界恐慌で失われ、ドイツがナチズムをとるとともにヴェルサイユ体制の打破をとなえ、国際連盟から脱退するなど協調を保つことが難しくなったから」である。
 ※この生徒(日本史選択)は「国際協調の精神はなぜ失われたのか」という点に注目したと言っていた。
②教師の見取り
・資料として年表を使ったため、事件や出来事には目が向いたが、上位の概念化は難しかった。

(2)反省と改善
 ①全般:「戦争を未然に防ぐには、どうすればよいだろう?」という問いに進む時間はまったくなかった。
 ② 資料の提示
  ・反省:年表の活用について、提示の仕方や具体的な指示について工夫が必要。
    配付資料の右側に目がいかない生徒がいた。年表で「帰還不能点」を探すことと、戦争が起こってしまった理由を考察することが結びつかない生徒もいた。
  ・改善:教科書や資料集のみを使い、教師がつくる資料は特に提示しない。
③文章の基本構成:例の提示について・・・・構成を変える
・改善:今回は「論点→意見→論拠」としたが、「年表を見て考える」というプロセスなので、「論拠→意見」という構成に変更する。
  (参考:山田ズーニー『伝わる・揺さぶる!文章を書く』PHP新書)
② 文章化の具体的なプロセス
・反省:「自分の意見」を書くのか「班の意見」を書くのか指示が不明確であった。
・改善:「最初に個人で文章化→次にグループで他者と意見交換→再度個人で文章完成」、というプロセスの方がよいのでは?

「対話的」な学びを、「深い」学びに引き上げるのは、本当に難しい。






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鳥越泰彦『新しい世界史教育へ』(飯田共同印刷株式会社) [授業研究・分析]

 私が鳥越泰彦先生と直接お会いして言葉をかわしたのは一度だけ、今からちょうど10年前のことである。2007年に新潟で開催された第57回日本西洋史学会で、私の発表に対して好意的なコメントをしていただき(このときのビデオが残っている)、シンポジウム後に少しお話をさせてもらった[http://zep.blog.so-net.ne.jp/2007-06-18]。当時私は鳥越先生のことをよく存じておらず、後日凄い先生だということを知り、ずいぶんと慌てたものだ。その後、何度かメールを交わして教えをいただいたのも、大変貴重な体験だった。

 本書は2014年に急逝した鳥越先生の歴史教育論をまとめた論集である。小川幸司先生による「あとがき」を読むと、編集の苦労が偲ばれる。
  第Ⅰ部 歴史教育論
  第Ⅱ部 授業実践
  第Ⅲ部 未来への構想
  第Ⅳ部 回想記


 以下、特に印象に残った項目について、私の備忘録的メモ。
 まず第Ⅰ部・第1章「高校世界史教育からの発信」。最近、女優の水原希子が出演しているサントリーのCMに対して、ツイッター上で差別的なツィートが寄せられるという出来事があった。鳥越先生の日高先生の実践に対するコメント「○○人というレッテルで人を区分することの限界」を目にして、この水原問題という今日的な問題が、歴史学習の切り口としても十分通用するのでは?と感じた。
 「改めて歴史的思考力を考える」ことは、われわれにとっては何のために授業をするのかということにつながる。「理解させる」「考えさせる」という独特な使役形に対する違和感。鳥越先生と同じ意見を持つ必要はないが、われわれ一人一人が自分にとっての歴史的思考力とは何かを考え、授業作りのベースにしていくことは大切な作業だと思う。
 小川幸司先生の『世界史との対話』について。鳥越先生は「世界史の知の三層構造(第一が事件・事実、第二が事件・事実を相互に結ぶ解釈、第三が「歴史批評」)」を評価しつつ、小川先生の歴史批評のみが提示され、生徒(読者)の歴史批評を提示する余地がないことを指摘している。今年の5月、第67回日本西洋史学会(一橋大学)で小川先生が講演なさったときのレジュメを入手し、拝読したが小川先生はその時の発表で「問い」にこだわっているような印象を受けた。 「世界史リテラシーの観点100」は、「過去への問いかけ」から始まり、 教科書案では「歴史を見つめる問い」が設定されている。複数資料の読み取りにもとづく考察も示されている。これらは、鳥越先生のコメントに対する小川先生からの回答ではないかと感じている。
 第Ⅰ章・「世界史教育の何が問題なのか?」(初出:青山学院大学教育学会紀要「教育研究」第49号2005)講義形式、プリント穴埋め形式依存への批判と、グループ学習の可能性が指摘されている。私が西洋史学会の折、鳥越先生から頂いたグループ学習に対するコメントを思い出す。
第Ⅲ部 新しい歴史教科書のモデルプラン。思考力育成型のテキスト。19世紀後半のアメリカ史「アメリカ合衆国の奴隷制と南北戦争」。
 鳥越先生の授業実践については、第Ⅱ部だけでなく、第Ⅳ部における同僚の先生と教え子の方による回想もあわせると、より雰囲気が感じられる。

 新しい歴史教科書プランや、歴史用語精選の試みなど鳥越先生が端緒をつけた取り組みは、現在多くの先生方によって受け継がれている。まだアクティブ・ラーニングという用語が一般化していなかった時期に、その先駆的な実践を行ったのも鳥越先生であった。日常的な私の授業は、鳥越先生が批判している「講義&プリント穴埋め」形式で、「知識を教え込む授業」(土井浩『「テーマ」で学ぶ世界史』文芸社、10~11㌻)である。しかし、本書のような「世界史の授業とはどうあるべきかを考える本」を読むことで、自分の授業に対する姿勢が変わったと感じている。学会誌をはじめとする授業の内容に特化した実践記録を読むことと同じか、それ以上にこうした授業論を語る本を読むことは大切ではないだろうか。鳥越先生のご冥福を心からお祈りする。


「私はすべてを語るべきではなく、人々が自らに問いかけるべきなのだと思ったのです」(クロード・ランズマン、『現代思想』1995年7月号・特集『ショアー』)。「歴史との対話」は、過去へ主体的に問いかける(疑問をもつ)ことからスタートするのだろう。
 
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イギリス製の磁気コンパス [コレクター道②コンパス(羅針盤)]

 ルネサンスの三大発明といえば、火薬・活版印刷そして羅針盤。磁気コンパスは現在でも船に使われているが、古くて形がおもしろいモノがあると、つい買ってしまう。
真北と地磁気上の北にはズレがあり(偏差)、また船自体が鉄の塊ゆえに磁気を帯びることからもズレが生じる(自差)のため、磁気コンパスの使い方は難しいようである。磁気コンパス+メルカトル図法の地図で航海するとなれば、相当難しかったと思われる。以前、帝国書院の『タペストリー』には、メルカトル図法でどうやって航海するかという方法が解説されていた。

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 この磁気コンパスはイギリス製で、メーカー刻印は「A Robinson & Co. Ltd, Liverpool & Glasgow」。カバーが昔の潜水具のようで、いいデザイン。両側の円筒部分はランプを入れる場所で、右側には小さなオイルランプが残っている。左側の円筒内部の形状は右側と異って、円筒形の金具がつ
いており、底部に穴がある。もしかすると電気ランプを設置するための構造なのかもしれない。



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カバーを外した状態


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左側ランプケース内部


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右側ランプケース内部


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右側ランプケースに入っていたオイルランプ

 どんな船に搭載され、どこの海を見てきたのだろうだろう。


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女神カーリーの像(マハカーリー Mahakali) [コレクター道①神仏像]

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 教材用にヒンドゥー教のシヴァ神像を探していて、偶然目にした女神カーリーの像。高さ約26センチ。集めた神仏像の中で、最も気に入っている。
 カーリーは、シヴァの妻パールヴァティーの別の姿。パールヴァティーは優しく柔和な姿だが、カーリーは恐ろしく凶暴な姿をとる。血を好む闘いの神であり、戦う際は極めて凶暴になる。舌を出した姿で描かれるのは、彼女が血を求めているからであり、通常は夫であるシヴァを踏みつけた姿で描かれる。

 カーリーには、ダクシナカーリー(Daksinakali「南向きのカーリー」)など様々なヴァージョンがあるが、これは「マハカーリー(Mahakali)」(「偉大なるカーリー」)とよばれる形態で、10個の顔、10本の腕、10本の足を持っている。首には切り取った生首でつくった「kapala」と呼ばれるネックレスが見えるが、「kapala」はドクロ杯を意味し、本来は頭蓋骨である。
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『闇の奥』から『「闇の奥」の奥』へ [歴史関係の本(小説以外)]

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 昨年2年生の「英語表現」の授業で、戦場カメラマン沢田教一のことが取り上げられていたので、世界史の授業でもベトナム戦争の授業を行った。ウチの学校で使っている資料集『グローバルワイド』(第一学習社)にも沢田氏がピュリッツアー賞を受賞した「安全への逃避」が掲載されていたので、1966年7月に毎日新聞に掲載された「おお、母子は無事だった」(沢田氏が「安全への逃避」を撮影した一年後、被写体となった人たちに会いに行くエピソード、毎日新聞社『沢田教一写真集 戦場』に収録)や、2013年の大晦日の新聞に掲載された、62歳(当時)となった被写体の男性などを紹介。

 映画も見せた。ベトナム戦争関係の映画には『フォレスト・ガンプ』『プラトーン』『ランボー』『ディアハンター』など名作が多いが、見せたのは『地獄の黙示録』。キルゴア大佐率いるヘリコプター部隊がベトナムの村を攻撃するシーン。"I love the smell of napalm in the morning."

 私は「現代社会」という科目が始まった年に授業を受けた世代だが、そのとき使用していた実教出版の資料集には、確かキルゴア中佐の写真が掲載されていたと思う。高校時代にこの『地獄の黙示録』をNHKで見たが、後半のカーツ(マーロン・ブランド)の独白は難解で、何を言ってるのかさっぱり意味不明だった。

 映画『地獄の黙示録』には、モデルとなった小説があると知ったのは、社会人になってから。イギリス人作家ジョゼフ・コンラッドの『闇の奥』。主人公マーロウが船で川を遡行する場面は、『地獄の黙示録』でのシーンが頭に浮かんだ。『闇の奥』の邦訳はこれまでに何度も発表されているが、最初の中野好夫氏訳(1958年)が、「Heart Of Darkness」という原題に「闇の奥」というタイトルをつけて以来、いずれの訳もこの「闇の奥」という邦題を使用している。『地獄の黙示録』のドキュメンタリーのタイトルも「Heart Of Darkness」である。


次の地図は、下線部⑨に関連して、第一次世界大戦勃(ぼつ)発(ぱつ)当時のアフリカ大陸の分割状況の一部を示したものである。地図中のa~dに該当するヨーロッパ諸国名の配列として正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
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 ① a―ベルギー  b―ポルトガル  c―スペイン   d―ドイツ
 ② a―ポルトガル b―ベルギー   c―ドイツ    d―スペイン
 ③ a―スペイン  b―ドイツ    c―ポルトガル  d―ベルギー
 ④ a―ドイツ   b―スペイン   c―ベルギー   d―ポルトガル
  (1996年度 センター試験・本試験 世界史 第2問D )

 最もわかりやすい英領のエジプトやスーダン、南アフリカ、仏領のマグリブや西アフリカが空白になっているので、出題者はベルギー領コンゴに注目させたかったのだと思う。やはり、コンゴ自由国~ベルギー領コンゴである。

『闇の奥』でマーロウが面接に赴いたのはベルギーの企業だけど、よくわからなかったのが、ベルギー領コンゴになる前のコンゴ自由国の実態とそれがどういう経緯でベルギー領になったのかという点。2008年版の山川世界史用語集によれば、コンゴ自由国とは「レオポルド2世の私領として建設された植民地」で、コンゴ国際協会とは「1882年、レオポルド2世がコンゴ地域の開発・支配のために設立した組織。84~85年のベルリン会議で国家主権を認められてコンゴ自由国を建設した。」とある。

 コンゴ自由国について、大変興味深かったのが、藤永茂著『「闇の奥」の奥』(三交社)という本だ。ベルギー国王レオポルド2世の私領としての建設されたコンゴ自由国(なぜ「自由国」という名前なのか)の成立を、わかりやすく解説している。以前、ベルギー領コンゴにおけるパーム椰子について触れたが、コンゴ自由国時代のドル箱はゴムであった。その際、「切り落とされた腕先」の話が出てくるが、文禄・慶長の役における耳塚や鼻塚のエピソードを思い出す話。

 『「闇の奥」の奥』がおもしろいのはむしろ後半。今日なお機能する、ヨーロッパ的な収奪システムに対する激しい批判が転換されているが、著者の藤永茂氏は、量子化学を専門とする物理学者という事実に驚かされる。恥ずかしながら私が名前すら知らなかった歴史家や思想家、作家が数多く登場し、アメリカの公民権運動ともリンクしていく(202㌻以降)。
 『「白人」がソロバンの合わない重荷を背負ったためしは古今東西ただの一度もない。』(「あとがき」より)。そう、近代世界システムとは、ゼロサムゲームなのである。その意味で現代は、藤永氏が言うように「ポストコロニアル時代」などではなく、いまなお「コロニアル時代」なのだろう。

 驚くことに、藤永氏は、コンラッドの『闇の奥』の邦訳も発表している。闇の奥は深く、不気味なまでに何も見えない。


リサ・クリスティン:現代奴隷の目撃写真(アフリカのガーナ)鉱山の坑道は、まさに「闇の奥」。
https://headlines.yahoo.co.jp/ted?a=20151120-00001541-ted

藤永茂氏のブログ「私の闇の奥」
http://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru



『闇の奥』の奥―コンラッド/植民地主義/アフリカの重荷

『闇の奥』の奥―コンラッド/植民地主義/アフリカの重荷

  • 作者: 藤永 茂
  • 出版社/メーカー: 三交社
  • 発売日: 2006/12
  • メディア: 単行本



闇の奥 (岩波文庫 赤 248-1)

闇の奥 (岩波文庫 赤 248-1)

  • 作者: コンラッド
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1958/01/25
  • メディア: 文庫



闇の奥 (光文社古典新訳文庫)

闇の奥 (光文社古典新訳文庫)

  • 作者: ジョゼフ コンラッド
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2009/09/08
  • メディア: 文庫



闇の奥

闇の奥

  • 作者: ジョセフ コンラッド
  • 出版社/メーカー: 三交社
  • 発売日: 2006/04
  • メディア: 単行本



地獄の黙示録 特別完全版 [Blu-ray]

地獄の黙示録 特別完全版 [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
  • メディア: Blu-ray



地獄の黙示録 [Blu-ray]

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  • 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
  • メディア: Blu-ray



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教育改革推進フォーラムin熊本 [授業研究・分析]

 熊本大学で開催された、産業能率大学主催の「教育改革推進フォーラムin熊本」に参加してきた。Session1(基調講演)・2(地理の授業体験)・3(日本史の授業体験)・4(苫野一徳先生の講演)という4部構成で、それぞれに興味深い内容であった。
 最も印象に残っているのは日本史の授業体験。私が日本史を担当したのは、2校目の松島商業高校に勤務した時で、3年ほど。ほとんど忘れてしまっていたが、今日の授業体験で学んだ、平城天皇と嵯峨天皇、薬子の変などの内容は家に帰ってからもしっかり覚えていた。自ら能動的に取り組んだ成果だろう。

 今日のフォーラムに参加して、というよりも参加する前からモヤモヤした気分だったのは、朝から熊本日々新聞の記事を読んできたから。
 「普段は4時に起きて、遅くとも5時には家を出るように心がけています。仕事がたまってくると、朝2時に起きて、3時に家を出ることもあります。これが、今の私の働き方です。[https://pbs.twimg.com/media/DIMJwpxV4AA3dZS.jpg:large]」
 こうした立場の先生に「授業改革を進めましょう」とか、気の毒で言えない。講師の苫野先生がふと漏らした「こうした熱気あふれる場にいると、これが普通のように感じてしまいますが、実際はマイノリティです」という言葉は当たっていると思う。ツイッター上の発言を読むと多くの教師が部活反対派のように思えるし、今日のようなフォーラムに参加すると、全国の多くの教師がAL型授業に取り組んでいるように感じるが、おそらくそうではないだろう。。

 興味深いのは、部活問題にせよAL型授業にせよ、対立が目につく点だ。苫野先生が曰く「教育の分野では、趣味や信念、信条にもとづいて対立が生じるが、それを解決しようとするのが教育哲学」。対立を無くすためには「自由の相互承認」が条件であり、それが前提条件であり共通の土俵なのだろうが、承認には幅があるのは事実で、中には承認すら拒否するというお話にならない教員も目につく。実際、基調講演で「旧来型授業」と指摘された点が、ウチの学校には全部残っている。変化を嫌う学校現場と教師のホメオスタシスをどう変えていけばいいのだろう。

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看図アプローチ [授業研究・分析]

 先日(8月23日)の校内研修は、本校職員の溝上先生が講師。溝上先生は「アクティブラーニング型授業研究会くまもと」[http://souken.shingakunet.com/career_g/2017/02/2017_cg416_13.pdf]の代表をつとめる全国的に有名な先生で、今年の4月から本校に赴任され、同僚として勤務させてもらっている。私も6月に同会の勉強会に参加させてもらい様々な知見を得たので、今回も楽しみにしていた。

 今回の研修テーマは「看図アプローチ」という手法であったが、結論から言うと、期待を大きく上回る内容だった。看図アプローチとは「絵図・写真・グラフ等のビジュアルテキストを読み解き、読み解いた内容を発信していくプロセスを含んだ授業づくりの方法」である[https://goo.gl/3CGRHv]。科目の特性として、世界史ではビジュアルテキストを使うことが多いため、十分使える。

 6月に受けた研修[]では、なんとなく「ハタと腑に落ちる感じ」を得られなかったため、なんとなくモヤモヤした感じがあったが、今回は「なるほど」という感じだった。「モヤモヤした感じ」の理由は、世界史の場合、問題演習を学びあいでやろうとしても、「深い学び」にはなりにくいのではないかという疑問を持ったことによる。世界史の場合はいわゆる「用語」が中心のため、一問一答という形になりがちで、「深い学び」にしようとすると、テーマが高度になりがちである。そこで、統計資料を用いた入試問題にグループで取り組むということをやってみたが、ネタはなかなか続かない。しかし、看図アプローチだと、生徒は全員資料集を持っているため、ネタには事欠かない。

 おそらく、多くの地歴科教師はビジュアルテキストの読み取りはこれまで何度も行ってきたと思われる。私が始めてビジュアルテキストの読み取りを意識したのは、二校目に勤務した熊本県立松島商業高校で日本史を担当することになり、『絵画史料を読む日本史の授業』(国土社)という本を手にとったのが初めてだった(この本で用いられている「イメージ・リーディング」という言葉の意味は、「看図アプローチ」に近いと思う)。熊本県の公立高校入試でも、アヘン戦争におけるネメシス号の絵の読み取りが出題されたこともあるし、世界史のセンター試験では風刺画が使われることも珍しくない。私もこれまで「蒙古襲来絵詞」の読み解き(NHK-Eテレ「わくわく授業」で紹介)や、ベラスケスの「ラス・メニーナス」を読み解く授業などを行ってきた。
 しかしこれまでは、私自身の解釈に向かって生徒を誘導して行こうという意識が強すぎて、生徒の自由な解釈を生かすことができなかった。生徒の看取りと自由な解釈→共有→意見交換→修正と深化....というプロセスにすれば、学びの相互作用が生まれるのではないだろうか。

 美術館の展覧会に行くと、人出は多い。「歴史の授業は好きじゃないけど、絵を見るのは好き」という人はけっこう多いと思われる。その意味でも、看図アプローチの活用の可能性は高いと感じている。

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「怖い絵展」と「バベルの塔展」 [授業ネタ]

 兵庫県立美術館で開催されている「怖い絵展」と、大阪の国立国際美術館で開催されている「バベルの塔展」に行ってきた。

 兵庫県立美術館の屋上には、カメレオンのような奇妙なオブジェが鎮座している。これは「美カエル(みかえる)」という名のカエルのキャラクター。JR灘駅を出てまっすぐ進むと(「ミュージアムロード」)見えてくる。天候によっては、空気が抜けて萎んでるとのこと。
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http://www.artm.pref.hyogo.jp/diary/museumroad/mikaeru.pdf



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 ポール・ドラローシュ「レディー・ジェーン・グレイの処刑」は、「怖い絵展」の目玉作品。名画か?と問われると返答に困るが、目が離せなくなる不思議な吸引力を持っている。不気味な題材を、これでもかというほど写実的に描いているからだろう。刑吏が持つ斧の刃、腰につけた傷口を切りそろえるためのナイフ、囚人を後ろ手に縛るための縄。映画『クロムウェル』中のチャールズ1世が処刑される場面では、刑吏は覆面をしていたが、この絵では素顔をさらしている。非公開の処刑だったせいかもしれない。また同映画では、チャールズ王は手を縛られず、「自分が手を前に差し出したら、それが合図だ」とも言っていた。図録にもあるとおり、実際の処刑は屋外で行われている。したがって写実的な絵ではあるものの、正確ではない。写実的な表現と歴史的な物語趣味を合体させ、さらに歴史的正確さよりも見る人の興味関心を優先させた絵。こうしたサロン絵画の性格を高階秀爾氏は「映画」的と評していたが、まったくその通りだと思う。「レディ・ジェーン/愛と運命のふたり」でレディ・ジェーンを演じたのは、コスチューム・プレイの女王ヘレナ・ボナム=カーターだった(「ハリー・ポッター」シリーズのベラトリックス、「英国王のスピーチ」のエリザベス王妃、「ブリティッシュ・キングダム」シリーズの「キング・オブ・ファイヤー」でアン・ブーリン)。
 作者のドラローシュについて、Wikipediaには「初のサロン(官展)出品作は1822年の『ヨアシュを救うエホシェバ』と『キリストの十字架降下』。このときのサロンでジェリコー、ドラクロワと知り合い、親交を結ぶ。ドラローシュ、ジェリコー、ドラクロワの3名は当時パリで活動していた数多くの歴史画家たちのなかでも中核的存在となる。」とある。「怖い絵展」に模写が展示されていたジェリコーの「メデューズ号の筏」の中で、中央手前のうつぶせになっている人物は、ドラクロワがモデルだという説がある。ロマン派の先駆ジェリコーや彼の影響下でロマン派の大家となったドラクロワと並べると、ドラローシュはいささか見劣りがするように感じる。
 19世紀の美術評論家テオフィル・ゴーティエは、「美術館に来て絵そのものよりも描かれている題材にばかり関心が向く人は、本当に絵の好きな人とは言い難いが、ドラローシュはそうしたタイプの観客の興味をひきつけようとした」と述べている。題材に関心が向きがちな私自身ことを言われているようでドキッとした。
 そのほか、象徴主義のギュスターヴ・モロー、ラファエル前派のウォーターハウス、そしてピアズリーと世紀末系が好きな人にはツボなアーティストの作品がきていた。

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 ベルギーには「ブリューゲリアーン(ブリューゲル風)」という表現があるという。素朴で飾らないが質実剛健、ビールと血入りソーセージで飲んだくれ一歩手前まで陽気に楽しむ....といった感じ。教科書や資料集に掲載されている「農民の撮り」や「農民の結婚式」などを観ると確かにそういった雰囲気が伝わってくる。しかし「バベルの塔」は、ブリューゲリアーンとはずいぶん趣が異なる。精緻にして幻視的。サイスが小さいため、精緻さはより増している。旧約聖書をモチーフにしたこの作品、ブリューゲルはどういう想いで描いたのだろう。「バベル」の前はパーティションポールが置かれており、「動きながらのご観覧をお願いしております、立ち止まらないで....」と係員がアナウンスするくらいの行列だったが、個人的には「バベル」よりも、ヒエロニムス・ボスの2作品の方が良かったような気がする。様々な寓意とシンボル、奇妙なバランス。奇想と幻想の王者。

 さて、「怖い絵展」と「バベルの塔展」両方にあったのが、「聖アントニウスの誘惑」である。どちらもボス風の絵で、最初は同じモノではないかと思ってホテルに帰って図録を見比べてみたところ、かなり違っていた。どちらの絵にも向かって左上に火災が描かれている。そういえば「聖クリストフォロス」にも火災の様子が描かれていた。「聖アントニヌスの誘惑」というと、映画「ベラミの私事」のために開かれたコンテストが有名だが、1位のマックス・エルンスト、3位のポール・デルヴォーよりも、落選したダリの作品が最高。ボスの「聖アントニウスの誘惑」は、ポルトガルのリスボン国立美術館にある。

 スペイン王フェリペ2世はボス作品のコレクターだったようで、プラド美術館には大作「快楽の園」をはじめ多数のボス作品が収蔵されている。プラドには当然ながらゴヤやベラスケスの作品も収められているので、死ぬまでに一度は行ってみたい。今回ウチの学校のダンス部がテーマにしたピカソの「ゲルニカ」も1992年までプラドにあった。死ぬまでに一度....と言えば、もう一つウィーン美術史美術館。「大バベル」をはじめブリューゲルの作品多数。そういえばベラスケスのマルガリータは、プラドとウィーン両方にあるな。

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 それにしても、地方と都会との格差を改めて実感。兵庫駅の近くに宿泊したのだが、兵庫駅から大阪駅まで快速で30分ちょっと。三ノ宮で新快速に乗り換えればもっと早く着く。料金は550円!....ウチの近所のバス停から熊本市内まで行くにはバスしかなくて時間帯によっては時間90分以上、運賃800円くらいかかる。
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木村靖二『第一次世界大戦』(ちくま新書) [歴史関係の本(小説以外)]

 山川出版社の『歴史と地理』No.704では、「神奈川県における高大連携と授業実践」(中山拓憲先生)が面白かった。なかでも第一次世界大戦の授業は面白く、板書の写真が掲載されているが、よく工夫されている。

 この中山先生の授業のモトネタになったのが、木村靖二『第一次世界大戦』(ちくま新書)。わが国では、第二次世界大戦に比べると第一次世界大戦の扱い方が小さい。参戦国ではあるものの、当時の日本では第一次世界大戦を「欧州戦争」とよんでおり、なんとなく「人ごと」観が強く、高校日本史では「天佑」的な扱いである。しかしNHK総合で放映されていた『ダウントン・アビー』を見ていると、イギリスでは社会と経済に大きな影響を残したことがわかる。この本は、現段階における第一次世界大戦の研究を整理し、第一次世界大戦がおもにヨーロッパでどのようにとらえられてきたかを示した本である。したがって、研究史の整理という側面も強いが、『歴史と地理』掲載の授業のヒントになったことからもわかるように、結構なネタが色々と掲載されている。
  ・航空機パイロットの高い死傷率(104㌻~)
  ・鉄かぶとによる死傷率の低下(108㌻~)
  ・ルシタニア号は禁制品の武器弾薬を積載していた(122㌻)
  ・塹壕での生活(159㌻~)
  ・過酷なブレスト=リトフスク条約(182㌻)
 これまで私は、「ロシアが戦線離脱したとはいえ、米英仏VS独なのだから連合国側の圧勝」というイメージを持っていたが、そうではなく「ぎりぎりで連合国が勝った」という方が正しいようである。ブレスト=リトフスク条約がソヴィエト=ロシアにとって過酷な条件での講和だったことは、そのことを示している。死傷者は連合国側の方が多い(213㌻)。アメリカ参戦については兵士募集のポスターがよく知られており、大戦後の繁栄とも相まって「大きな貢献」というイメージを持っていたが、一概にそうとも言えない(176㌻~)。

 「マルヌの奇跡」は出ているが、「マルヌのタクシー」(フランス軍はマルヌの闘いでパリ市のタクシー600台を使い、4000人の予備役兵士を前線へ送った)のエピソードは出てこない。「総力戦」にふさわしい話だと思うが。


第一次世界大戦 (ちくま新書)

第一次世界大戦 (ちくま新書)

  • 作者: 木村 靖二
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2014/07/07
  • メディア: 新書



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『社会科教育』2017年7月号(No.699) [授業研究・分析]

 高大歴史教育研究会からのお知らせメールでも紹介されていた今月号の特集は、「歴史的な見方・考え方」を鍛える!課題追究学習」。以前この雑誌は小中学校の先生方がおもな購買層だったが、最近は高校の先生もけっこう読んでいるようだ。

(1)原田智仁「もう一つの歴史的な見方・考え方としてのエンパシー」
 「歴史的な見方・考え方」のうち、「学びに向かう力・人間性等」を育成するための視点の一つがエンパシーである。エンパシーとは「昔の人はなぜ奇妙な行動をとるのか、その時代のルールや価値観を明らかにすること」である。
(2) 皆川雅樹「量的な情報を質的にKP法で整理し、思考を加えて質も量も伴う文章に」
 KP法を用いて、高度経済成長の「ひずみ」について考える。
(3)竹田和夫「国際比較が可能な史資料を活用し、生徒の提案を受け入れた授業」
シノワズリとジャポニスム、古代の武人政権、倭冦、水利図、新聞報道の比較。


(1)メンタルな部分を歴史の授業で扱うには難しいが、エンパシーという視点はなかなか興味深い。エンパシーにもとづく歴史授業として、どのような題材が考えられるだろうか?
(2)KP法について具体的なイメージが今ひとつわかない。使用したという文献の抜粋を見てみたい。筆者の皆川先生は8月に熊本大学でのワークショップで公開授業をなさるということで、申し込んだ。
(3)倭寇を題材にした地理と歴史の連携授業(大航海時代を扱った別の記事も今号にあり)がおもしろい。それから新聞の比較。先日、日中戦争~太平洋戦争期の新聞を使って授業をしたので。


(1)の冒頭、「問題の再設定」を読んで、今一度自分の授業を振り返ってみたい。「指導案なんて意味がない、日頃の授業が全てだ」とか言える人、ホント凄いと思う。



社会科教育 2017年 07月号

社会科教育 2017年 07月号

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 明治図書出版
  • 発売日: 2017/06/12
  • メディア: 雑誌



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アクティブラーニング入門講座 in 熊本 [授業研究・分析]

昨日(2017年6月10日)、アクティブラーニングの指導で有名な小林昭文先生によるワークショップ「アクティブラーニング入門講座 in 熊本」が開催されると聞き、参加してきた。場所は熊本学園大学付属高等学校で、「アクティブラーニング型授業研究会くまもと」の主催(同研究会の代表である溝上先生は、この春から熊本北高校勤務である)。定員は90名だったが、ほぼ満員だったと思われる。県立高校の管理職の先生や、県立教育センターの先生も参加しておられた。学園大学付属高校が会場ということもあり、同校や付属中学校の先生方も多数参加しておられ、関心の高さをうかがえた。

 大変興味深いワークショップであったが、特に印象に残ったトピックを紹介しておく。小林先生が紹介していた、「卒業後も続いた主体的・協働的な学びのエピソード」は、『社会科教育』2016年10月号にも掲載されていたものである。その時の『社会科教育』は評価の特集だったが、AL型授業でも小林先生は「評価は定期考査のみ」であると述べておられる。そこで昨日私は、「話し合いにまったく参加しないにもかかわらず、定期考査は抜群によいという生徒は、そのままにしておいてもよいのか?」という質問をしてみた。
 小林先生によれば、AL型授業が増えてきた結果、グループワークが苦手な生徒が不登校になるという例もあるらしい。小林先生はこうした生徒への対応策として、一人で勉強したい生徒のためのボッチ席用の机と椅子も準備していたという。ボッチ席を選んだ生徒には、授業終了後に呼んでひとしきり雑談をしたあと、「私と話すことができますか?」と問う。ほとんどの生徒はイエス。そこで学びあいの意義を語り、毎回じゃなくてもいいから、時々はグループワークに参加してみようかと促す、ということだった。実際、その日のコンディションによってグループを抜けるという選択肢もありということだった。こうした教師の言動はすぐに広がるので、一人に対する配慮は集団全体の安心感につながるという。授業において「対話的」という場合、「先人の考え方(書物等)で考えを広げる」場合もあるが、対話の相手は授業中同じ空間にいる人物であることが多い。「主体的・対話的で深い学び」という場合、グループワークによる学びあいで知識の幅を広げるというのが理想とされているように感じるが、グループワークが苦手だという子もいるかもしれない。

 昨日のワークショップでは、参加者が生徒と観察者にわかれて小林先生の授業を体験するという時間があった。私は生徒役として授業を体験したのだが、「場を見るトレーニング」で観察者を選んだ先生方は、「アクティブラーニング上級者」が多かったような気がする。小林先生が比較的厳しいコメントを出していたのもそのせいか。ふと思ったのは、地歴公民におけるAL型授業では「主体的・対話的で深い学び」の「深い」にこだわる先生が多いのではないかということ。小林先生の授業は、先生の説明を聞いた後、練習問題をグループによる話しあいによって解いていこうというもので、解答は先渡しされており、チラ見もOK。以前紹介した『すぐ実践できる!アクティブ・ラーニング 高校地歴公民』(学陽書房)で紹介されている内容に近い。
 しかし、地歴公民で理想とされるAL型授業は、「穴埋め問題」や「一問一答」レベルでは満足できないようだ。ベネッセ発行の『VIEW21』2017年2月号(http://berd.benesse.jp/magazine/kou/booklet/?id=5040)で紹介されている世界史のアクティブラーニングでは「国家が衰退するとは、どういうことか?」「どうして戦争は起こるのか?」といった「正解がない問い」が想定されており、また河合塾発行の『Guideline』2017年4・5月号で紹介されている世界史の授業(http://www.keinet.ne.jp/gl/17/0405/kawaru.pdf)では、「なぜ小さな宗教集団は巨大な帝国を築くことができたのか」という問いが単元(イスラーム世界の形成)をつらぬくテーマ(メインクエスチョン)に設定されている。

 こうした記事を読んで、アクティラーニング型の授業を尻込みしてしまう先生方も少なくないのではないか....と感じている。前述のような課題を生徒たちが学びあいによって解決していくことができれば理想的だが、昨日のワークショップで話が出ていた「授業開始後ゼロ秒で机上に突っ伏してしまう生徒が続出」という学校ではそうもいかないだろう。こうした学校こそ、練習問題をグループワークでやってみるのがいいのではないか。定期考査ではこの問題から4割出題とかすれば、生徒もやる気になるのでは?

 先週、神戸大学附属中等教育学校の先生が私の授業を見学に来られた。ベネッセの進研模試担当の方も同行していたので、少しは気の利いた授業をしないといけない....ということでやってみたのは、東京書籍の世界史教科書の英訳版『英語で読む高校世界史』(講談社)を使った授業。「イタリアのファシズム」の項目を英訳版で読んでみて、私がつくった設問に答えるというもの。英文の読み取りと解答はグループワーク。つくった問題は、日本語訳が2題と、「the annexation of the Papal States in 1870」が起こったのは当時どのような国際状況が影響していたか、ファシスト党は、大衆(mass public)の支持を得るため、どのような政策を実行したか、といったもの。事前に理系クラスで実施したところあまり読めなかったので、急遽註釈を増やした。英語科と普通科の合同クラスでの授業だったが、まぁうまくいったのではないかと思う。翌日(9日)、別のクラスでやったときは、サッカー好きの生徒がいたので、第2回サッカーW杯の話で盛り上がった。

 神戸大学附属中等教育学校では文科省の委託を受けて昨年度までの3年間、「歴史基礎」と「地理基礎」の研究開発を行ってきたが、さらに3年間延長され、今年度から「歴史総合」「地理総合」という科目名で実施するとのこと。いただいた「参考資料」の冊子は、開発したワークシートがすべて収録されているというスグレモノで、ここまで公開していいの?という気持ちになるほど。ベネッセの進研模試担当の方を交えての懇談は、色々と興味深い話を伺うことができた。

 東京書籍の教科書で触れてある「ファシスト党に有利な選挙法」「余暇を楽しむ組織」」はそれぞれ「プレミアム選挙法」「ドーポラヴォーロ」のことだと思われる。プレミアム選挙法とは1923年に制定された選挙法で、全投票の25%をこえる最高得票の党に全議席の三分の二を与えるという選挙法であるが、翌24年4月にファシスト党が獲得した議席数について、河出書房新社『世界の歴史23・第二次世界大戦』では「これまで36議席しかなかったファシスト党が、一躍375議席に躍進」とある一方、講談社『世界の歴史18・帝国主義の時代』では「国家ファシスタ党は275の議席を得た」とあり、正確な数は不明。

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高校総体二日目(陸上競技部の顧問編) [たんなる日記]

 初めて陸上部の顧問になって色々と驚いたことがあるが、3000㍍障害(サンショー)の起源には驚いた。3000㍍障害は3000mSCとも表記されるが、このSCとはSteeplechaseの略で、Wikipediaによれば「Steeple(教会の尖塔)を追う、という意味の競技名が示す通り、昔、ヨーロッパの各々の村が教会を中心としたコミュニティーだった時代、ある村の教会を出発点とし、別のある村の教会をゴールとした徒競走(もしくは馬術競走)をする際に村境を示す柵や堀を飛び越えて行ったことに由来する、ヨーロッパなどで人気の高いクロスカントリーのレースをトラック上で再現するためにつくられたと言われている(競馬の障害競走を陸上競技に転用したものという説もある)」という。感動した私は、世界史の授業で山川出版社「世界史写真集」に収録されているフランスの中世都市カルカッソンヌの写真を使って熱弁を振るった次第。サンショーが専門で3年でも世界史を選択した生徒はうれしく感じてくれたようだ。

 もう一つ驚いた、というよりも恥ずかしく感じたのは、特別支援学校の選手が高校総体に出場していると知らなかったこと。昨日私は、総合開会式の見学生徒の引率だったが、開会式の入場行進では、熊本聾学校と熊本盲学校の生徒さんも行進しており、私も拍手を送った一人である。ただ、これまで自分が顧問をつとめてきた部活動で特別支援学校の生徒がエントリーしていたことはなく、当然ながら実際競技に参加している姿を見たこともなかった。しかし今年、初めて特別支援学校の生徒たちが高校総体の競技に参加している姿を見せてもらった。昨日男子1500㍍で、みかけない緑と赤のランニングシャツの生徒がひたむきに走る姿が目に入り、すっと追っていたのだが、それがひのくに高等支援学校の選手だったのである。二日目の今日も、100㍍では男女ともひのくに高等支援学校の選手が、また400㍍リレーで男子で熊本聾学校とひのくに高等支援学校、女子も熊本聾学校の選手が力走を見せてくれた。

 さて陸上競技はどれも過酷だが、8種競技の過酷さは別格ではないだろうか。
 一日目:100m、走幅跳、砲丸投、400m
 二日目:110mH、やり投、走高跳、1500m
をこなすという実に過酷な競技。ウチの学校からは2名が出場し、一人は最後の1500㍍で途中棄権、もう一人は上位4名が南九州大会出場のところ5位で出場を逃してしまった。選手本人だけでなく、OBのコーチももらい泣きしてて、私もなんとも声のかけようがなかった。おそらく、こうした「挫折感」というのが人間を一回り成長させてくれるものの一つなのだろう。

陸上競技は」あと二日。どんなドラマが待っているのか。
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『英語で読む高校世界史』(講談社) [歴史関係の本(小説以外)]

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 東京書籍の教科書『世界史B』を全文英訳したという画期的な本。底本は「2012年版」とあるが、これは平成24年に文科省の検定をパスしたという意味で、「世B301」という番号の教科書のことである。この本の良い点としては、以下の点が挙げられる。
 (1)底本が検定をパスした教科書なので、記述内容に対する信頼性が高い。
 (2)巻末には日本語の索引がついている。
 (3)本文中の歴史用語に対しては、青字で日本語のルビがふってある。
 (4)記述されている英文のレベルが難しすぎず、高校生の英語力でも十分理解可能である。

 (2)は、重要。山川の『世界史用語集』や『世界史小辞典』(『用語集』も『英語で読む高校世界史』も参考文献としてあげているのが『世界史小辞典』)にも、英語での表記が併記されているものの、一部にとどまっている。「主権国家体制」とは英語で何というのか?という基本的な疑問はもとより、「鎖国」「朱印船貿易」といった用語の英訳は、なるほどと思わせる。それぞれ「national isolation policy」「shogunate-licensed trade」と訳されており、時代など細かな説明は付け加えなければならないが、外国の人に説明する際には十分使える。日本史の先生に見せたところ、「これは画期的!」とおっしゃっていた。(4)についても大切なことで、一緒にこの本を購入した英語の先生も高く評価していた。
 ネットで注文したのだが、在庫切れでメーカー取り寄せとの連絡が来た。届いた本の奥付には、1刷が4月3日付、2刷は同月26日となっているので、好評なのだろう。

 
 教科書、ということに関して、ツイッター上で興味深いやりとりを見た。

①「未だに「高校で世界史やらなかったんで…」みたいなこと言ってくる学生さん、結構な割合でいるからね。必修科目だよ… 彼ら彼女らが悪いのではなく、高校側の責任よ。だってそれを前提に、授業を設計してるわけだからな。もっともやったからといって覚えているとは限らんのだが…」
これに対して
②「次期学習指導要領で世界史が必修で無くなるのは深刻な問題で、新必修科目の歴史総合は近現代中心になるようだから、学生がギリシャローマも宗教改革も知らないことを前提に授業をしないといけなくなる。もちろん今の40代以上は世界史必修ではなかったけど、その頃とは大学進学率がちがう。 」
さらにこれに対して
③「世界史必修の今だって、最初から最後まで全部やれということではなく、世界史のどこをやるかは教師の任意の部分が大きいから、学生がギリシア・ローマや宗教改革を知らないことを前提にしなきゃいけないんじゃ…」

という流れ。
①について言うと、「何言ってるの?」レベル。確かに世界史は「必修科目だよ」。しかし熊本県の場合、進学校の文系生徒でも世界史はA科目だけで卒業要件はクリアーできる。熊本高校勤務時代、世界史Aだけの履修で一橋大などに進学する生徒は少なくなかった。「それを前提に、授業を設計してるわけだからな」という発言の「それ」の内容がイマイチ不明なのだが、古代アテネにおける民主政治の成立過程などであれば明らかにA科目の内容を逸脱している。もし世界史Aしか履修していなにもかかわらず、ペリクレスとか知っていたら不適切履修の可能性もありえるし、大学の教員のこうした発言を読むと、大学が不適切履修を奨励しているようにも思える。世界史未履修問題とか、大学の先生たちにとっては所詮他人事だったのだろう。何年か前、日本西洋史学会で新潟まで行ったことは、無駄だったのかねぇ。

②についても基本的には同じレベルの話で、「新必修科目の歴史総合は近現代中心になる」って、じゃあ今の世界史Aはどうなのよ?って思ってしまう。ベネッセがやってる進研模試の「世界史B」は、2年生11月に実施する学力テストから「古代から先に学習している人」向けの問題と、「近現代から先に学習している人」向けの問題の2つのパターンが準備されている。後者は大航海時代・ルネサンス・宗教改革以降から出題されており、出題レベル的に「世界史B」の模試ではあるものの、明らかに「世界史Aの履修者」を念頭に置いた問題である。このことからも「現行の世界史Aも近現代中心」であることは明らかだろう。かつて多くの高校で使用されていた山川出版社の『世界史A読本』が大航海時代の前で終わっていることは、「世界史Aではヨーロッパ中世や中国の明清、アジアのムガル帝国やオスマン朝以前についてはほとんど扱わない」ことを逆に示している。また「学生がギリシャローマも宗教改革も知らないことを前提に授業をしないといけなくなる」という点については、「どのレベルまで」という点が不明だが、かつての「(AもBもなかった頃の)世界史」レベルを要求しているのであれば、「ギリシャローマも知らない」ことを前提に授業を設計することは、すでに当たり前のこと。昨年までウチで使ってた教科書「世界史A」(東京書籍・世A301)は、古代ギリシア・ローマに関する「古代地中海世界」は見開き2㌻各11行で計22行。スパルタもペリクレスもマルクス=アウレリウス帝もコンスタンティヌス帝も出てこない。が、宗教改革は中学校社会「歴史分野」で出てくる。たまたまウチの子が中学校の教育実習のために帰省しており、中学校社会の歴史分野の教科書を見てみたが、宗教改革は意外に詳しい。大学の先生方は、中学校の教科書を読んだことないのか???

③も基本的に②と同じだが、「世界史必修の今だって、最初から最後まで全部やれということではなく、世界史のどこをやるかは教師の任意の部分が大きい」については、「全部やる」のが原則。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/2016/pr160923.html
この学校の場合は「世界史Aの看板でBをやった」という完全アウトの話だが、都教委の発表を読むと、「全部やらなかった」ことが問題だという風に読める。

 高校の教員は入試問題や入学直後の新入生学力テストの問題を作らなければならないため、中学校の教科書を読まざるを得ない。かつて熊本県で2月に実施された前期選抜の問題で、「2月初旬には中学校でまだ教えていないはずの内容が出題されている」と問題になり、当該の問題を採点対象から外したことがあった。熊本県の場合、入試の答案用紙も開示請求の対象であるから、一切手抜きは出来ない。大学の先生方も、高校の教科書くらい読んではどうか。もちろん注文をいただくことは大切なことだし、われわれ高校の教師も真摯に受け止めなければならない点も多々あるだろう。しかし現状では反発しか感じないし、「高大連携」とか言っても、一部で盛り上がっているだけのような気もしてくる。まだ姿形すら見えない「歴史総合」だが、「世界史A」と同じ運命をたどるのではないかと危惧している。


★2017年6月21日追記
 上記①のツィートをしていた大学の先生に直接コンタクトをとり、色々とお話しをうかがったところ、私の認識が誤りであったことがわかった。学生が「習ってない」のは、市民革命や産業革命だということである。これは明らかに世界史Aで履修する内容。中学校でもある程度は学ぶ内容だけにそれはそれで問題なのだが、こうした実情は高大で認識を共有しないといけないと改めて感じた次第。確認怠っての一方的な物言いにもかかわらず、丁寧な対応をいただいた。お詫びとお礼を申し上げます。



英語で読む高校世界史 Japanese high school textbook of the WORLD HISTORY

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  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/04/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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共同通信社配信記事「論考2017」 [現代社会ネタ]

 熊本日々新聞4月15日付の文化欄「論考2017」は、公教育に携わる一人として、たいへん興味深い内容であった。執筆は、佐藤卓己先生(京都大学)。ロバート・パットナムの著作『われらの子ども』(創元社)を手がかりに、アメリカにおいて格差社会を助長したのが、教育システムであると指摘している。
 かつて教育システムは格差を逆転するために機能していたが、子どもの貧困が社会問題となっている現状では、逆に固定化ないしは助長するようなシステムとして機能しているように思われる。この記事で注目したいのは、先に自民党の小泉進次郎議員らが提案した「こども保険」構想を、「国民が互いに信頼し協力し合って暮らすために不可欠な『社会関係資本』への投資」として評価している点だ。おそらく、子どもがいない世帯あるいは子育てを終えた世帯は反対するだろう。しかし、反対する人々に「では、年金や医療費をはじめとするあなたがたの社会保障関係費は、いったい誰が負担するのですか?」と切り返す材料となるのがこの記事であった。高校生のディベートには、かなり適した内容だと思われる。
 ディベートや小論文では、相手を納得させなければならないが、その際有効なのは、統計データを示すことだ。佐藤先生によれば、引用されているパットナムの本は膨大な統計資料をグラフ化して説明しているという。前著の『孤独なボウリング』も同様な内容だということで、キーワードは「社会関係資本」。日本でも、地域コミュニティの崩壊が指摘されて久しいが、このままだとアメリカと同じ道を後追いするのでは?と思わせる内容の記事だった。




われらの子ども:米国における機会格差の拡大

われらの子ども:米国における機会格差の拡大

  • 作者: ロバート・D・パットナム
  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2017/03/27
  • メディア: 単行本



孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生

孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生

  • 作者: ロバート・D. パットナム
  • 出版社/メーカー: 柏書房
  • 発売日: 2006/04
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『現代思想』4月号「特集:教育は誰のものか」 [その他]

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 『現代思想』(青土社)という雑誌がある。私も時々買っているが、私の中では「基本文芸誌」という位置づけであった。昨年は増刊でプリンスの追悼本などを出していたが、95年7月号の、クロード・ランズマンの『ショアー』特集などは、(難解さに)圧倒されたものである。

 さてこの『現代思想』2017年4月号の特集は「教育は誰のものか」。所収の文章はどれも面白かったのだが、中でも岡崎勝さんの文章がいちばん面白かった。私が購読している熊本日々新聞の教育欄で、岡崎さんは「学校のホンネ」というタイトルで月イチの連載を執筆しておられるが、これがたいへん面白い。私が学年主任になって初めて新入生の保護者に話したこと「信頼関係は、お互いが努力しないと成り立たない」ということは、岡崎さんの文章から拝借した言葉である。
 岡崎さんの文章は 「文科省殿、「同情するなら、ヒマをくれ!」~「主体的・対話的な深い憂い」の中で思うこと」というタイトルである。あまりのおもしろさに職場の同僚と話題にしたのだが、現場で思っていることは高校も小学校もまり変わらないのだなと感じた次第(ある先生は、「教育専門の雑誌じゃないから、逆に面白いんじゃ?」と言っていた)。なぜ「おもしろい」のかというと、現場を知る当事者として頭の中で漠然と思っていたことが、文章として言語化されているからである。もっとも「おもしろい」などと言っていられるのは、私がかなり時間的余裕があるからかもしれない。ある先生(美術)から「先生の一日は48時間くらいあるんじゃ?」言われたことがあるが、一生懸命やってるふりして手を抜くのは、社会人として必要なスキルだと思う。

 今日(4月6日)の新聞に掲載されていた岡崎さんの「学級開き「楽しい」の第一印象を」も面白かったが、その隣に掲載されていた「主体的・対話的で深い学びの実現のためには、意欲を高める学級集団づくりが重要」という文章を読んだら、「確かにそうなんだろうけど、そう言われても....」と密かな反発を覚えてしまった。
 
 子どもの貧困など『現代思想』には、最近の教育現場の話題はほとんど取り上げられているが、部活顧問の問題は私が勤務する大規模な公立高校でも深刻になりつつある。体育系部活の顧問のなり手がいない。ウチの学校では体育の先生が8名おられるが、それでも足りない。部によっては、顧問に研修会出席などの義務を課す種目のあるので、かなり大変。私が時間的な余裕があるのも、部活の顧問が「体育の先生の補助」だからである。「高校の体育の先生は(生徒指導も期待されるため)たいへんだ」というのが私の感覚。
 では部活をなくせばいいかというと、そう簡単でもない。いま私が勤務してる熊本北高校はいわゆる「進学校」とされる学校で、一週間のうち三日間は7限授業プラス朝7:35からの課外授業は事実上強制である。月に一度は土曜授業があり、これに模試が加わることもある。下校時間は夏場で7:30分、朝練は3年前に自主練習として解禁された(やってるのは吹奏楽部だけだが)。したがって顧問の役割は、「短い時間でいかに効率的な練習をコーディネートするか」である。こうした条件で野球部は県大会ベスト4、陸上部やテニス部はインターハイ・国体に出場しており、体育系の部活動には「意識高い系」の生徒が多い(部活に加入するかしないかは自由だが)。 彼らはよく気が利く。数年前まで入学式・卒業式の準備は、「○年生の各クラスから15名」だったが、野球やラグビー、陸上など体育系の部活生に設営してもらうようにしたところ、かかる時間はそれまでの半分になった。先日、新入生の物品購入の日、校内にはいってきた保護者の自家用車の交通整理をやってくれたのも彼らだ。「そういう日本的体育会的独特の雰囲気がイヤだ」とう気持ちも理解できるが、少なくとも現在私が勤務している学校では、体育系の部活をなくすということは考えられない。 顧問の負担と生徒の要望を勘案し、それぞれの部活の保護者会と話し合いながら、ギリギリでやっているのが現状である。


現代思想 2017年4月号 特集=教育は誰のものか ―奨学金・ブラックバイト・学校リスク・・・―

現代思想 2017年4月号 特集=教育は誰のものか ―奨学金・ブラックバイト・学校リスク・・・―

  • 作者: 斎藤美奈子
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 2017/03/27
  • メディア: ムック



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歴史系授業におけるICTの活用 [授業研究・分析]

 歴史系の授業でICTを活用する場合、これまでは地図や写真などをプロジェクターで投影するといったことが中心であった。東京書籍が発行している世界史Aのデジタル教科書や、浜島書店が制作している『アカデミア』のデジタル版などはその例である。東書のデジタル教科書には音声や動画も収録されており、とてもよくできたマルチメディアの教材となっている。こうした「理解をより深めるための資料の提示」という使い方に加え、最近では教育工学的なアプローチも進んできている。以下の内容は、池尻良平先生(東京大学大学院情報学環 特任助教)からうかがった話がモトネタで、私見を加えたものである。

1.デジタルアーカイブの活用
 近年では様々な資料がデジタル化され、それらを集めたデジタルアーカイブ(電子図書館)が構築されている。公的機関や準公的機関によるデジタルアーカイブに収蔵されている資料を、授業に活用していくという方法がある。私が最も「これは使えそうだ」と思った視点は、複数の資料を用いて、異なる場所や時間において事象の変化や事象間の類似点・相違点を認識させるという使い方である。池尻先生が「使えるデジタルアーカイブ」として紹介されたのは以下の3つ。なお以下の説明は、Wikipedia日本語版より引用したものである。

(1)ワールド・デジタル・ライブラリー(World Digital Library、WDL)
https://www.wdl.org/en/
 UNESCOとアメリカ合衆国のアメリカ議会図書館が運営する国際的な電子図書館。インターネット上の文化的コンテンツの充実を図り、それによって国際的な異文化間の相互理解を深めることを目的として創設された。教育者・学生・一般大衆にリソースを提供し、国家間および各国内の情報格差を狭めるために提携機関にそれらリソースを配置する容量を築いている。また、インターネット上の非英語圏や西洋以外のコンテンツの拡充によって、学問的研究に寄与することを目指している。無料で多言語形式のコンテンツをインターネット上で入手できるようにすることを意図しており、世界各地の文化から貴重な一次資料(手稿、地図、稀書、楽譜、録音、録画、写真、図面など)を集めている。池尻先生によれば、広く浅い検索しかできないのが難点だとのこと。

(2)ヨーロピアナ (Europeana) 
 http://www.europeana.eu/portal/en
 ヨーロピアナ (Europeana) は、絵画、書籍、映画、写真、地図、文献などのデジタル化された文化遺産を統合的に検索することができる電子図書館ポータルサイトである。欧州連合の欧州委員会が公開しており、欧州連合加盟国(一部非加盟国含む)のデジタルアーカイブ群のアグリゲータを指向している。

(3) アメリカ議会図書館
https://www.loc.gov/
アメリカ議会図書館 (Library of Congress)は、アメリカ合衆国の国立図書館。蔵書数、予算額、職員数全ての点で世界最大規模の図書館である。略称はLC。日本の国立国会図書館は、戦後占領時代の1948年に、アメリカ文化使節団の勧告により、このアメリカ議会図書館をモデルとして造られた。20世紀末から21世紀初頭にかけては1987年就任のビリントン館長のもと、急速に発達したインターネット技術を背景とする電子図書館事業を推進している。

 この3つのサイトを使ってみたが、言語の壁は大きかった。「何か面白そうなものはないかな」という感じでアクセスしても、使える資料に当たる確率は極めて低いと思われる。扱うテーマを明確に決定した後ならば、使える資料に遭遇する確率はずっと高くなるのではないだろうか。しかし、英語がかなり得意でない限り、使える資料なのにスルーしてしまう可能性は高い。したがって、生徒に「こんなサイトがあるよ」と紹介するだけでは、使いこなすことはできないと思われる。

 3つの電子図書館のうち、いちばん使えるのはアメリカ議会図書館だった。池尻先生から、このサイトのトップページには「teachers」というカテゴリーがありけっこう使えるという話を聞いていたのでアクセスしてみた。試しに「Classroom Materials」の中にある「World War I: What Are We Fighting For Over There?(第一次世界大戦:われわれは何のために外国で戦っているのか?)」というコンテンツで「Teachers」をクリックすると、「Overview(概要)」「Preparation(準備)」「Procedure(手順)」「Evaluation(評価)」といった説明があり、授業の進め方が説明されている。一方「Students」には、「Preparation」に「Student Resources」が列挙されてあり、写真やポスター、史料、新聞などへのリンクがある。また「Procedure」にはLesson one からthreeまでやるべき内容が示されている。この通りにやれば、すぐに授業が可能であるという印象を受けるが、当然ながらアメリカ史に偏っているため、日本の高校で使おうとしてもかなり苦しい。ただ、問いの設定や手順、史料の提示等の手法面についてはかなり参考になるという印象を受けた。アメリカ議会図書館に紹介されている授業の進め方を参考に、日本の高校の授業で使えるような資料をみつけて構成するのが、もっとも現実的であるように思われる。


2.授業における端末の使用
 当時私が熊本北高校で担任していた3年1組の学級日誌に、男子生徒が以下のような文を書いていた(原文のまま)
平成27年7月31日 雨   今日の世界史は電子黒板を使った授業でした。昨日から楽しみにしていて、その期待を裏切らない性能でただ驚くばかりでした。  今日、一部マスコミで騒がれている、教育のデジタル化。ある知識人は「百害あって一利なし」と言っておられました。私は今回の授業のように、先生方のみ使用するのであれば導入してもよいと思います。なぜなら生徒ひとりずつに配ると、必ず機械を無駄に触る者が出てくるからです。パソコン室での授業がよい例でしょう。先生方のみが使用するのであれば上のようなことは起こらないと思います。

 これは一昨年夏休みの課外授業の際、浜島書店の『デジタルアカデミア』を使ってみたときの生徒の感想であるが、「生徒ひとりずつに配ると、必ず機械を無駄に触る者が出てくる」という指摘には、なるほどと思ったものである。ひとりに1台ずつではなく、グループに1台ならば遊ぶ生徒も出てこないのではとも思ったが、ではグループに1台持たせてどう使うかと考えたとき、せいぜいネットでの資料検索程度しか思いつかず、あまりよいアイディアも浮かばなかった。

 一年前、『社会科研究』第84号で読んだのが、池尻先生と澄川靖信先生の共著「真正な社会参画を促す世界史の授業開発 -その日のニュースと関連した歴史を検索できるシステムを用いて-」という研究論文である。パソコン画面に現在関心があるニュースを入力し、表示されたカテゴリーから関係ありそうだと感じるものを選択すると、類似した因果関係をもつ歴史事象が表示される、というプログラムを使った授業である。カテゴリーは大きく4つ、細かく13が設定されている(政治・・・・統治・外交・戦争、経済・・・・生産・商業、文化・・・・学問・宗教・文芸思想・技術、社会・・・・民衆運動・共同体・格差・環境)。
表示された歴史事象のうち、現代社会の問題解決の参考になりそうな要素をもつ事象を1つ選び、現代社会の問題の分析や解決方法の考察を行うという活動を行うという授業内容だが、興味深かったのは次の2点。
(1)学習過程として、第1段階から第5段階までが設定されている。
 全5段階で100分が想定されているか、100分ですべて行うのは難しい。学習者のレベルにあわせてステップアップするという方針が現実的だろう。
(2)現在進行形の出来事と関連づけた歴史の授業が可能である。
 歴史の授業を現代的な諸問題と結びつけて行うという話はよく耳にするが、結果的に歴史よりも公民寄りになってしまうことが多い。このプログラムを使用すれば、歴史的因果関係を扱うことでこの問題は解消されると感じた。
 
 いくつか気になる点をあったので、質問してみた。「TPPのニュースから、外交・商業・格差を選択して検索すると、スパルタの政策・門戸開放宣言・武帝の攻撃と匈奴の衰退・イスラーム世界の繁栄・ブロック経済が提示される」という例があげられていたので、これでは世界史Aに使えないのではないか、また教科書を一通り終わってからしか使えないのではないかと感じたが、現在は対象とする時代が限定できるような機能が追加されたとのこと。また、入力した現在の問題と表示される過去の事象との結びつきの妥当性について伺ったところ、先生自身が手作業で行ったとのこと.....これはあまりに労力がかかりすぎると思う。

 少なくとも、(私が高校時代に受けていた)教師が一方的に話すだけの歴史の授業のイメージを一変させるシステムであることは間違いない。1年間で時々このような授業を取り入れてみるのも、授業にメリハリがつくのではないかと感じる。
 
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ミュシャ展 [その他]

 国立新美術館で開催されているミュシャ展を見てきた。これまで私がミュシャに抱いていたイメージといえば、オレンジかかった色彩で豊かな髪の美しい女性の絵。そして、「ロンドンのピアズリー」「ウィーンのクリムト」「パリのミュシャ」が、私にとっての世紀末三種の神器であった。しかし、この展覧会は私がミュシャに抱いていたイメージを一変させる素晴らしい展覧会だった。

IMG_3312b.jpg

 今回の展示会における目玉は、連作「スラヴ叙事詩」20展がすべて展示されていることにある。これまで私がミュシャに抱いていたイメージを一変させる、重厚さ、暗さ、大きさに圧倒された。連作「スラヴ叙事詩」は、ミュシャがスラヴ民族の歴史や神話などを題材に描いた一連の作品である。これまで私は、ミュシャはフランス人とばかり思いこんでいたが、彼は現在のチェコ出身のスラヴ系であった。したがって、Muchaの発音はチェコ語だと「ムハ」もしくは「ムッハ」となるらしい。
 会場内が混雑している理由の一つは、作品群の大きさにある。近づき過ぎると全体が見えないため、作品の近いところには人がいない。多くの観客は離れて全体を鑑賞しようとするため、会場内はとても混雑していた。細部を見るには望遠鏡があると便利。
 驚いたことに、「スラヴ叙事詩」の一部は写真撮影可であった。「原故郷のスラヴ人」は残念ながら撮影不可だったが、特に印象に残ったのは「ロシアの農奴制廃止」。1861年に発布された農奴解放令を題材にした作品だが、明るさと暗さ、希望と不安が同居しているような奇妙な感覚の作品である。右上の陽光と左下の暗い表情の人々とのコントラスト。こちらを見つめる不安げな母子の表情にひかれ、人の波をかきわけスマホのシャッターを切ったものの、手ブレでよく撮れていなかった。この作品が完成したのは第一次世界大戦がはじまる1914年だが、その前年にロシアを訪れたミュシャは人々の悲惨な生活を目の当たりにしてこの作品を描いたという。

 ビザンツ帝国、神聖ローマ帝国、オスマン帝国、ドイツ騎士団VSリトアニア=ポーランド(ヤゲウォ朝)連合軍、ベーメンのフス、オーストリア=ハンガリー帝国の解体とチェコスロヴァキアの独立など、世界史の知識があるとより楽しめる.....と言うよりも、知らないと「スラヴ叙事詩」に描かれている内容がわからないと思うのだが。ミュシャ展にあれだけの人が集まっているのだから、高校世界史の授業ももう少し人気が出るような工夫をしていきたいものである。
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今年気になった問題~北海道大学 [大学受験]

 カリブ海地域には、主として( E )が商品作物として導入され、原生林が切り開かれてプランテーションに変わり、隣接する製造工場での新需要によっても森林の伐採が進んだ。それは(5)大土地所有制と奴隷制を促進した農作物であったといわれる。イギリスが支配したインドでも、19世紀前半のナポレオン戦争の時代には海軍の艦船建造のため、19世紀後半以降は(6)鉄道建設にともなう枕木の大量需要のため森林の乱伐が進み、ヨーロッパで行われてきた森林保護政策が導入されはじめた。
問6 下線部(5)について、(ア)17世紀前半からスペイン植民地で広がった大土地所有制の名称を答えなさい。また(イ)その農業経営の特徴を簡潔に説明しなさい。
問7 下線部(6)について、経済史的な観点から、帝国主義時代のイギリスによるインドでの鉄道建設の歴史的意義を論じなさい。


問6 アシエンダ制は山川の『世界史用語集』をみると2008年版で④、2015年版では③。地理の用語集では④である。世界史の東京書籍の教科書に詳しい記述がある。「スペインの植民地では、17世紀前半から、アシエンダ制とよばれる大土地所有にもとづく農園経営が広がり、大農園主は負債を負った農民(ペオン)を使って、農業や牧畜を営んだ。17世紀半ばから銀の生産が減少に向かって、交易がおとろえると、アシエンダ制はいっそう拡大した。」(H28年度用・東京書籍『世界史B』219㌻)

問7 河合の分析にあるように、題意を正確に読み取ることが難しい。
各予備校による解答例は以下の通り。
【駿台予備校の解答】
イギリス本国からの綿織物が送られた港と、市場や茶・綿花などの原料生産地とをつなぎ、本国への経済的従属が強化されるとともに、鉄道建設が本国の安定した利潤を生んだことから、中東・中国で鉄道利権の獲得競争が展開された。
【河合塾の解答】
インドは茶・コーヒー・綿花などの商品作物の供給地やイギリス産綿製品の市場となった。それらの商品作物や綿製品を大量かつ速やかに運ぶために鉄道が建設され、その結果、インドはイギリスを中心とする世界経済に組み込まれていった。
【代ゼミの解答】
内陸部で生産される綿花などの工業原料の運搬や、本国の投資家に経済的利益をもたらす投資を目的に建設され、インドはイギリスによって世界的な経済体制に組み込まれた。

 駿台については「インドでの鉄道建設の歴史的意義」に「中東・中国で鉄道利権の獲得競争が展開された」という事項が妥当かどうか。河合塾については、インドの商品作物として「コーヒー」をあげることが妥当かどうか。

 中谷臣先生の『世界史論述練習帳』に書かれているように、意義とはプラス評価であるのが原則。インドはイギリスによって世界経済に組み込まれていったという記述は、あまりプラスらしくないが、ではプラス評価として書ける内容があるかどうか。

 インドにおける鉄道については浜島書店の資料集『アカデミア』にダージリン・ヒマラヤ鉄道の写真と説明が掲載されていたが、吉岡昭彦『インドとイギリス』(岩波新書)には次のような記述がある。
イギリスは19世紀後半、インドに鉄道・通信網を整備し、20世紀初頭には鉄道キロ数が4万キロにも達した。軍事費・一般行政費など統治の費用はもとより、この鉄道敷設の費用なども結局はインドでの徴税収入によってまかなわれ、それによって得られる利益は逆にほとんどイギリス人のものとされた。インドの鉄道では、イギリスやヨーロッパ大陸に輸出される商品、たとえば小麦、油種、米などは飢饉のときの救済物資と同じように割引運賃が適用された。さちに重要なことは、内陸部から港への、逆に港から内陸部への貨物輸送料金は、内陸部相互間の料金よりも割安になっていた。このことがなにを意味するかはいうまでもない。それは、食糧や原料の輸出と外国製品の輸入とを促進し、逆に、インド国内における商品交換の拡大、国内市場の統一をさまたげ、さらにインド工業の発展をもおくらせることになる。貴重な原料や食糧は、高い世界市場価格にひかれながら、あたかも水が低きにつくがごとく、港湾都市へ流れてゆくことになり、インド国内にとどまろうとしない。第一次世界大戦後、ようやぐインドの工業化が問題になったとき、この鉄道運賃差別制度が批判の的になったが、事態はたいして改善されなかった。こうして、鉄道運賃政策もまた、インドをいつまでも後進的な農業国、食糧・原料輸出国、工業製品輸入国にとどめておく役割を果たした。

実際インドにおける鉄道の普及はめざましく、 1999年度のセンター試験世界史A(本試) 第4問Bには、次のような問題がある。

次の図は国別の鉄道営業キロ数を示したものである。国名a~cの組合せとして正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。(次の選択肢のインドは、英領インドのことである。)
train.jpg

① a―イギリス  b―インド   c―アメリカ
② a―イギリス  b―アメリカ  c―インド
③ a―アメリカ  b―イギリス  c―インド
④ a―アメリカ  b―インド   c―イギリス


 かつてインドの鉄道は線路の幅(ゲージ)が混在しており、、デカン高原で収穫された綿花を産地から海岸の積み出し港まで輸送するに際しては、綿花を貨車に積んでも、ゲージが変わるごとに貨車から貨車へと綿花を積み替えることが必要となったという(井上勇一『鉄道ゲージが変えた現代史』中公新書) 。
こうした事情を考えると、「帝国主義時代のイギリスによるインドでの鉄道建設の歴史的意義」として、インド側から見た意義は書きづらい。代ゼミの解答例がいちばん良さそうだが、問題の「歴史的意義」という表現があまりよくなかったような気がする。
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